[木戸松菊先生]
で、蘇峰がまた凄い文を書いたていましたよ(笑)。
『木戸公は逃げようとし、大久保公は逃がすまいとし、まるで鬼ごっこのやうなことをやってゐたのであります。(中略)後には木戸、大久保の代りに、長州人同志、即ち伊藤、山縣の二人が追ひつ追はれつしてゐたのであります。』
・・・これは、蘇峰が[大木戸]で[伊ガタ]だと思っても良いってことですかい?思っちゃいますよ!
ところで、木戸さんの嘉永六年の日記の名前が[桂大江孝允]となってたんですが、桂・木戸・大江・小五郎・孝允、は組合せ自由で使ってたんですかね(←長州素人のためよく知らない)
それにしても斉彬公は、どんな本に載ってても褒められてんな・・・。
で、蘇峰がまた凄い文を書いたていましたよ(笑)。
『木戸公は逃げようとし、大久保公は逃がすまいとし、まるで鬼ごっこのやうなことをやってゐたのであります。(中略)後には木戸、大久保の代りに、長州人同志、即ち伊藤、山縣の二人が追ひつ追はれつしてゐたのであります。』
・・・これは、蘇峰が[大木戸]で[伊ガタ]だと思っても良いってことですかい?思っちゃいますよ!
ところで、木戸さんの嘉永六年の日記の名前が[桂大江孝允]となってたんですが、桂・木戸・大江・小五郎・孝允、は組合せ自由で使ってたんですかね(←長州素人のためよく知らない)
それにしても斉彬公は、どんな本に載ってても褒められてんな・・・。
●Q太郎さん
『大江』が『源』とかと同じ使われ方をしているのなら、確かに不自然じゃないですよね。
「お~」って思いましたよ。
なんつーか、桂さんお坊ちゃんのイメージがないので殿と結びつけて考えられないんですよね(笑)
●天津さん
蘇峰さん、凄いっすよね(笑)。
でも、この本は彼に似合わず『ペライ』本でした。
お前、あの『公爵山縣有朋』の情熱はどこへ追いやってるんだ?って思いました。
と、アホのような感想を抱いた私…。
つまり、「大江孝允」というのは「源尊氏」とか「源容保」とかと同じ言い方ということです。
桂氏が毛利氏の支族ならば、ですが(がちょ~ん)