三越、白木屋(現・東急百貨店)と並ぶ日本橋を代表する昭和初期のデパート本店の建物。当時流行の本格的アメリカ式オフィスビル・スタイルで、百貨店では日本最初の冷暖房を設備、三井本館と並ぶ当時の日本橋の二大建造物と称されました。外観は三層構成のルネサンス様式を基調としながらも、随所に和風要素が加味されています。
戦後は村野藤吾の設計により、歴史様式とモダニズムを組み合わせた、もとの建物のイメージを損なわないデザインで、増改築が行われています。
■1~2階は花崗岩貼りで角柱による列柱をコーニスで繋いでいます(半円アーチの連続する8階部分は村野による増築)
■玄関上部のバルコニーの欄干飾りや化粧垂木、釘隠しなどに和風意匠が施されています
■高島屋東京店(旧日本生命館)/中央区日本橋2-4-1
竣工:昭和8年(1933)
設計:方岡安+高橋貞太郎+前田健二郎/増改築:村野藤吾
施工:大林組
構造:SRC造地上8階、地下3階、屋上塔屋4階付
撮影:2017/08/11
※国指定重要文化財
都内でも中央区には関東大震災後の復興小学校が多数現存しています。阪本小学校はアーチや曲線を多用した表現主義の泰明、常盤小学校とは異なり、縦長の窓が整然と並ぶ外観はどちらかというとインターナショナル・スタイルに近いデザインです。唯一外壁の3階分を通すピラスター(付け柱)に様式建築の面影を残しています。
昭和5年には震災で倒壊した東京市の復興小学校117校すべてが鉄筋コンクリートにより新築され、あわせて震災被害の少なかった木造校舎もコンクリート化されました。新設校を加えると実に205校がコンクリートにより耐震・不燃化され、すべて当時最先端のインターナショナル・スタイルが採用されたのですから、東京市の復興小学校事業は特筆に値します。
■白いコンクリートの壁にガラス窓が並ぶ外観は、戦後の校舎と見分けがつきません
■区立阪本小学校/中央区日本橋兜町15-18
竣工:昭和3年(1928)
設計:東京市
施工:大倉組
構造:RC造3階
撮影:2017/08/11
山二証券、フィリップ証券の筋向いに残る昭和初期の証券会社のビル。様式建築をイメージさせる装飾は皆無、どこにでもある普通のビルの外観なので、予備知識がないと戦前の建物とは分かりません。ファサードはフィリップ証券よりもさらに簡略化され、オーダーをイメージした角柱のピラスターに様式建築の名残が感じられます。
■どこでも見かける金融機関の支店を思わせる外観
■安藤証券東京支店/中央区日本橋兜町10-3
竣工:昭和初期(1920年代)
構造:RC造3階
撮影:2017/08/11
山二証券の隣に軒を並べるフィリップ証券も昭和戦前期の建物です。設計は山二証券と同じ西村好時。竣工が昭和10年ということもあり、こちらはがらりと意匠を変え、この時期の金融機関によく見られる古典主義を簡略化した手堅いデザインでまとめています。同じ建築家による建築時期と意匠の異なる建物が同時に見られるのは都内でもかなり珍しいと思われます。
西村好時は同時期に、ドリス式の列柱による第一銀行(昭和8年)や満州中央銀行総行(昭和13年)など歴史主義様式の大作も手がけています。
■建物西面~すぐ隣にはスパニッシュ様式の山二証券が軒を並べます
■建物東面
■フィリップ証券(旧成瀬証券)/中央区日本橋兜町4-2
竣工:昭和10年(1935)
設計:西村好時
施工:清水組
構造:RC造3階
撮影:2017/08/11
兜町証券街に残る数少ない戦前の証券会社のビルのひとつで、スパニッシュ風外観が目を引きます。スパニッシュは大正末~昭和戦前に邸宅を中心に流行った様式で、邸宅以外にも学校やホテル、公会堂、市役所などの様々な用途に広がりました。
1階は石貼り、2階より上はタイル貼り、屋根にはスペイン瓦が載ります。丸窓とアーチ窓廻りの装飾が見どころで、兜町にあっては他のオフィスビルとひと味違うちょっとオシャレな外観の証券会社です。あえて建て替えず、竣工時のまま大切に使い続けている山二証券さんに拍手です!
■証券会社というよりも、どこかのお屋敷の西洋館と呼ぶのにふさわしいたたずまい
■玄関廻りも見どころのひとつ
■スパニッシュなムードが漂うテラコッタ装飾
■山二証券/中央区日本橋兜町4-1
竣工:大正末期(1920代)
設計:西村好時
施工:清水組
構造:RC造地上4階、地下1階
撮影:2017/08/11
現在も証券会社が軒を並べる兜町の戦前の面影をしのぶ現存最大の建物。向かいには同時期に建てられた同じ横河工務所の手になるアメリカンボザールの名建築、東京株式取引所がありましたが現在は建て替えられています。
■南北の道路と日本橋川に面したファサードには、アメリカの商業建築に多用された半円アーチ(リチャードソニアンアーチ)が並びます
■日証館ビル/中央区日本橋兜町1
竣工:昭和3年(1928)
設計:横河工務所
施工:清水組
構造:SRC造地上6階、地下1階
撮影:2017/08/11
日本橋の野村証券から日本橋川を下ると、江戸橋のたもとに、特徴的な塔屋がひときわ目を引く建物が残っています。かつては江戸橋倉庫と呼ばれていた都市型倉庫建築(事務所が同居する倉庫)の初期のもので、当時流行した表現派風建築の代表的作品。ゆるやかな曲線を描いた壁面、船橋を模した屋上の塔屋、上層階の半円窓など、船体を思わせる個性的な外観は昭和戦前期ならでは。
現在は外壁の一部をカバーのように残し、内部にビルを建設することで当時の外観を保存しています。
■日本橋川の水辺に浮かぶ客船をイメージしたのでしょうか
■壁面の構成は同時期に建てられた学士会館によく似ています
■塔屋のデザインは船のブリッジのイメージ
■後ろの高層ビルも色遣いやデザインを旧館に統一し景観に配慮しています
■日本橋ダイヤビルディング(旧江戸橋倉庫)/中央区日本橋1-19-1
竣工:昭和5年(1930)
設計:三菱倉庫建築課
施工:竹中工務店
構造:RC造地上6階、地下1階
撮影:2017/08/11
※東京都選定歴史的建造物
日本橋のたもとに建つオフィスビル。1階を五島産の砂壁、中層階を茶褐色の化粧煉瓦貼り、上部を明るいプラスター塗りとした三層構成の外観が目を引きます。設計は大阪を中心に活躍した建築家の安井武雄。
この建物は安井の東京でのデビュー作で、西洋の歴史様式にとらわれず東洋的な表現をモダンなセンスでまとめています。この様式は「自由様式」と呼ばれ、歴史様式とモダンデザインの折衷主義を越えた自由な表現が高い域に達した傑作といわれています。
■「かたまり」感を強く打ち出した造形表現
■上部の造形は東洋的な表現とモダンデザインが融合したまさしく「自由様式」
■野村證券本社(旧日本橋野村ビル)/中央区日本橋1-9-1
竣工:昭和5年(1930)
設計:安井武雄
施工:大林組
構造:SRC造7階
撮影:2017/08/11
三越の前身は江戸時代の三井呉服店。明治37年三越呉服店と改称、我が国初めての欧米のデパートメント・ストア方式を採用しました。そして大正4年には近代的な大規模百貨店を建設、5層吹き抜けの大階段室、日本初のエレベーター、屋上庭園など最新の設備が話題になりました。関東大震災で大きな被害を受けましたが、昭和2年大改修と増築を加え再建、その後も時代に合わせて増改築が行われ現在に至っています。
三越は大正期以前から「今日は帝劇、明日は三越」のキャッチコピーで名をあげ、震災復興期には東京地下鉄道に働きかけ、店舗のすぐ側に「三越前駅」を設置し、いち早く新時代の都市交通網に着目しました。また日本で初めての女子店員の採用や美術展の開催、お子様ランチの提供など、三越は大規模店舗でただ商品を売るのではなく、流行や文化の発信装置としてデパートを機能させ、PRと販売戦略を展開したのでした。
■昭和2年改修時の外観を保つ建物東面~竣工時のアメリカンボザールの華やかな意匠が残っています
■東面北寄り出入り口廻りはアールデコ調の彫刻や照明器具で飾られ、ブロンズ製のライオンが鎮座します
■東面南寄り出入り口
■北面外観
■北面出入口
■三越のマーク
■地下鉄入口のレトロなステンドグラス
「三越前」駅の開業は昭和7年、一般企業が駅名になった初めてのケース
開業時に地下鉄入口と地下の売り場が直結するよう設計されました
■屋上の塔にも三越のマークが入ります
■三越日本橋本店/中央区日本橋室町1-7
竣工:昭和2年(1927)
設計:横河民輔
施工:横河工務所
構造:SRC造地上7階、地下1階
撮影:2017/08/11
※国指定重要文化財
ニューヨークの建築会社によって設計・施工された本格的なアメリカンボザールの銀行建築。3階分突き抜けたコリント式ジャイアントオーダーがズラリと並ぶ圧倒的なボリューム感は、銀行建築が最もそれらしく建てられた昭和戦前期ならではの時代を感じさせます。
明治生命館とともに昭和の街角の風景としていつまでも残ってほしい、アメリカ派歴史主義の黄金期を飾る貴重な作品です。
■外壁をこれでもかとばかりに覆い尽くすオーダーは壮観!~銀行には重厚な古典様式が良く似合います
■三井本館と三越~昭和初期の帝都東京にタイムスリップしたような眺めです
■三井本館/中央区日本橋室町2-1
竣工:昭和4年(1929)
設計:トローブリッジ&リビングストン社
施工:J.スチュアート社
構造:SRC造地上7階、地下2階
撮影:2017/08/11
国指定重要文化財
日本人建築家、辰野金吾が最初の国家プロジェクトとして手がけた本格的な様式建築。これ以降、お雇い外国人建築家の時代から日本人建築家が本格的に活躍する時代へと変わっていくわけで、日銀本店はその端緒を開く記念碑的建物。
全体の構成はバロックとルネサンスの折衷様式で、御影石で固めた外観は堅牢そのもの。最初の国家的大事業、それも日本銀行ということで、のちの東京駅に代表される赤煉瓦の華やかさはぐっと押さえ、ひたすら固く堅実なイメージで設計したようです。まるで城塞のような外観は、「銀行の銀行」と呼ぶにふさわしく、見るものに威厳とゆるぎない印象を感じさせます。
霊廟を思わせる国会議事堂と要塞のような日銀本店。日本を代表する近代建築は、まさに石でおおわれた「おかたい建築」の東西両横綱そろい踏みといったところでしょうか。
■建物西側~オーダーを並べたクラッシクな外観
■建物南側正面~残念ながら中央ドーム付近が工事用フェンスでさえぎられていました
■建物東側
■通りを挟んで日銀本店(向かって右)、三井本館(向かって左)、奥の塔のある建物は三越本店
これだけ戦前の近代建築がずらりと並ぶ通りは日本でもここだけ、まさに「近代建築の宝石箱やあ~」
■日本銀行本店/中央区日本橋本石町2-2
竣工:明治29年(1896)
設計:辰野金吾
施工:直営
構造:石・煉瓦造地上3階、地下1階
撮影:2017/08/11
※国指定重要文化財
東京市による震災復興小学校の初期の代表作のひとつ。校舎は耐震・耐火を実現させるためすべて鉄筋コンクリート造が採用されています。外観は表現主義風デザインが加味されたもので、随所にアーチや曲線を多用した幾何学的な装飾が施されているのが特徴です。
昭和10年前後からの復興小学校建築は、ほとんどが装飾排除のインター・ナショナルスタイルになってしまうので、同時期に建てられた銀座の泰明小学校とともに、現存する表現主義の復興小学校として貴重な存在です。
■校舎外観
■校舎入口~アーチや半円をモチーフにした造形は、当時流行のドイツ表現主義の影響
■校舎内部~円と直線で構成された幾何学的デザインがあふれています
■中央区立常磐小学校/中央区日本橋本石町4-4-26
竣工:昭和4年(1926)
設計:東京市臨時建築局(局長・佐野利器)
施工:大林組
構造:RC造3階
撮影:2017/08/11
※東京都選定歴史的建造物
どこの街でもよく見かける何の変哲もないごく普通のオフィス・ビルですが、建てられたのが昭和6年(1931)ですから驚きます。この時期(昭和初期)は、既存の歴史主義と新しいモダンデザインが同時進行し、あらゆる様式が入り混じった折衷系のデザインのビルがあふれていました。やがてはコンクリートとガラスでおおわれた真っ白なインター・ナショナルスタイルに席巻されるのですが、近三ビルはそのはざまで花開いた当時としては斬新なデザインのビルでした。
設計者は村野藤吾で、それまでの歴史様式から箱型のインター・ナショナルスタイルに舵を切りつつも、軒にコーニス(軒蛇腹)を張り出し、壁は白く塗らず濃い茶色のタイルを貼り、縦長の窓を並べています。細部の仕上げは歴史様式から学んだ味わいを残し、無味乾燥なインター・ナショナルスタイルからは一線を画したデザインは、現在も古さを感じさせません。
戦後建築界は機能一点張りのモダニズム建築独占状態になりますが、歴史様式の持つ味わいにこだわった村野の作品は、それらとはひと味違った数々の名作を世に送り出しています。
■近三ビル(旧森五ビル)/中央区日本橋室町4-1-21
竣工:昭和6年(1931)
設計:村野藤吾
施工:竹中工務店
構造:RC造8階
撮影:2017/08/11
※東京都選定歴史的建造物
中央区との区境、山梨銀行と道路を挟んで向かい側に、魅力的な近代建築があります。1階部分は石貼り、2階以上はスクラッチタイル貼りのロマネスク様式の建物ですが、1階開口部のアーチやコリント式付柱の柱頭のさまざまな動物や人面の彫刻が素晴らしく、思わず足を止めて見入ってしまいます。
大正末~昭和初期にかけて、スクラッチタイルと同時にテラコッタ装飾が大流行しました。丸石ビルの玄関廻りには、様式建築の大きな魅力の一つである装飾がこれでもかとばかり施され、通り過ぎる人の目を楽しませてくれます。装飾皆無のインター・ナショナルスタイルとは真逆の丸石ビル。まさに「神は細部に宿る」という言葉通りの、見どころいっぱいの近代建築ファン冥利につきる近代建築です。
■茶系統のスクラッチタイルと連続するアーチで壁面を構成する典型的なロマネスク様式の外観
■6階(人造石洗出し)と頂部の同蛇腹(テラコッタ製)で外観に変化を与えています
■各種動植物のテラコッタ装飾が施された玄関廻り
石貼り部分は播州産の黄龍石や赤龍石を使用し独特の色調を出しています
■玄関脇には2頭のライオンがお出迎え
■アーチ廻りの動物たちを探すのも楽しい(わたしが確認できたのは、白鳥、ライオン、羊、鷲、など)
■玄関廻りはまるで動物園(ライオンの下でささえるヤギさんも忘れないでね)
■コリント式の付け柱の柱頭(キャピタル)には人の顔、リス、フクロウなどが刻まれています
■アカンサスの上にちょこんと座るリスは木の実を持っています
■美しい状態で保たれた建物に感謝。大洋商会さん、ありがとう!
■丸石ビルディング(旧大洋商会ビル)/千代田区鍛冶町1-6-10
竣工:昭和6年(1931)/昭和8年増築(1933)
設計:山下寿郎
施工:竹中工務店
構造:SRC造地上6階、地下1階
撮影:2017/08/11
※国登録有形文化財
動物のテラコッタ装飾といえば、かつて千代田区内幸町にあった大阪ビル一号館(昭和2年竣工)が有名です。
7階壁面には、ブタや鬼やライオンのテラッコタ装飾がズラリと取り付けられていました。(さぞや壮観だったことでしょう)
現在は建て替えられた日比谷ダイビルの壁面や隣の小公園に、解体時に救出されたブタや各種動物たちがひっそりと移り住んでいます。