それでは、連載第144回目は、EF64 1000番代の5回目、EF64 1007をお届けします。
JR大宮のイベント時に、整備中でジャッキに乗っている、EF64 1007(写真)。勿論JR貨物更新色です。
国鉄色や、走行シーンを期待したいのですが、双方揃うところはまず無く、どちらかでも貴重です。残された時間は、あまりありません。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第144回目は、EF64 1000番代の5回目、EF64 1007をお届けします。
JR大宮のイベント時に、整備中でジャッキに乗っている、EF64 1007(写真)。勿論JR貨物更新色です。
国鉄色や、走行シーンを期待したいのですが、双方揃うところはまず無く、どちらかでも貴重です。残された時間は、あまりありません。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第143回目は、EF64 1000番代の4回目、EF64 1006をお届けします。
詳細は意見があるでしょうが、ほぼ国鉄直流標準色を纏うEF64 1006が、稲沢の愛知機関区で、DD51に混じり停泊しています(写真)。北の方へ行くと危ないですが、まだ南の方、と言っていると、大変なことになります。
一時は、国鉄色1000番代重連という話題もありましたが、これももう、ほぼ不可能でしょう。あまりに廃車になった1000番代が多いからです。今後要注意です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第142回目は、EF64 1000番代の3回目、EF64 1005をお届けします。
誰もが上越線のカマと思っていたEF64 1000番代が、中央西線のカマとなって、随分経ちます。その合間運用、笠寺での一枚、EF64 1005です(写真)。歯車比はEF65とも同じで、平坦線でも使用は可能です。
愛知機関区に配備され、平坦線での間合い運用が増えた気がします。赤ホキとかを牽く運用もあり、首都圏のみならず、運用は広がっていると思います。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載141回目は、EF64 1000番代の2回目、EF64 1001をお届けします。
本来なら別形式にもなろう1000番代ですが、諸事情で1000番代を名乗ります。その初号機1001は、JR化時にJR東日本所有機となり、高崎運転所に配備されました。
写真は、「出羽」を掲出する1001、尾久でのイベントでの一枚です(写真)。茶色塗装に白帯が、特徴です。
他の年の、尾久にて。「北斗星」を掲出します(写真)。上越線経由のトラブルでしょうか。
夏の早朝、高崎線での、EF65 501との、旧客プッシュプル運転です(写真)。ここでは、後補機となっています。
新前橋電車区50周年イベント時の一枚(写真)。雨で、大変でした。
高崎駅での、イベント時の一枚(写真)。ジャンパ栓の多さが、山男の所以です。
JR東日本所有であることから、同社管内の、高崎を中心とした直流区間で、見かけることも多いカマです。イベント時にはほぼ必ず出てくる1両で、多くの記録がある筈です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第140回目は、EF64 1000番代に進めていきたいと思います。
EF64 1000番代は、上越線等で使用するため開発された機関車で、0番代同様中勾配形とされます。JR化時には、JR東日本長岡運転所と高崎運転所、そしてJR貨物高崎機関区に配備され、主に上越線で、旅客は単機、貨物は重連で使用されました。
写真は、JR貨物高崎機関区イベント時の一枚(写真)、JR東日本所有機も並んでいます。
しかし、JR貨物の新鋭機、EH200の登場で、1両で重連相当の牽引力があることから、同系式1両導入でEF64は2両不要となり、同形式増備に伴い高崎機関区から愛知機関区に大量に移籍しました。結果0番代を全機引退させ、以降調子の悪い機関車から廃車が進んでいます。写真は、中央西線平坦区間運用に就くEF64 1000番代(番号不明)の姿です(写真)。
製造年次は0番代から期間があり、性能は0番代と揃えられているとされますが、0番代との重連は見たことがありません。その必要も既にありませんが。
以降、順を追って説明していきたいと思います。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第139回目は、EF64 0番代最終回、EF64 77をお届けします。
0番代は計79両製造されましたが、最後の記録は同機となっています。愛知機関区の、微妙な留置位置に停まる同機(写真)。最終期の同機でもこの状態で、この後に起きることは容易に想像されます。
0番代は、主に使用されていた中央西線にてJR東海がATS-PTを導入した際に、ATS-PF装備対象にはならず、最後は伯備線の僅かな運用のみとなってしまい、これもEH200新製で玉突きとなった1000番代に置き換えられ、現役機はありません。時代の移り変わりとなっています。
次回からは、1000番代の予定です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第138回目は、EF64の22回目、EF64 75をお届けします。
JR大宮のイベントで、足回りを外しジャッキに載る、EF64 75(写真)。多くがプレートナンバーを装備しますが、同機は切り抜き文字のままです。塗色は更新色ですが、番号はオリジナルのままでした。
全77両の0番代、佳境に差しかかった感じがします。次回が最後となるでしょう。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第137回目は、EF64の21回目、EF64 72をお届けします。
最初は、国鉄色の僚機34号機と重連で、辰野駅で出発時刻を待つ姿(写真)。後には、今は亡きクモハ123-1が写っています。
この、停まっている「辰野」というのが重要で、現在辰野発着の貨物列車はありません。
この列車があるうちに、善知鳥峠で撮らねば、と思っていましたが、残念ながら夢は叶いませんでした。
そして、稲沢駅前の、愛知機関区で「一休車」となり留置される72号機(写真)。「二休車」、「(処分)保留車」、「廃車」と、戻らぬ途へと旅立っていきます。
64の0番代の頃は、後悔ばかりです。先には立ちません。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第136回目は、EF64の20回目、EF64 70をお届けします。
最初は、重連で中央西線貨物運用に就く、EF64 70他(写真)。場所は、十二兼か、長野県内だと思いますが、正確には思い出せません。踏切で、振り向けば下りも上りもどっちでも、便利な場所です。
続いては、稲沢駅前、愛知機関区の側線に停泊する、EF64 70(写真)。だんだん、心配な位置に移動していきました。
0番代が中央本線を自由に行き来したのは今は昔、現役機も無く、保存機もほとんどなく、消え去ろうとしています。残念です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第135回目は、EF64の19回目、EF64 68をお届けします。
EF64 0番代は、末期にはJR貨物愛知機関区のみの配置となり、車両が集結。状態の悪いものから、順次廃車となっていきました。
まだ現役機の間にいる、EF64 68他の重連(写真)。この頃は、まだ安心感がありました。
しかし、その後、稲沢に行くと、同機も不安な位置に(写真)。「一休車」の表示こそありませんでしたが、今後が心配される位置でした。
主要な活躍場所であった中央西線がATS-P化され、それが致命傷となりました。0番代にはATS-PFは搭載されず、結果現役機はありません。残念です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第134回目は、EF64の18回目、EF64 67をお届けします。
EF64 0番代は、主に中央本線、東線及び西線、及び篠ノ井線、信越本線小諸までの運用で、これらの地区の運用であれば、検車はJR貨物大宮車両所で行いますが、後に伯備線運用が岡山機関区の1000番代から愛知機関区に持ち替えとなり、この関連でJR貨物広島車両所で検車を受ける車両が現れました。それが、EF64 67です。
JR貨物広島車両所イベント時の一枚(写真)。塗色も色合いが大宮と異なり、また貫通路ドアもカラシ色になり、特異機であることがよく分かります。
先々回の篠ノ井線・信越本線の運用もありますが、やはり中央西線の運用が中心でした。岐阜県、瑞浪か恵那の辺りでの1枚(写真)。他機との塗色の違いが分かります。
外観が異なり注目の一両でしたが、伯備線も含め運用は全廃され、現存しません。残念です。
それでは、次回をお楽しみに。