手を挙げた少年
松江市で用事をすませ、車を走らせて午後五時半ごろに斐川町の自宅近くまで帰った。農道に橋がかかっていて、その手前百メートルくらいの地点から、橋のたもとに数人の子どもが立っているのが見えた。川の向こう土手の路と農道の交差点の左側の位置だった。ちょうど橋の欄干のかげに隠れる場所だったので、見えにくかったが、先頭の小学一年くらいの少年が高く右手を挙げているのが分かった。その後ろにもう二人の子どもがいた。ルームミラーで後方を見ると、一台の普通車が私の車についてきていた。
無視して通り過ぎることもできないことはなかった。しかしよく見ると、その少年の手の挙げ方、表情が真剣そのもので、私にはその少年の仕種が精一杯の自己表現をしているように見えた。私は自然にブレーキをかけて少年のいる手前の位置で止まった。後ろの車も止まった。三人の子どもたちはこちらに一礼すると、嬉しそうに農道を渡っていった。私は車を発車させながら、眼に焼きついたその少年の姿に感動した。
しゃきっと伸びた手。運転している私をじっと見つめていたその輝く眼。きっと私が止まってくれると信じきっていたに違いない。登下校時ではないし、横断歩道でもないので、手を挙げて渡る習慣がその少年にはきちんと身についていたのである。
私は、今、その少年のはつらつとした意思表示を見て、自分の心が自然と素直になったその仔細を心地よく思い出している。
子どもに教えられる、いや、大人の濁った心が子どもの言動でにわかに澄んでくる。そういう経験は理屈を超えたさわやかな風を胸に送り込んでくれる。 (2006年投稿)
松江市で用事をすませ、車を走らせて午後五時半ごろに斐川町の自宅近くまで帰った。農道に橋がかかっていて、その手前百メートルくらいの地点から、橋のたもとに数人の子どもが立っているのが見えた。川の向こう土手の路と農道の交差点の左側の位置だった。ちょうど橋の欄干のかげに隠れる場所だったので、見えにくかったが、先頭の小学一年くらいの少年が高く右手を挙げているのが分かった。その後ろにもう二人の子どもがいた。ルームミラーで後方を見ると、一台の普通車が私の車についてきていた。
無視して通り過ぎることもできないことはなかった。しかしよく見ると、その少年の手の挙げ方、表情が真剣そのもので、私にはその少年の仕種が精一杯の自己表現をしているように見えた。私は自然にブレーキをかけて少年のいる手前の位置で止まった。後ろの車も止まった。三人の子どもたちはこちらに一礼すると、嬉しそうに農道を渡っていった。私は車を発車させながら、眼に焼きついたその少年の姿に感動した。
しゃきっと伸びた手。運転している私をじっと見つめていたその輝く眼。きっと私が止まってくれると信じきっていたに違いない。登下校時ではないし、横断歩道でもないので、手を挙げて渡る習慣がその少年にはきちんと身についていたのである。
私は、今、その少年のはつらつとした意思表示を見て、自分の心が自然と素直になったその仔細を心地よく思い出している。
子どもに教えられる、いや、大人の濁った心が子どもの言動でにわかに澄んでくる。そういう経験は理屈を超えたさわやかな風を胸に送り込んでくれる。 (2006年投稿)