桜の森の満開の下
安吾の小説は奇異極まる話だが、私が今日桜の森で体験したことは極めて爽やかなものだった。
家族の誕生日のささやかな食事会をして、私たちはついでに玉造温泉の桜を見た。写真のような桜が川を挟んでずっと宍道湖の河口近くまで続いている。昨年は見逃したので、今年は是非行こうということになって、予定になかったが出かけたのである。
一番喜んだのは孫だった。この4月やっと小2になった。土手下の川原まで降りてはしゃいでいた。花見客も日曜日で天気がいいので、相当数いた。東日本大震災と不景気で観光客が少なくなったと聞いていたが、地元の花見客は例年並みに多かった。
川原から上を見上げると、青い体操服を着て緑の帽子を被った中学生が3人何か箱のようなものを持って歩いていた。そうか、ここでも募金をして回っているのかと感心して見ていた。やがて3人は川原へ降りてきた。よく見ると、箱の中にはミカンが入っていた。
すると、ミカン売りのアルバイトをしているのか。私はそう思った。箱の張り紙は字が小さくて読めなかった。私たちのところへ近づいてきた。
「ミカン要りませんか」
一人がそう言った。そして、別の一人が「売り上げは全部震災の寄付にします」と付け加えた。
すると、妻が「一袋頂戴」と言った。「2百円です」という答え。袋の中には3個ずつ入っていた。妻は、「じゃ、二つください」と言って追加した。
「ありがとうございます」
3人が揃って頭を下げた。
その時、即座に私は聞いた。
「君たち、どこの中学生」
中の少し背の高い男の子が答えた。
「玉湯中学です」
私は「感心だね」と言うと、3人ははにかんだような顔をした。
「中学生さん、私にも2個頂戴」
ずっと向こうから中年の女性の声がした。孫らしい女の子がお金を持ってきて箱に入れた。
「私も頂戴」
そのグループの近くの若い女の人が続いて注文した。するとあちこちから声がかかった。
とうとう箱の中は空になった。
仔細を見ていた私は急に爽やかな気持ちになった。そしてまた、花に浮かれている自分がみじめに思えてきたのである。