2015年9月7日(月)
霧雨。 昼、気がつけば雨は上がっている。
・・・・・・
2015年9月8日(火)
現在、音も立てずに、雨・・・。
窓の外、しずくがポタポタと落ちていくので、それと知れる。
その向こうは・・・、
よくよく目をこらさないと雨が降っているかどうか、判然としない。
細かい雨だ。
(単に目が悪くなっただけの話かも・・・。)
何も気にすることはない。 (↓↑ 両方に掛かる)
人、それぞれの生き方、そして意思表示の仕方がある。
今日の雨のように、自分自身のことが、はっきり見えない・・・。
「・・・だから、他人を通して自分を省みる。」
う~ん、なるほど、そんな考え方もあるか !
今、他人と付き合うのが、何となく不安だ。 (・・・面倒・・・?)
そのくせ、誰も寄ってこないと言って、寂しがる。
他人を避けつつ、人を恋しがる。
私は、矛盾の塊だ。
ずっと他人に生かされてきた。
その想いから抜け出せない。
自分の稼ぎ以上に、いつも、「他人から施されてきた」という想い。
69年間生きてきて、私は、未だに何も完成していない。
そんな惨めさが、いつもつきまとっている。
だったら、今から、今すぐにやれ !!
皆が、そう言う。 そう教えてくれる。
確かにその通りだ。
しかし、人には、どうにもならないものもある。
過ぎ去った日々。
・・・と、逆戻り。
今からやれること。
・・・・??
人生というやつは、瑣事の積み重ねのようなものだ。
みみずくの夜メール -五木寛之-
そうか、私はもっと私自身でなければいけない。
もしかすると、仲間の生き方に惹かれ始めているのかも知れない。
私は、今、何をすべきか?
それは、他人の存在に関わりなく、自分の生き方を追い求めるべきだ。
無論、仲間の存在は無視できない。
だが、あくまでも「私自身」を中心に置いておかねばならない。
でなければ、いずれは、両者共倒れになってしまう。
いや、倒れ込むのは、多分、私だけだろう。
人生には引け際があるという。
年齢的には、そろそろかな・・・と、思わぬでもない。
と言って、「私自身」を引く気は、さらさらない。
「私自身」は「これからだ」と考えている。
瑣事を、引っ掻きだし、こねくり回しながら、
こそこそこそ、てれてれてれと、生きていければいいと思う。
「ふんふん、そうそう うまい具合にいけばねぇ・・・」
耳元で誰かがささやいている。
霧雨。 昼、気がつけば雨は上がっている。
・・・・・・
2015年9月8日(火)
現在、音も立てずに、雨・・・。
窓の外、しずくがポタポタと落ちていくので、それと知れる。
その向こうは・・・、
よくよく目をこらさないと雨が降っているかどうか、判然としない。
細かい雨だ。
(単に目が悪くなっただけの話かも・・・。)
何も気にすることはない。 (↓↑ 両方に掛かる)
人、それぞれの生き方、そして意思表示の仕方がある。
今日の雨のように、自分自身のことが、はっきり見えない・・・。
「・・・だから、他人を通して自分を省みる。」
う~ん、なるほど、そんな考え方もあるか !
今、他人と付き合うのが、何となく不安だ。 (・・・面倒・・・?)
そのくせ、誰も寄ってこないと言って、寂しがる。
他人を避けつつ、人を恋しがる。
私は、矛盾の塊だ。
ずっと他人に生かされてきた。
その想いから抜け出せない。
自分の稼ぎ以上に、いつも、「他人から施されてきた」という想い。
69年間生きてきて、私は、未だに何も完成していない。
そんな惨めさが、いつもつきまとっている。
だったら、今から、今すぐにやれ !!
皆が、そう言う。 そう教えてくれる。
確かにその通りだ。
しかし、人には、どうにもならないものもある。
過ぎ去った日々。
・・・と、逆戻り。
今からやれること。
・・・・??
人生というやつは、瑣事の積み重ねのようなものだ。
みみずくの夜メール -五木寛之-
そうか、私はもっと私自身でなければいけない。
もしかすると、仲間の生き方に惹かれ始めているのかも知れない。
私は、今、何をすべきか?
それは、他人の存在に関わりなく、自分の生き方を追い求めるべきだ。
無論、仲間の存在は無視できない。
だが、あくまでも「私自身」を中心に置いておかねばならない。
でなければ、いずれは、両者共倒れになってしまう。
いや、倒れ込むのは、多分、私だけだろう。
人生には引け際があるという。
年齢的には、そろそろかな・・・と、思わぬでもない。
と言って、「私自身」を引く気は、さらさらない。
「私自身」は「これからだ」と考えている。
瑣事を、引っ掻きだし、こねくり回しながら、
こそこそこそ、てれてれてれと、生きていければいいと思う。
「ふんふん、そうそう うまい具合にいけばねぇ・・・」
耳元で誰かがささやいている。
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