まほろば俳句日記

毎日見たこと聞いたこと感じたことを俳句にします。JーPOP論にチャレンジ。その他評論・エッセー、学習ノート。競馬も。

地獄のすべて/新雑句雑感(237)~プロローグ5の終わり

2017-09-14 04:25:03 | 新雑句雑感

*末尾に『ヘイポーラ』(1961)付

秋めくやヘイヘイポーラ何故か消え  地獄のすべて集めて白し秋めきぬ(沖縄戦モニュメント破壊される)  秋めくと俄かに稲畑家淡し  1970年の遠くまで行くんだ秋めきぬ  秋めくやまだ昏れぬ日を引き寄せる  秋めくやドラゴンボールの熱気満つ  秋めくや介護給付は先のこと  秋めくや人生の弔歌三度まで  涌き出ずる菩薩の一群秋めきぬ  右へ左へ種蒔くしぐさ秋めきぬ  団子坂今宵はライブ秋めきぬ  朝昼の不倫のニュース秋めきぬ  母無き世青く小さく秋めきぬ  秋めくや改憲発議やめておけ(来年に迫る)  秋めくや俺はやっぱり夢なのだ  千住まではたして何歩秋めきぬ  革命いまも野営のテント秋めきぬ(経産省前)   

   「ヘイポーラ」の画像検索結果 

https://youtu.be/ZguuHlrtqq0?t=9


【斉藤由貴特集】見つめたり瞳ふせたり未来を夢みたり/J-POP論・POP詩の宇宙

2017-09-12 08:43:23 | J-POP論/POP詩の宇宙

自由な子どものころの私 虹をかけあがる ー斉藤由貴『さよなら

1980年代の斉藤由貴主演映画は4作ある。第一作は、かの相米慎二監督による『情熱』(1985)である。榎木孝明と世良正則を相手に、宿命の出逢いとその死を見事に描いた。続いて、大森一樹監督の【斉藤由貴三部作】があり、その第一作が『恋する女たち』(原作 氷室冴子)である。この作品は青春映画の傑作と呼ばれ、当時、私も名画座やビデオ(VHS)で繰り返し観賞した。その清新さと斬新な《世界観》に酔い痴れた。続く第ニ作は、黒柳徹子の自伝映画『トットチャンネル』である。全編に斉藤のコミカルな独特の演技が続き、ラストシーンの真っ赤なコスチュームでの《沈黙の演技》は、戦後復興期に続くテレビ草創期の日本国民の精神の高揚の最深部に届いていた。まさに彼女のもの凄い演技力の賜物であった。第三作は『さよならの女たち』である。札幌の女子大生の卒業を前にした倦怠の中の精神の再生と出発を描いた作品で、伊牟雅人演じる父親が、GSのタイガースのドラマーで、解散後、慶応大学文学部に入学し、故郷の札幌に帰って、何と!高校の漢文教師を勤め挙げた「ピー」こと【瞳みのる】をモデルにしたものであった。 ラスト近く、神戸ポートサイドのフライングドルフィンで父親の行うライブシーンは、実に感動的だった。そしてラスト。父と母の間に子どもが生まれたとの知らせが入る。主人公にとって22歳下の妹の誕生である。彼女はたどたどしく赤ん坊を抱き上げる。まさに、光に包まれた誕生の瞬間!その後、彼女の実生活でも同じシーンを演じることになったに違いない。・・・《続く》 
 
 
斉藤由貴主演第三作 『さよならの女たち』テーマ曲
 
光の中で生まれたら きっとこんなふうだろうなと
私より一瞬先に 同じ事言った
あなたの心の扉が 陽に透けて見えた
その奥に あふれる愛の優しさは
泣きたくなるほど ・・・・
 
(詞・唄 斉藤由貴 曲 原由子)
 

【斉藤由貴特集】これ夢だから醒めると困るからダメ教えないわ/J-POP論・POP詩の宇宙

2017-09-12 04:23:09 | J-POP論/POP詩の宇宙
こんな秘密の庭の中では どんな言葉も みんな嘘なの ー映画「恋する女たち」テーマ曲『MAY』より
1980年代のスーパーアイドルで女優の斉藤由貴(51)が、不倫問題で騒がれている。斉藤さんは、横浜出身で横須賀高校卒。18歳で第二回東宝シンデラガールに選ばれ、19歳で映画『情熱』(監督 相米慎二 東宝)でデビューした。主演第二作の『恋する女たち』(大森一樹監督 氷室冴子原作)は、青春映画の傑作と評され、彼女の瑞々しく存在感溢れる演技は天才と持て囃された。以後、同監督の斉藤由貴三部作として『トットチャンネル』『さよならの女たち』が続いた。前者は、黒柳徹子の自伝作であり、ラストシーンの赤いコスチュームの沈黙の表情はまさに天才のものだった。『恋する女たち』のテーマ曲【MAY】は70年代のシンガーソングライター谷山浩子の作で、詞曲ともにとてつもなく優れている。MAYとはイングランドの妖精の一つで、穢れなき者の小さな恋の物語の普遍を見事に描ききった傑作である。・・・《続く》 
 
 
斉藤由貴 『MAY』(詞・曲 谷山浩子 唄 斉藤由貴)
 
今も あなたしずんでても
なぐさめの言葉は
百も思いつくけど・・・
そのどれも言えない 噴水の虹を見てるふりで
「きれいね」とつぶやくだけ
 
内気だと思ってるね・・・きっと
だけど言えない!! あなたが魔法をかけた
こんな秘密の庭の中では 
どんな言葉も みんな嘘なの
 

【俳句の此岸】1970年代のモラトリアムからの脱出に失敗!/私とは誰か~プレおたく世代の現在(31)

2017-09-08 04:18:44 | エッセー・評論

*映画もらとりあむタマ子付

前田敦子の死ぬほどの青飛蝗とぶ   まほろば  旧作

私たち1970年代世代にとって、来る80年代とはどのような時代だったのだろうか。私は、1979年に音楽業界への参入を諦めると同時に、中央線文化の中心地であり続けた【吉祥寺】に舞い戻った。長兄が同地の大学出身で、団塊の世代の、彼の70年代前半の2留を経ての就職後に、そのアパートを引き継いで住んでいたのが最大の理由だが、1979年の終りに、今度は吉祥寺の北の端の別のアパートに住むことにした。ロックやフォークが衰退し、ニューウェイブやテクノポップの【無機質】な騒音が溢れ始めても、吉祥寺という街は、80年代に入っても70年代の若者文化の匂いがし続けていたのが良かった。20歳代後半に入っても、まだ若者でいるしかなかったのだ。当時、モラトリアム世代という言葉が流行していたが、まさに私のことを言った言葉だった。結局、ここに4年ほど居ることになったが、途中、別の大学の通信制に編入した。大学卒という肩書きも欲しかったが、モラトアリアムに身を置き続けるための理由が欲しかったのかもしれない。ちょうど1979年に遭遇した、俳句の世界への耽溺も同じ理由からだった。・・・《続く》

 

もらとりあむタマ子(主演 前田敦子) 2013

https://youtu.be/ifIVLwv_kt0?t=34

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【1970年代への鎮魂歌】GOODBYE DAY・・また一日何ごともなくそれでいい/J-POP論・POP詩の宇宙

2017-09-05 17:38:28 | J-POP論/POP詩の宇宙

*写真は斉藤友美。ヘアメーク・アーチストでシンガー。JUJUのこの曲のリメークのそのまたリメーク。魂の継承・・私の俳句(詩)もこのようにありたい!

団塊の世代(現在、68~72歳)の2世を【団塊ジュニア】という。私たち、団塊の世代に続いた【キリギリス世代】の2世をもカバーすれば、ほぼ30歳代が該当する。私たちから5年~15年後の世代を【新人類】と呼んだが、彼らの2世は【新人類2世】ということになろう。20歳代前半と思われる彼女は、確信を持てないがそれに該当するようだ。もしかして、この時点では10代かもしれない。『GOODBYE DAY』(歌・曲 来生たかお 詞 来生えつこ)とは団塊およびキリギリス世代の1970年代へのレクイエムに他ならない。彼女の歌唱は、カバーを超えて、見事に歴史としての《現在》をなぞってゆく。まさに、魂の継承である。・・・《続く》
 
 
斉藤友美 『GOODBYE DAY
 
こんなにも 愛は深いよ
それに気づかぬだけだろう
余りにも おだやかすぎて
時の流れに埋もれるから
 
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