とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

ノーネクタイ

2010-08-18 22:37:54 | 日記
ノーネクタイ

 退職しても朝になるとワイシャツを着て、ネクタイを締めて、鞄を持って、「行って来まーす」と、かつての勤務校へ出かけようとするんじゃないのか?
私は、退職前にそんな風になることを一番恐れていた。しかし今のところそういう症状が出ることもなく、何とか普通の生活をしている。しかもネクタイから解放されたことを喜んでいるのである。ネクタイとスーツを躰から外すと、何とも涼しい。見た目はラフだが、鎧(よろい)を脱いだような爽やかさを感じる。しかも省エネの時流にもうまく合致している。
 環境省のホームページによると、「クールビズ」というファッションは、地球温暖化防止「国民運動」の一環として推奨されているという。そして、冷房温度の設定、節水の励行、エコ商品の購入、アイドリングの停止、ゴミの減量、節電の励行という六つの方面からアクションを起こそうと計画しているそうだ。私は一つ一つチェックして、まあまあ実践しているなあと気分をよくしていた。
 しかし、この六月の猛暑と水不足は何とも不気味で息苦しい。七月から九月にかけて例のない異常気象が日本を襲ってくる可能性を予測させる。この自然の厳しい現実は、そういう運動が手遅れで生ぬるいということを物語っている。
私はノーネクタイの運動を初めとした六つのアクションを私個人の今の生活と重ね合わせてみて、一連の運動に沿って努力しているような気分になっていた。だが、孫や曾孫の時代になると地球はどうなっているのかと思うと、自らの責任を感じ、何だか居ても立ってもおられないような暗い気持ちになってきたのである。(2005年投稿)

仏像

2010-08-18 22:26:56 | 日記
仏像




 「何? 顔面仏像模写?」。一月二十日に届いた「全労済」のPR紙第一面のインタビュー記事を読んでいて、私は思わず呟いた。あのNHK朝の連続テレビ小説「わかば」のヒロイン高原若葉役の原田夏希さんの得意芸だという。
 そのドラマはとびとびにしか視ていないし、その女優さんについても詳しいことは知らなかった。しかし、私は急にその人に親しみを抱いた。何かご縁というものを感じたのである。
 というのは、私は特に篤い仏教の信者というわけではないが、朝晩仏前で念仏を唱えているからである。多情仏心とか、鬼の念仏という部類に属する所業である。その上、今、仏像の収集に熱をあげている。買い求めたものはいずれも安いものばかりである。私はその仏像を一週間交代で床の間に上げまつり、いろいろな角度から見つめ、微妙に変わる表情を味わっているのである。
ご本尊は仏壇の中。その他の諸菩薩・諸尊は床の間。仏像を入れ替えると、床の間全体の雰囲気ががらりと変わることに気づく。高村光雲の観音像(複製)の穏やかな笑み、釈迦十大弟子(一部)の苦行の相、千手観音像の慈悲に溢れた表情、円空仏(複製)の純朴な笑み。それぞれが醸し出す気。仏像には、到底私ごとき俗物には達し得ない境地が表情に滲み出ている。
 その表情づくりに彼女が挑戦し、得意芸として完成させた!  私は参ってしまった。芸ここに極まれり。一度拝見したいものだ。そういう感慨に浸っている。その芸があったからこそ、厳しいオーディションをクリアしてきたのであろう。そう思ってドラマを視ると、彼女のふとした仕種に心の深さを感じるときがあるのである。(2005年投稿)