正木伸城さんのインタビュー記事や菊池真理子さんの対談記事が載っていた雑誌に、伊藤比呂美さんと内田也哉子さんの対談記事がありました。
週刊文春WOMAN Vol.16 2023創刊4周年記念号(2023年1月12日発行)
大特集:宗教は毒か?救いか?
BLANK PAGE Vol.16 enchanted by the buddhist sutras
伊藤比呂美 × 内田也哉子
(つづき)
いつか死ぬから、それまで生きるというのが生きる。
死ぬってことは、生きるにつながっている
内田 伊藤さんは1997年にカリフォルニアに移り住んでいますが、その理由は?
伊藤 日本に居づらかったんです。前の夫と離婚し、夫婦ではなくなってからも「我々はー、新しいー、家族をつくるんだー」ということで一緒に暮らしながら子育てをしてみたんですが、関係がぐっちゃぐちゃになっちゃった。もうこれ以上は無理だなと家庭を解散し、逃げたんですよね。私には既にアメリカ人の恋人がいて、子どもたちにも紹介済みで、子どもたちも「アメリカに行きたい」というので、3人で彼のいるアメリカに移住したというわけです。
也哉子さんは19歳で結婚していますよね。そのときの報道を覚えていますよ。当時、19歳で結婚するなんて、この人は何から逃げたんだろうと思っていました(笑)。
内田 夫が29歳で私が19歳。「三十路と二十歳の結婚では、なんかすごい節目の決意で結婚したみたいな感覚になるから、ちょっと未熟そうなうちにスタートにしたい」と彼に言 われて、なるほどと思ったんです。
伊藤 19歳の結婚って犯罪にちょっと抵触していないか(笑)。
内田 (笑)。早く内田家から精神的に独立したかったし、今思えば、パリの大学で学び始 めてみて学業の過酷さが身に染みていたところだったから、逃げたかったのかも。
伊藤 夫の本木雅弘さんが納棺師の役で主演された映画『おくりびと』は日本で観て、アメリカで観て、子どもたちにも観せて、友人にも勧めて。
内田 まあ、ありがとうございます。あの映画は20代の本木がインドを旅した際、ガンジ スの川辺で遺体が焼かれる日常の風景を見て、当時読んでいた『納棺夫日記』という小説に 感化され、映画化を思いついたんです。それから10年を経てようやく実現したんですが、 伊藤さんにそうおっしゃっていただけるのはとても光栄だし、またしてもご縁を感じました。
伊藤さんがご両親の遺骨をコーヒーミルで挽いて粉にして、ご家族と海辺で撒いたら、風で骨が煙みたいに宙を舞い身体にまとわりついたと書かれているのを読んで、それが映像として浮かんできて、私もその場にいるようなうっとりした感覚になりました。
うちは両親とも骨壺に入って、母が購入してあったお寺のお墓に入っています。石をどけたら冷たくてまっ暗な四角い空洞があって、せめて2つ並んでいるからいいかと思いはするものの、なんか心底しっくりこなかった。伊藤さんの本のこのくだりを読んで、これこそがプリミティブな弔いで、自分のやりたいことだったのかもしれないって思って、ちょっと泣けてきちゃいました。
伊藤 ありがとうございます。私ね、手を合わせるというのができないんですよ。
内田 私もそうです。何に向けて合わせているかもわからない。親を思うときも手を合わせないです。
伊藤 でしょ。母の遺体を前にしても、母が生きて死んで死骸になっている。生きてない。 なぜそれに手を合わせるのかがわからなくて。
内田 そうそう。私はなんて情のない人間なんだろうって、実は後ろめたかったんです。
伊藤 こんなに共感してくれたのは也哉子さんが初めてですよ。すっごくうれしい。おそらく、手を合わせるという行為が宗教的な感じだからでしょうね。宗教に対する気持ちというのは、どこかシステムとかルールに沿わなくちゃいけないわけでしょう。その仕方も納得してないし、わかってない。それを受入れるって表明もしていない。そのせいのような気がするんですよ。
内田 だからこそ、ご両親の遺骨をコーヒーミルで(コーヒーミルを手で回すしぐさ)。
伊藤 いや、そんなもんじゃなくてマシンでダーッと。
内田 電動? やだあ(笑)。煙のように細かくする必要はあったんですか。
伊藤 骨だと、見つかったときに、これは人間の骨ではないかと騒ぎになる。
内田 そうか、事件性を疑われる(笑)。伊藤さんは2016年にアメリカで一緒に暮らしていた夫を亡くされ、その2年後に帰国されて熊本で暮らしていらっしゃるんですね。
伊藤 夫とはケンカばかりしていたのに、いなくなるとポカーンとしちゃって、なんで生きているのかわからないような感じでした。帰ってきて、熊本の照葉樹林や星空に元気をもらったような気がします。家の中で室内園芸もしているんですが、連中は私たちが思っているように生きたり死んだりしないんですよ。勝手に生き、勝手に死ぬ。死ぬは死ぬで、生きるは生きるだと思っていたけれど、その植物たちは死ぬは生きるで、生きるは死なないなんだなっていうことがわかってきた。
人間も死ぬは生きるで、生きるは死なないということなんだと思うようになりました。いつか死ぬから、それまで生きるというのが生きる。死ぬってことは、生きるにつながっているような気がするんですよ。DNAがつながっていくという考えもあるでしょうが、でも子どもを産まない人もたくさんいる。だからDNAではなく、記憶なのではないか。その記憶とは、ほんの数人が覚えていたらやがて無意識のようなものになる。それが私たちが共有する記憶というものなのではないか。
内田 ああ、わかる。私の両親は半年間に立て続けに死んだんですけど、その直後は感情が何も湧き出てこなかった。今になってようやく、自分の記憶のなかで生き続けていると実感するんです。うっすらとなんだけど。
伊藤 私もうっすらです。ただ商売が商売なので、それをわかったように書くんですよ。いろいろな人に「死ぬってどんな感じ?」って聞いて回ったことがあるんです。みなさんが異口同音に「死ぬのは怖くないんだけど、死ぬ間際に痛いとか苦しいとか不自由とか、そういうのがあるのが嫌だ」と答えました。法然は「臨終はかみすぢきるが程の事」(臨終は髪の毛を1本切るようなこと)と言っている。なるほど、たぶん死ぬってそういうことなんだろう。
意識がそこで途切れて、真っ暗闇になってしまうと思うから怖いわけで、そうしないために宗教というのがあるような気がします。どの宗教でも天国があったり浄土があったり して、人々が生前の意識そのままで生きていると考えたいのではないか。
内田 いろいろな宗教において死後の世界というのは似通っているんですか。
伊藤 似ていますよ。たとえばキリスト教では、死ぬ瞬間、光の向こうに人がいるんですが、それが迎えにきた天使なんですね。仏教では仏様とか菩薩様が迎えにきてくれるでしょ。たぶん脳内で起こる現象で、死ぬ瞬間に光が見えるのかもしれない。その光が信仰によって天使と思うか菩薩と思うかですよね。
内田 私たちのように信仰に拘らない人は?
伊藤 ただの光と思うんじゃないですか。あ、なんか光ってるって(笑)。
参考:
法華経 「薬草喩品」より
カーシャパよ。譬えれば、こんなふうだ、
この全宇宙の、山や川や谷や平原には、
草や木や茂みや林が生えている。
それからいろんな薬草も生えている。
種類もちがう。それぞれ異なる。
そこをみっしりと雲がおおう。
すきまなくこの大きな宇宙ぜんたいをおおう。
一時にひとしく雨がふりそそぐ。
その水と草のまじわるところ、
何もかもがぬれそぼつ。
草や木や茂みや林や、
それからいろんな薬草たちが、
小さな根の、小さな茎の、
小さな枝の、小さな葉の、
中くらいの根の、中くらいの茎の、
中くらいの枝の、中くらいの葉の、
大きな根の、大きな茎の、
大きな枝の、大きな葉の、
さまざまの木々、大きな木や小さな木が、
高い場所、中くらいの場所、低い場所に、
生えているそれぞれが、
それぞれの場所でそれをうけとる。
一つの雲がふらす雨だが、
その種の成分や性質にあわせて、
うけとってのびる。
花がさいて実がなる。
一つの大地から生えたものだ。
一つの雨がうるおしたのだ。
でもそれは一つ一つの草木に
一つ一つちがうものをもたらす。
カーシャパよ、みてごらん。
如来というのもまぎれなくこのとおり。
大きな雲がわきおこるように、
この世にあらわれる。
大きな声をはりあげて、
雲が全宇宙をすっぽりとおおいつくすように、
世界にも、天にも人にも阿修羅にも、
声をゆきわたらせる。
現代語訳:伊藤比呂美
【解説】
詩人の伊藤比呂美さんが訳すと、難しい漢文のお経も、こんなに親しみやすいものになるのですね。
伊藤比呂美さんの現代語訳のお経を読んでみたいと思いました。
獅子風蓮