Sengoku1985

何故、私は鉄道を撮り続けるのか?

Electric Locomotive#83

2016-12-31 | 鉄道写真


 それでは、連載第83回目は、ED79の3回目、ED79 12をお届けします。


 先ずは、五稜郭から(写真)。運用を待ち待機しています。



 続いて、苗穂での一枚です(写真)。整備中で全部外されています。



 続いて、札幌行き特急からの一枚(写真)。塗り直され、綺麗です。



 同じく、車窓から(写真)。50番代と共に写っています。


 北海道新幹線開業で運用が無くなり、現在は諸兄ご存じのとおりです。残念ですが、車齢的に仕方ありません。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#82

2016-12-26 | 鉄道写真


 それでは、連載第82回目は、ED79の2回目をお届けします。


 函館から特急に乗り、左手に函館車両所を見ると、間もなく五稜郭、右手にJR北海道青函運転所、及びJR貨物五稜郭機関区があります。北海道新幹線開業前で、当然機関車はED79が並んでいますが、既にEH500も多数、100番代を優先に場内で休車となり、留置される車両も多数でした。


 そんな中、写真中央には赤いED79 7、端には白と青のツートン、ドアは赤のED79 60が写っています(写真)。50番台はJR化後の、JR貨物による平成の新製機、事故で1輌廃車となっており、計9輌が使用されていました。


 JR北海道の一連の事件が発覚した頃で、列車は計画運休で乗車が困難となり、本当に「何とかしてよ!」という感じでした。新幹線開業を機に、立ち直って欲しいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。


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Electric Locomotive#81

2016-12-25 | 鉄道写真


 それでは、連載第81回目は、ED79をお届けします。


 ED79は、青函トンネル貫通による津軽海峡線開業に伴い、主として同区間を牽引する機関車として落成しました。番代は、0番代、100番代、50番台があり、0番代及び100番代はED75 700番代からの改造編入、50番台はJR化後の新製機です。なお、100番代は改造が小規模で、ATCが片側しか対応していない補機専用機であったことから、青函トンネルの単独通過が禁止されていました。


 写真はED79 9、函館駅に停止する姿です(写真)。改造はATC装備と、歯車比変更、制御方式の変更等内部のものが多く、外観的には改造の銘板以外、ED75 700番代からの変化は少ないです。


 ED79は、貨物列車以外にも、青函間の連絡列車であった快速「海峡」、札幌~青森間の急行「はまなす」、及び寝台特急の青函区間も単機で牽引、JR北海道及びJR貨物両社に所有機がありました。この春の新幹線函館開業に伴い、同区間牽引機にEH800を新製し、全機が引退しています。その、最後の時期が写真に残っています。


 それでは、次回をお楽しみに。


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Electric Locomotive#80

2016-12-24 | 鉄道写真


 それでは、連載第80回目は、ED78 1をお届けしたいと思います。


 ED78は、簡単に言えば、EF71に6組あった動力ユニットを4組にし、中間に付随台車を装備した車両です。主として奥羽南線本務機用、軽軸重を生かし他線入線も可能としていました。


 ED78、EF71とも、ED77で実績のあるサイリスタ制御で、ほぼ同じですが、板谷峠用にEF71との協調制御が可能で、重連対応でもあります。



 反対側先頭(写真)。貫通路、ツララ切りが寒冷地の車両です。


 山形新幹線開業でも、軽軸重でEF71のようなことはありませんでしたが、現役機は無く、901号機も吹田で果て、現存は同機のみです。残念。


 それでは、次回をお楽しみに。


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Electric Locomotive#79

2016-12-23 | 鉄道写真


 それでは、連載第79回目は、EF71 1をお届けします。


 F級交流電機2形式目となるEF71は、直流時代EF16、EF64が務めた奥羽本線板谷峠区間の運用を、前後が交流区間となったため、交流化するに当たり製作された交流電機です。主として補機運用を念頭に、本務機も可能な設計となっています。強力型特急気動車キハ181系が、当初単独で越えた板谷峠区間でオーバーヒートを頻発し、結果電機の補機を必要とするようになり、その前補機を務めたのも同系式です。特急「つばさ」も、最終的には485系電車化され、補機を必要としなくなりました。


 軌道強化された板谷峠区間で、軸重を気にせず設計された同系式、後に「山形新幹線」開業で同区間の運用を失うと、重軸重が問題となり、他線転用出来ず全機引退し、現存は同機のみです。


 なお、同機は、「新幹線車両センター」内に保存される交流電機の内、唯一の東芝製電機です(他は、全て日立製です)。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#78

2016-12-22 | 鉄道写真


 それでは、連載第78回目は、ED77 1をお届けします。


 水銀整流器では行われていた位相制御が、シリコン整流器化されて失われ、それをどう代替するかが課題となり、ED75では立案段階、北海道形EDで実用化され、結果その後製作された交流電機では標準的なスタイルとなった、サイリスタ制御。それを内地の機関車として初めて採用したのが、ED77です。試作機901号機は吹田にて保存されていたらしいですが、21世紀を前に解体、そして現存は写真の1号機です(写真)。宮城県利府町の新幹線車両センターにて保存されます。


 スタイル的には、軸重制限の厳しい仙山線、磐越西線等に対応した、無動力の中間台車を装備し、ED76に似ている感じはしますが、重連対応で貫通路があり、またツララ切りも装備され、寒冷地の機関車になっています。


 JR化後も、JR東日本が何機か現役機を保有していましたが、軌道強化でED75が使用可能となり、現在は現役機はありません。


 これも、現在は非公開で、再度撮り直すことも出来ません。早期に整備されるのを望みたいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#77

2016-12-21 | 鉄道写真


 それでは、連載第77回目は、ED76の最終回、ED76 1020をお届けします。


 先回と同様に、寝台特急「富士」の出発を捉えようと、大分駅で待っていると、4番線に、ED76 1020が入線(写真)。牽いているのは先回と同じく化成品のタンク車でしたが、タキ1輌のみで、まるで専用貨物のような雰囲気でした。荷札も撮った気がしますが、すぐは引き出せません。しかし、先回も書いたとおり大分以南で貨物を取り扱うのは延岡、南延岡のみで、専貨だとしても驚きません。そう、間違いなく荷主は旭化成です。


 そして、定時に発車しました。後方には大分駅高架部分が一部完成し、久大本線、豊肥本線が移っていました。懐かしい写真です。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#76

2016-12-20 | 鉄道写真


 それでは、連載第76回目は、ED76の13回目、ED76 1019をお届けします。


 地平時代の大分駅で、寝台特急「富士」の出発シーンを捉えたくホームで待っていると、特急の間合いの時間を待つため、中線で停止した貨物列車(写真)。タンクコンテナと化成品タンク車の編成、日豊本線大分以南でそのような貨物を授受するのは延岡だけですので、おそらく旭化成の化学製品を輸送する貨物列車です。タンク車及びタンクコンテナは、化成品と分かるよう、全部黄色に塗られています。


 牽引機ED76 1019は、側面の機番に白帯が引かれ、JRも白文字、明らかにJR貨物所属機です。76P形は全機JR貨物が引き継いだようです。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#75

2016-12-19 | 鉄道写真


 それでは、連載第75回目は、ED76の12回目、ED76 1017をお届けします。


 20系客車、及び高速コンテナ貨物対応のED76は、ED76P形を名乗り、1000番代で区別されました。12系、14系及び24系客車、及びコキ50000形以降は車両側で対応し、機関車を問わなくなったことから、P形装備は事実上不要となり、事実上共通運用となりました。


 その1輌、ED76 1017が、コンテナ貨物を牽き、熊本駅1番線で出発時刻を待ちます(写真)。熊本駅も新幹線工事前で、高架化の形跡もありません。懐かしい一枚です。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#74

2016-12-18 | 鉄道写真


 それでは、連載第74回目は、ED76の11回目、ED76 94をお届けします。


 大阪発の九州特急の最後は、「なは・あかつき」でした。しかし、これも廃止となり、「なは」は何度も利用していましたが、「あかつき」は利用したことがなく、思い立った時には満席で、結局最後まで乗ることはありませんでした。


 同時期に部分廃止となる島原鉄道を訪問したときに、朝諫早で待ち構えていると、撮ることが出来ました、「あかつき」です。最終期の「なは・あかつき」のヘッドマーク、牽引機はED76 94でした(写真)。


 同機とは、再度出会うことはありませんでした。残念。


 ED76一般形はこんな感じです。と来ると、次回は分かるような気がします。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#73

2016-12-17 | 鉄道写真


 それでは、連載第73回目は、ED76の10回目、ED76 92をお届けします。


 最初は、寝台特急「なは」が、単独列車であった頃の写真(写真)。熊本駅終着の図です。新幹線工事の片鱗もない時代、懐かしいです。



 続いては、「なは・あかつき」の併合列車となった頃の、同機(写真)。熊本から「なは」を牽き、この日の運用はここまでです。



 続いて、最後の寝台特急「はやぶさ」を牽くべく、門司で客車に接近します(写真)。



 そして、最後は、小倉工場のイベントにて、「なは・あかつき」を掲出する同機。既に定期運用は無く、最期を待っている様子です。


 やはり、九州特急末期の写真が多く、納得がいきます。廃止は、利用が減った結果です。


 それでは、次回をお楽しみに。


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Electric Locomotive#72

2016-12-16 | 鉄道写真


 それでは、連載第72回目は、ED76の9回目、ED76 91をお届けします。


 雨の中、長崎から鳥栖、そして門司まで寝台特急「なは・あかつき」を牽引した、ED76 91(写真)。列車減に涙雨となっています。雨の日にスピードライトを焚くと、こんな写真になります。


 現役当時は、こんな感じです。



 引退後、同機は日田市の民間施設にて、保存されるようになりました(写真)。寝台特急「富士」の、富士山形ヘッドマークが装備されます。


 元はオロネ25であったオロネ15 3000番代と、スハネフ14を従えますが、スハネフ14は塗装が剥げ、かなり悲惨でした。安住の地とはなっていないようです。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#71

2016-12-15 | 鉄道写真


 それでは、連載第71回目は、ED76の8回目、ED76 90をお届けします。


 余程調子の良いカマであったらしく、記録も最多ではないかと言う程多くの写真がありました。


 最初は、寝台特急「さくら」終焉間近の、牽引機として、長崎駅に入線する姿(写真)。「さくら・はやぶさ」のヘッドマークも懐かしい。



 同機は、その後当時長崎駅西方にあった長崎車両センターに入庫(写真)。折り返しの運用を待ちます。



 次は、寝台特急「あかつき」牽引機として、これも長崎駅でしょう、入線の図(写真)。



 続いて、寝台特急「はやぶさ」を牽引し、熊本到着の図(写真)。九州内は単独列車に戻りました。このホームも、間もなく無くなります。



 続いて、他日「はやぶさ」牽引機として門司から連結する、その際の画像(写真)。門司の儀式も、無くなって久しいです。



 そして、九州新幹線関連工事中の熊本駅に到着(写真)。過渡的なものです。



 寝台特急「彗星」廃止後、併合列車となった寝台特急「なは・あかつき」、「あかつき」牽引を待ち長崎で停泊する同機(写真)。



 そして、寝台特急「富士・はやぶさ」最終期に、「はやぶさ」を牽くべく門司駅で接近する、同機(写真)。撮り直しもできません。



 最後は、熊本発「はやぶさ」を牽引し、門司で切り離しを待つ同機(写真)。EF81に交代後、「富士」の前に推進されます。


 多分、撮影9回は、ブルトレ牽引のEF66並、交流機では最多です。余程調子が良かったようです。


 東北のED75に比べ、やはり末期の寝台特急を牽いていたことから、多くの記録があります。これは、運が良いです。


 それでは、次回をお楽しみに。


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Electric Locomotive#70

2016-12-14 | 鉄道写真


 それでは、連載第70回目は、ED76の7回目、ED76 87をお届けします。


 寝台特急「彗星」が廃止になるとのことで、京都から乗車し、関門を早朝に寝過ごし、そして終点の南宮崎で、記録します。牽引機が、偶然87号機でした(写真)。この後、折り返し直前まで中線に留置され、左から右から、舐め尽くすように撮りまくりました。


 ED76は当然大分運転所のもので、客車はJR西日本ですが、京キトか大ミハか、記憶にありません。お名残乗車で、ほぼ満席でした。常時そうであれば、26系客車も夢ではありませんでした。


 この後、青井岳経由で鹿児島に行く予定で、数日前の台風災害で運転出来ないところ、前日までに建設用土嚢で復旧させ、予定通り鹿児島に行くことが出来ました。JR九州の意地というものを感じました。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Electric Locomotive#69

2016-12-13 | 鉄道写真


 それでは、連載第69回目は、ED76の6回目、ED76 81をお届けします。


 これはどう見ても延岡でしょう、DE10を使わず、直接ELで貨車の入換を行っている姿(写真)。入換灯を点灯しているのが分かります。延岡では、このような光景も見られました。


 高千穂鉄道廃止後、延岡も遠くなっていますが、まだ、貨物列車はあります。ED76が稼働中に、もう一度行きたい感じはします。


 それでは、次回をお楽しみに。


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