それでは、連載第291回目は、EF81の28回目、EF81 115をお届けします。
正確な記憶はありませんが、2パンから直流区間、線路数から長岡近辺と思われます、コンテナを牽き、出発信号を待つ、115号機(写真)。車内からの撮影と思われ、鮮鋭さが少々落ちています。
EF510 500番代の大量移籍で、同機も今頃はどうしているのでしょうか。現役であれば、奇跡的なことです。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第291回目は、EF81の28回目、EF81 115をお届けします。
正確な記憶はありませんが、2パンから直流区間、線路数から長岡近辺と思われます、コンテナを牽き、出発信号を待つ、115号機(写真)。車内からの撮影と思われ、鮮鋭さが少々落ちています。
EF510 500番代の大量移籍で、同機も今頃はどうしているのでしょうか。現役であれば、奇跡的なことです。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第290回目は、EF81の27回目、EF81 113をお届けします。
最初は、大阪駅で。正午ちょっと前、出発を待つ「トワイライトエクスプレス」を牽く113号機(写真)。乗車前で、昂奮が高まっていました。
正午に大阪発、敦賀付近で食堂車で昼食を食べました。メニューはエビピラフだったと記憶します。夕食の予約制フレンチは満席、寝台での日本海重でした。
他日、上り「トワ」を牽き敦賀に入線する113号機(写真)。これで長かった運用から解放され、暫しの休息です。
疋田の大カーブにて(写真)。雨で、大変でした。
再び、疋田の大カーブにて(写真)。アウトカーブ0角度の要を得てきた感じです。
なお、同所での撮影は禁止されたとの情報があります。
敦賀のイベント時に、側線に停まる113号機(写真)。現在敦賀で籍が残る81はトワ色3両のみですが、当時はサーモンピンクの81も多数、トワ色も予備機多数で、正に最後の機会となっていました。横で停まってるの、きちんと撮りましたか?
敦賀の夢は、もう終わりです。「瑞風」登場で、3編成のスイートを集めた「特別なトワイライト」も終わり、トワ色PFもどうなったのでしょうか。鉄道も、変わり続けます。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第289回目は、EF81の26回目、EF81 108をお届けします。
疋田の大カーブで、少しタイミングが遅れたアウトカーブ0角度の108号機(写真)。単機のように見えますが、後にはバラスト用ホキを2両従えた工臨です。
完全にJR西日本、敦賀のカマですが、あまり活躍を捉えないうちにお別れとなってしまいました。残念。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第288回目は、EF81の25回目、EF81 107をお届けします。
最初は、大阪駅旧9番線(現存せず)にて出発を待つ、107号機(写真)。恐らく寝台特急「日本海1号」牽引でしょう。
敦賀にあれだけEF81が配備されたのは、この運用をこなすため。JR西日本にとっても重要な場所でした。
続いて、「疋田の大カーブ」を通過する、107号機(写真)。「日本海」を牽引します。
金沢総合車両所本所(松任)のイベント時、整備中であった107号機(写真)。貴重なショットです。
敦賀のイベント時に、側線に停まる107号機(写真)。既に「日本海」全廃で定期運用が無く、今後の運命は1つでした。
夢のような日々は、もう再び来ることはありません。既に廃車となり、牽くことが出来るカマは、もう無いのですから。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第287回目は、EF81の24回目、EF81 106をお届けします。
最初は、敦賀駅で機関車を交代する寝台特急「日本海2号」です(写真)。後の客車が、青森運転所のもので、分かります。
元はこちらの方が運用が多い位だったのに、いつの間にか消滅しています。
そして、最終日の寝台特急「日本海」、上り列車の、疋田の大カーブ通過の姿(写真)。機番もしっかり写っています。
その縁で、敦賀の一般公開時に、「日本海」のヘッドマークを装備して展示される、106号機(写真)。最期の晴れ姿です。
今回の連載の開始が、ちょうど1年前の今日でした。かなり回っていますが、もう少しお付き合い下さい。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第286回目は、EF81の23回目、EF81 104をお届けします。
「トワイライトエクスプレス」は、上り列車の敦賀で機関車を交代、大阪まで牽き、翌日の大阪発で青森まで牽きます。オンシーズンは次の上りで牽引し、敦賀で運用を終えます。
その、交代で編成に接近する、104号機(写真)。ヘッドマークが両側に装備されるのは、翌日の大阪発で付け替えをしないからです。連結する側には展望室の「スイート」があり、短パンの男性が1人で座っていました。見込み発車の結果で、虚しいです。
なお、オフシーズンは週4回運転、余った牽引機は、青森から「日本海」を牽き、敦賀で運用を解放されます。しかし、もうそれは夢の彼方です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第285回目は、EF81の22回目、EF81 103をお届けします。
最初は、現役当時、「トワイライトエクスプレス」を牽き、呉羽山隧道に向かう103号機です(写真)。廃止直前の姿です。
それから1年後、「京都鉄道博物館」保存機となった同機(写真)。そのまま、美しくなっています。
同機をもって、「トワイライトエクスプレス」営業当時が偲ばれるのは良いことです。しかし、もう動きません。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第284回目は、EF81の21回目、EF81 102をお届けします。
夕刻の青森駅、寝台特急「日本海4号」の、出発を待つ姿(写真)。まだ、良い時代でした。
同列車の、大阪駅当時の1番線、現在の3番線に終着する姿(写真)。環状線ホームからの撮影です。
しかし、時は過ぎ、金沢総合車両所松任本所の、側線に留置される姿(写真)。戻らぬ途へ旅立っていきます。
サーモンピンクの81は、旅客会社では一時見られなくなりましたが、JR東の81号機で復活し、現在沸騰中です。撮れるうちに撮っておいた方が良い1両でしょう。JR西にもありませんし。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第283回目は、EF81の20回目、EF81 101をお届けします。
大阪駅、旧9番線で、寝台特急「日本海3号」を牽き、出発を待つ101号機(写真)。この頃は、現在の状況を全く予想出来ませんでした。
この頃には、寝台特急の大半は、大赤字を垂れ流していた、ということのなのでしょうが、惰性で続いてはいました。
続いては、JR西日本金沢総合車両所本所(松任工場、白山市)で、イベント時にダルマで姿を見せた、101号機(写真)。整備中の様子です。
そして、敦賀のイベントで、側線に停まる、101号機(写真)。
「日本海」廃止後定期運用も無く、工臨だけでは必要数が限られ、結果サーモンピンクの81は、JR西日本では全廃となっています。残念です。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第282回目は、EF81の19回目、EF81 99をお届けします。
EF81 99は、他の2両と共に「カシオペア」運転開始に当たり抜擢され、専用のブロック塗装が施され、専用機となっていました。3両には憶測を呼びましたが、走行距離の関係でそうなったようです。
先回の2枚目と同じ場所で、「カシ」を撮りました(写真)。EF510 500番代が続々ロールアウトして、正に置き換え直前の姿です。
EF510も、カシガマが509と510の2両製造されたものの、全廃で日本海縦貫線の貨物機となり、塗色も一般形と同じになるとの噂もあります。やはりこちらも差し迫っているのか。
なお、81のカシガマは全機引退、現存しません。今後、あの客車はどうなるのか。車齢はともかく、定期運用も、牽引機もありません。どうなるのでしょうか。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第281回目は、EF81の18回目、EF81 96をお届けします。
見てすぐに分かる、いわゆる「ヒガハス」(東大宮~蓮田)での、「北斗星」を牽引する写真(写真)。この頃はまだまだ安泰と思っていました。
続いて、これも同じ場所ですが、EF510製造がアナウンスされ、81での最後の「北斗星」「カシオペア」が撮りたくて行った日です(写真)。しかし、EF510があんな形で終焉を迎えるとは、残念至極。
結局、寝台特急が負けたのは、格安バスが原因で、事故になることは滅多にありませんが、夜寝たまま移動出来る、そのメリットが無くなってしまいました。しかし、金持ちビジネス繁盛は、本当に良いことなのでしょうか。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第280回目は、EF81の17回目、EF81 95をお届けします。
同機も今は亡きEF65 1118同様に、「レインボー」専用機として大きく「EF81」と書かれた機関車で、客車の「レインボー」引退後もそのままでした。尾久での一枚(写真)。寝台特急「ゆうづる」を掲出します。なお、旧客の先は、1118が連結されます。
「北斗星」牽引とかの写真があったような記憶がしますが、デジタル画像がこれだけなのは、意外な感じがします。フィルム時代に撮ったものでしょうか。
なお、1118と違いご存命とのことで、まだまだ機会はありそうです。注視したいと思います。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第279回目は、EF81の16回目、EF81 81をお届けします。
お召し機にも使用され、そのための装備もある同機。最初は、留め金を「JR」にして、尾久車両センターの転車台に乗る姿(写真)。
流石田端の81で、当時は流星マークが描かれ、まだまだ「北斗星」も力を入れて営業する、そんな雰囲気でした。
その反対側は、「エキスポライナー」のヘッドマークを掲げます。他でもない、「つくば科学博」の時のものでした。
続いて、通常の運用、寝台特急「北斗星」の先頭に立つ姿(写真)。3往復あった頃が懐かしい。
続いて、大井のイベントで、寝台特急「はくつる」のヘッドマークを掲出します(写真)。
高崎のイベントで(写真)。磨き出しは、このカマならではです。
続いて、大宮のイベントで。「カシオペア」のヘッドマークを掲出します。
そして、先日の大井のイベントで(写真)。連結器も磨き出しをしています。
やはり花形機、Pトップほどではありませんが、写真は多くありました。イベントでもよく出てくるカマですし。運も、調子も良いのでしょう。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第278回目は、EF81の15回目、EF81 77をお届けします。
写真は完全に敦賀駅、上り7番線に入線するEF81 77(写真)。貨物を牽引します。
EF81の天下であった日本海縦貫線も、主役は入れ替わり、最後の時を迎えようとしています。これも、時代でしょうか。
それでは、次回をお楽しみに。
それでは、連載第277回目は、EF81の14回目、EF81 60をお届けします。
撮影は、秋田でしょうか、青森でしょうか、側線にて停泊する赤い60号機(写真)。JR東日本所属機のように、赤いです。後のピンクのステンレス電車は、羽越線・奥羽線のみです。
このように、ふんだんに81が見られたのは何時のことでしょう。JR東日本のEF510が大量移籍し、それは過去のこととなっています。
それでは、次回をお楽しみに。