人にとって、「食べる」ということにはどんな意味があるのでしょう。
飽食の時代とあって、人間が生きることに欠かせない営みと感じる人は少なくなっているかもしれません。けれど、再び、食べることの大切さが見直されており、体にとっていいものを選びたい、そう思っている人も多いことと思います。
けれど、食べることの意味合いに大きく占めているのは「楽しみ」や「生きがい」といったものではないでしょうか。
井口さん(仮称)は77歳の女性です。
井口さんはまさに、食べることは生きがいだーという意味を教えてくれました。
井口さんは、がんによって肝臓の機能が低下してしまっていました。普通、肝臓の機能が低下してくると、食欲がなくなってくる方が多いのですが、井口さんには全く当てはまりません。井口さんの食欲は、オリンピックに出場することができるマラソン選手の持久力並みに素晴らしいのです。
あまりに素晴らしい食欲がゆえ、体重もあ!っちゅう間に増えてしまって、膝に負担がかかり痛みがでてきているので、われわれスタッフは、考えました。
がんの終末期に日常生活動作ができなくなるのは、著しく生活の質を低下させます。現に、井口さんは自分の体重を自分の足で支えることができず、ベッドからトイレに降りるのがやっとでした。さらに、膝の痛みが動くこと自体を億劫にさせ、動かなくなることで足の筋力が低下し、悪循環に陥っていました。
スタッフで話し合い、井口さんに間食の制限をすることにしました。しかし、間食を制限したストレスで、さらに食べる量が増えてしまいました。
またまた、スタッフで悩みました。そこで、よーく井口さんのお話に耳を傾けてみましたところ、「私は、少々足が動かなくなっても、思いっきり食べる方がいい!!それで死んでもいい!」と話されました。
スタッフで、井口さんの病状も加味しまして、「食べ続けるのも井口さんの生き方だ!」と決心しまして、井口さんの間食の制限をするのをやめ、好きなものを好きなだけ食べていいよ、とお伝えすることにしました。
それまでも、それ以降も井口さんは食べ続けました。特に、夜間にベッドに横たわったまま間食をするので、看護師がラウンドの際に部屋に行くと、枕元がとろろ昆布や都昆布まみれになっていることがしばしば。ある日は梅干の種を気道に詰まらせて、胃カメラで取り除くといったエピソードまでありました。
もう、ここまでくると、これは食べることは井口さんの生きがいなんだ、と誰もが認め、それを支えてあげようと思わざるを得ません。
井口さんの肝臓は、がんの進行によって、どんどん悪化しました。意識も朦朧とすることが頻繁になりました。それでも、井口さんは言います。
「鮎寿司が食べたい…。」
好きなものを口にした井口さんはさらにいいます。
「あー、幸せ。」
その顔は万遍の笑みをみせてくれます。
ベッドで過ごす時間が多くなり、健康な時のように生きがいとして、あれをしたい、これをしたいと思っても、思うように実現できなくなるのががんの終末期です。
井口さんのように、普段の営みに生きがいを見出せるのはとてもラッキーなことかもしれません。けれど、それならば、とことんその生きがいを支える姿勢で患者さんを見守ることは看護師の役割です。
大食いのポンとしましては、将来の自分を見ているような気もしております。
ははは。