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幕末明治に萌え(燃え)てる人なら、いわそうじゃなくても、たいてい名前を目にする英国の日本駐在公使ハリー・パークスさん。
軽ーく経歴を見るだけでも有能すぎます。
マジで文武両道ですよ。
しかもこの人、高等教育受けてないんです、マジたたきあげ。
両親が亡くなって二人の姉を頼ってマカオに来たのが13歳で、そこから中国語の勉強をして、14歳で阿片戦争に従軍した時は全権閣下のボーイ、16歳で通訳になって領事のオールコックに五年間仕えるけど、その間オールコック夫人に文学とフランス語とドイツ語を叩き込まれたらしい。
20歳の時には上海で交渉とかも任されたりして、29歳頃には事実上の広東辺りの総督してて、中国からは三万ドルの賞金首。
32歳の時に講和交渉帰りにフランス・英国交渉団ごと中国軍に捕らえられ拷問にかけられたけど、生き残り組になんとか。
34歳でナイト授爵。
37歳で日本に。
後は良く知る感じですね。
でも調べると色々知らないエピソードとか出て来て楽しい。
品川らへんで襲い掛かられた時、日本人護衛が動けなかったのでパークスさんが捕らえちゃったりしてたり。
後藤象二郎との議論の時激怒して怒鳴ったら『怒ると分別が無くなりますな』とか言われちゃたのを後年同席してたミッドフォードさんに『私達のチーフは、偉い所は多かったが、この教訓だけは終生その身につかなかった』とか書き残されてたりするのとか楽しい。
あと緒方先生を思い出すのは、種痘を採用するよう説得したとか。
石橋絢彦を思い出すのは、灯台組織を作らせたとかですね。
まあ、それは置いておいて、パークスさんの和紙コレクションが凄いんです。
本当にありとあらゆる和紙がある感じです。
まあ、パークスさん個人と言うわけではなく英国首相グラッドストーンが和紙の調査を命じたらしいんですけどね。
その指示を見ると、英国怖いって思います。
『和紙が原料として応用可能であること、日本で行われている和紙の様々な利用法について十分な知識を持つことが、英国の製造業者にとって重要なことであると思われ、報告書には、報告書で言及している全ての和紙、その製品その他を購入し、そのサンプルを収録したコレクションを付すること』って。
怖くねぇ、怖いよね。
圭介に興味を持つと、日本が向こうから技術をコピろうとしている面ばかりが目につきますが、イギリスのそれは規模が違うよ。
現物はサウスケンジントン博物館(多分現在のビクトリア・アルバート美術館)に納められているらしいです。
単に色んな本や浮世絵や千代紙とかもあるけど、紙合羽や紙衣、陣笠、根掛、雨傘、日傘、油団、肌着、望遠鏡、鼈甲紙、太政官札までは良い。
金札紙の見本が原料と製法付きで残ってるんですが!!
残ってるエピソードからすると、なんとなくパークスさんが由利公正から聞き出したっぽい?
そんな感じのパークス和紙コレクション。
軽ーく経歴を見るだけでも有能すぎます。
マジで文武両道ですよ。
しかもこの人、高等教育受けてないんです、マジたたきあげ。
両親が亡くなって二人の姉を頼ってマカオに来たのが13歳で、そこから中国語の勉強をして、14歳で阿片戦争に従軍した時は全権閣下のボーイ、16歳で通訳になって領事のオールコックに五年間仕えるけど、その間オールコック夫人に文学とフランス語とドイツ語を叩き込まれたらしい。
20歳の時には上海で交渉とかも任されたりして、29歳頃には事実上の広東辺りの総督してて、中国からは三万ドルの賞金首。
32歳の時に講和交渉帰りにフランス・英国交渉団ごと中国軍に捕らえられ拷問にかけられたけど、生き残り組になんとか。
34歳でナイト授爵。
37歳で日本に。
後は良く知る感じですね。
でも調べると色々知らないエピソードとか出て来て楽しい。
品川らへんで襲い掛かられた時、日本人護衛が動けなかったのでパークスさんが捕らえちゃったりしてたり。
後藤象二郎との議論の時激怒して怒鳴ったら『怒ると分別が無くなりますな』とか言われちゃたのを後年同席してたミッドフォードさんに『私達のチーフは、偉い所は多かったが、この教訓だけは終生その身につかなかった』とか書き残されてたりするのとか楽しい。
あと緒方先生を思い出すのは、種痘を採用するよう説得したとか。
石橋絢彦を思い出すのは、灯台組織を作らせたとかですね。
まあ、それは置いておいて、パークスさんの和紙コレクションが凄いんです。
本当にありとあらゆる和紙がある感じです。
まあ、パークスさん個人と言うわけではなく英国首相グラッドストーンが和紙の調査を命じたらしいんですけどね。
その指示を見ると、英国怖いって思います。
『和紙が原料として応用可能であること、日本で行われている和紙の様々な利用法について十分な知識を持つことが、英国の製造業者にとって重要なことであると思われ、報告書には、報告書で言及している全ての和紙、その製品その他を購入し、そのサンプルを収録したコレクションを付すること』って。
怖くねぇ、怖いよね。
圭介に興味を持つと、日本が向こうから技術をコピろうとしている面ばかりが目につきますが、イギリスのそれは規模が違うよ。
現物はサウスケンジントン博物館(多分現在のビクトリア・アルバート美術館)に納められているらしいです。
単に色んな本や浮世絵や千代紙とかもあるけど、紙合羽や紙衣、陣笠、根掛、雨傘、日傘、油団、肌着、望遠鏡、鼈甲紙、太政官札までは良い。
金札紙の見本が原料と製法付きで残ってるんですが!!
残ってるエピソードからすると、なんとなくパークスさんが由利公正から聞き出したっぽい?
そんな感じのパークス和紙コレクション。
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