神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.283 田中正造

2024-09-04 23:52:14 | 時評
(1)アダム・スミスの『国富論』の最初のところが刊行されるのが1776年です。このころはマニュファクチュア〔工場制手工業=多くの人を一ヶ所に集めて、作業を手分けして生産する〕時代です。そして、この作業過程を人の手から機械に置き換える過程〔=産業革命〕が盛んに進むのが1800年の前後30年です。そうしてイギリスの資本主義が自分の足で立つようになります。その結果、新しい経済が始まりますが、いろいろな新しい問題を起こってきます。
 
(2)次を見てください。
 【コレクション 77】
 これは『イギリスの産業革命地図』のパンフです。
 下の図は、イギリスの時間距離を示した図です。イギリスの地図の上に等高線が描かれています。これを使って、たとえば10時間でどこまで到達できるようになったかで変遷を追ってみましょう。
 左上:1820年代(駅馬車) イギリスの国土の4分の1
 上右:1845年(鉄道)   同 2分の1
 下左:1910年8月(鉄道) 同 4分の3
 こうして、下右では、イギリスの「国土の時間的縮小(1870年~1900年)」が、タテ3分の2✕ヨコ3分の2として9分の4に縮まったことを示しています。 

 このパンフの大きさはB5判、6㌻です。B5判3枚分の横長の用紙を、最初に右3分の1、次に左3分の1を谷折りしてできています。
 全体は、
 1㌻ 上掲 *刊行案内も掲載されています。
 2㌻ 「序分より」 編者・訳者・執筆者一覧
 3・4㌻ 内容見本
 5㌻ 推薦文 小松芳喬 早稲田大学名誉教授 研究水準の向上に資するところ絶大
        竹内幹敏 東京経済大学教授 全般の理解をふかめるにきわめて有益
        吉岡昭彦 東北大学教授 刺激的な歴史地図・総合的な歴史地理事典
 6㌻ 目次 *下に載せました。

 パンフの説明は以上ですが、ちょっとこの目次に注意してみましょう。
 産業革命が進んで、産業が発展して経済構造が変わった様子がうかがえます。その中で、ここでは産業を支える都市の労働者の状態についての次の4項に注目してみましょう。
  21.救貧法と救済受給貧困者
  22.都市化
  24.労働者の抗議
  25.労働者の組織化
 経済が資本主義の方に進んでくるにしたがって、労働者の状態に様々な問題点が生み出され、それに対する労働者の反抗が出てきたことがわかります。これが、社会経済が福祉国家へと向かっていく背景だったわけです。
 ところが、労働者・女性・子ども・高齢者の衣食住などの生活環境をより良いものにしていくには膨大な経費が必要です。
 福祉は人手を多く必要としますから、雇用を増やすという点で失業対策としては有効な政策です。しかし、資本からすると、人を簡単には機械に置き換えられませんから、「効率が悪い」と見えます。そこで、大きな資本を持つ人や高額所得者は、「効率の良い福祉」とか、応益負担〔=政府に手厚い福祉を求めるなら、それに応じた負担をせよ〕を主張して、政府が社会政策をやってあまり金を使わないようにと、「小さな政府」という考え方をもちだしてきたわけです。負担能力があるのに負担を逃れたいという考え、これが新自由主義の人の理念です。

(3)そこで、私が注目していただきたいのは次のことです。
 資本主義の基礎にある商品経済は、日本では、封建社会が確立して武士の都市生活者化〔=給与生活者化=サラリーマン化〕によっていっそう促進され、明治維新以降に資本主義経済を生み出しました。アダム・スミスたちの狙い通り、古い封建社会を批判して自由な経済として登場しました。もちろん、それが当時の進歩の方向でした。
 ところが、自由を目指した資本〔資本主義経済〕は、自分がこの社会の主人公になって、こんどは自分が批判を受ける側になると、相変わらず自分の自由は主張するものの、資本の下で「雇われ・収入を得て・生活する勤労者」の自由や権利を率先して保護することはしなくなりました。それどころか、自分本位になり、保守化〔因循姑息な頭脳の持ち主化〕してしまいます。
 旧権力に対する批判では舌鋒鋭かったのに、自分が権力者になると、尊大になったり、勝手放題をし、他者の批判には目を向けようとはせず、猫を被る・・・ようになります。

(4)この点、明治の日本も同様です。徳川幕府を倒した新政府が無法な側面を示し、これに対して民衆の怒りがわいてきます。その象徴的な人が田中です。
【コレクション 78】
 これは『田中正造選集』です。
 
 
 大きさはB5判、4㌻です。
 全体は、
 1㌻ 上掲
 2㌻ *下に載せましたから略します。
 3㌻ 推薦文 松沢弘陽 時をこえる思想の生きた力
 4㌻ 本選集の特色 装丁見本
    刊行案内 四六判 平均280㌻ 予価2500円 1989年5月 岩波書店
 以上です。
 田中については、『田中正造文集(一)(二)』(岩波文庫 2004年)があります。そちらを詠んだという人が多いでしょうか。

 さて、下はパンフレット2㌻です。大きくしましたから、読んでみてください。
 木下順二が「あれから1世紀、日本は、本質的にはどれほど進んだといえるだろう。」と感慨を述べています。これはほかのことでもよく聞く感慨です。
 それから、中央に田中の言があります。
 これは、今の与党自民党の裏金問題や憲法に対する体たらくを見るにつけ、今もその通りです。ちっとも変わりません。違うのは、現在は、ハラスメントなどいろいろなことで「庶民が実名でも抗議の声をあげるようになっていること」です。

 きょうはここまでです。

 一言:
 先人の姿勢に学ぶことが必要と思います。
 その際に大事なことの一つに「不屈」、「つぶれない」ということがあると思います。
 
        
     きょうの東の空
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No.282 伊藤博文

2024-09-04 00:05:05 | 時評
(1)「自由主義」と「新自由主義」という言葉があります。どちらにも「自由」が付いていて同じように見えますが、出てきた時代も、意味する内容も全然違います。
 「自由主義」は18Cころの経済学者アダム・スミスたちの考え方です。
 日本の江戸時代までを見ると、座とか株仲間とかいう幕府から許可を得た特権商人だけが経済活動を許されるという時代がありましたが、それと同様に、イギリスでも王様から特権を与えられた商人だけが経済活動を許されるということが普通で、多くの封建的制限がありました。アダム・スミスらは自由な経済活動こそが国民に多くの富をもたらすと考えたわけです。
 スミスの「自由」は、「封建的制限から自由」、「封建的制限の撤廃」がその内容でした。

(2)資本主義経済の主要な内容は「機械を用いた大規模工場での生産」で、利潤を求めての競争経済です。そこでは、売れるだろうと見込んだものを、競争相手よりも効率よく安価に生産して、優位な立場に立つことが求められます。すると、機械の方を優先した労働者の働かせ方をするとか、より安く生産するために人件費を抑えようとして、生産に携わる労働者の労働環境を無視した働かせ方をしたり、女性やこどもを夜間でも働かせるという過酷なことが起こってきました。その結果、労働者の状態の改善の要求や必要性が叫ばれ、社会的に政策や福祉向上などの措置がとられ、労働者・女性・児童の権利を擁護して、異常な働かせ方を制限する法律が制定されてきました。それが福祉国家といわれるものです。
 ちなみに、現在の日本では、勤労者〔サラリーマン・農林漁業者・中小業者〕が、〔老人や子供をのぞいた〕現役層の95~98%を占めています。

(3)ところが、社会政策とか、福祉政策は膨大な資金を必要とします。そのために必要な資金を社会の中のどこかから持ってこなくてできません。どこかというのは「持っている人」=富裕層、結局は資本家層です。でも、富裕層はできれば負担したくありません。そこで、世界的に起こってきたのが、福祉国家は〔資本の〕自由な経済活動にとって重荷だという考え方です。これが、二つ目の「新自由主義のいう自由」です。

(4)新自由主義は、政府が労働者対策や福祉政策などをとると大きな経費が必要になり、結局、資本として使われる資金を政府が吸い上げてしまい、自由な経済活動を阻害する要因となる、だから、政府は福祉政策などをやめて最小限ことだけをするのでよい、と考えます。
 そして、もし国民が政府に特別の政策を求めるなら、それに対する応分の自己負担させよ・・・といって導入させたのがあの「消費税」です。
 しかし、福祉のためといって導入された消費税も、結局、法人税減税と所得税の減税の穴埋めに使われてしまっているということは、まともな財政学研究者ならだれでも認めていることです。

(5)ともかく、新自由主義は、福祉などの政策は資本として使われる資金を吸い上げてしまうから邪魔だ、無駄だ、と目の敵にします。それは、大手の資本や高額所得層にとっては都合よくても、大多数の国民には、負担ばかり増えて生活が向上しない状態を強いるものでしたが、政府は小さい方がよいといっていろいろなものを切り捨てて、その一方で国民の負担を増やしてきました。

(6)この点、アダム・スミスも「小さい政府」ということをいいました。
 アダムスミスの時代は、経済がこれから資本主義へ入っていく直前の時代ですが、その前は重商主義の時代といって、王様が強い軍隊をもって、航路や植民地を維持して商業活動を活発におこなうことが国内に大きな富をもたらすことができた時代でした。
 軍事は膨大な経費を必要としますから、必然的に「大きな政府」となりました。しかし、その政策が成功して、国内に富が蓄積されると、危険の思いをして国外に出て行かなくとも、国内に蓄積した資本を使って国内で生産する方は安全・有利となります。
 そうなると、軍事はそれまでのようなには必要でなくなります。必要のない軍事にを続けると、税として国内で使用できる資本が吸い上げられ障害になります。そこで、政府は無用な軍事をやらないで小さい方がよいという考えになりました。

(6)スミスは、新興の国民経済社会のブレーンとして、古い封建的諸制度と戦ったわけですが、それに対して、新自由主義は、資本主義経済のしわ寄せを受ける国民を保護するために培ってきた制度、つまり国民を目の敵にしているわけです。これは、日本では、中曽根内閣以降、岸田内閣までの歴代内閣が取っている立場です。

【コレクション 76】
 きょうは、『伊藤博文文書 原典 秘書類纂』です。
 伊藤は「人気」がありますから、大きくしておきますから、読んで見てください。
 大きさはB5判、4㌻、B4判を二つ折りしてできています。
 このほかに、B5判1枚が挿入されています。



 全体は、
 1㌻ 上掲
 2㌻ これは下に載せます。
 3㌻ 推薦の辞 鳥海 靖 中央大学教授 近代日本史研究の宝庫
         沼田 哲 青山学院大学教授 「秘書類纂」刊行に期待する
    伊藤博文略年表 伊藤の写真2枚
 4㌻ 内容見本
    刊行案内 全40巻 A5判 平均500㌻ 定価各巻9000円
         刊行日 平成14〔2002〕年12月から 北泉社
 以上です。挿入分も下に載せます。
   2㌻ 写真には、伊藤のほか、木戸孝允や大隈重信も映っているようです。


 挿入分です。イロハ、元々このように薄いインクなのでご湯者を。
 やはりこういう努力をされる人がいるんですね。この挿入は貴重です。
 なお、この裏面は刊行予定表になっています。
 


 では、ここまでとしましょう。

    
    公園の草むらで
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No.281 大山郁夫

2024-09-03 00:08:10 | 時評
(1)ある医科大学で医学を勉強して、卒業後に少なくともある期間は決められた場所で医師として従事するという奨学金制度があるのを聞いたことがあるでしょう。
 これは、経済的困難を抱える学生の方からすれば、卒業後に一定期間の拘束を受けるとはいえ、希望する医師へ道が開けるわけですから、都合よい奨学金制度です。
 一方、行政や自治体からすれば、日本国憲法の健康で文化的生活を保障する精神からいっても、社会的に必要な医療分野への人員確保は当然の政策です。大いに検討すべき政策です。

(2)では、これを防衛省がやったらどうなるでしょうか。
 日本は、あの戦争を引き起こして世界や近隣諸国に被害を及ぼしました。ですから、再び軍事産業や軍事はやらないことを誓ってポツダム宣言を受諾し、日本国憲法で第9条を決め、財政法でその裏付けとなる財政規律の順守を決めたのです。
 ところが、自衛隊という軍隊を造り、同時に、その幹部養成校として防衛大学校を造りました。平和憲法のもとで軍隊の幹部を養成する大学というのは明らかに異常です。
 そのうえ、医師と違って、自衛隊員にもましてや幹部になりたいわけでもない、ただ大学卒業資格を得るためだけの人もいます。実際、約60年前の私等の進学説明会でも、入学志願者確保のため、卒業して任官しない途もあることを説明していました。
 これは、防衛大は明らかに「幹部軍人を確保のための徴兵の一環」なんですね。 

(3)でも、問題は、幹部だけでなく、現場の一兵卒(士)と直接の指揮官(曹)です。
 前にガルブレイスが、社会はそれを支える底辺層がないと成り立たないといっている、ということを紹介しましたが、軍隊がまさにそうです。今の、ウクライナ戦争でも、幹部の指揮官はテレビに出て来るロシア人ですが、戦闘の最前線は、傭兵だったり、犯罪者だったり、ほとんど訓練されていない若年層だということがわかってきています。
 ちょっと前までは、災害が起こると自衛隊員が派遣された場面がテレビで報道され、「あってよかった自衛隊」という宣伝文句も聴きましたが、小泉内閣以降、実際に戦闘現場近くに派遣され危険が現実のものなりました。さらに、安倍内閣の戦争法以降、自衛隊も強化されて、岸田内閣で予算を急増させるなど「戦争国家」づくりが急激に進み、任務がきつくなりました。キケン・キツイの2Kです。そのために自衛隊の応募者が少なくなってきて、23年度は採用予定1万6000人の30%程度にとどまっているそうです。

(4)そうなると、現場の兵隊確保のための徴兵となりますが、すでにその話が始まっています。もちろん、いきなり全員を対象にはできません。ではどうするかというと、奨学金制度です。防衛大学生の一般学生・生徒版です。
 ちょっと前までは、国の教育費≒防衛費でしたが、岸田内閣はとうとう防衛費を教育費の2倍にまで増額しました。こんなことをしないで、奨学金や研究費のワクや増額をすれば、国内的にも国際的にも日本の平和的貢献をできる道がいくらもあるはずなのに、その道をふさいでおいて、軍事強化の不足人材を「奨学金を使って経済的に徴兵」して補おうとする。なんともヒドイ置き土産です。
 こんどの自民党の総裁候補者はどうかというと、全員が憲法改正を表明しています。つまり、合法的にこの方向でやることを表明しているわけです。
 日本は、ないはずの軍隊が世界有数の軍隊にまでなっている国です。ないはずの戦争も世界有数の戦争に・・・おっとっと。いや、私はないことを信じていますよ。でもね、アメリカが着いているんですよ。日本はアメリカベッタリだから、いやでもやらされる・・・ハメに。

    
       お庭でなかよし

【コレクション 75】
 きょうは、『大山郁夫著作集』です。
 前に『吉野作造著作集』を紹介しましたが、大山も大正・昭和期に政治運動・平和運動のリーダーとして活躍しました。
 私が知っていた大山像は、下の2点目に揚げた戦後の大山像ですが、このパンフの若き日の大山像はたいへん魅力的です。
    
      1912年(大正元)年 ミュンヘン留学当時の大山(パンフ)

 パンフは、B5判、6㌻です。B5判大3枚分の横長の用紙を三つ折りしてできています。
 1㌻ 上掲
 2~4㌻ 正田健一郎 編者のことば
      推薦文 中村 哲 大衆に直接訴える大山
          杉原四郎 大正期の思想的全体像の把握のために
      大山郁夫略年譜
      全7巻の構成と内容
 5㌻ *下に掲載 少し大きめにしましたから、読んでみてください。 
 なお、写真の下には、「1947年 亡命先のアメリカから帰国して早稲田大学に復帰、学生たちから熱烈な歓迎を受ける」とあります。 
 6㌻ 実物大装丁見本 
    刊行案内 A5判 平均480㌻ 定価4000~4500円 1987年10月より刊行

    

 本ブログNo.235で紹介した大塚金之助の『歌集 人民』(新評論 1979年5月 269~271㌻)には、「大山郁夫先生」と題して大山の帰国を詠んだ次の3編が載っています(行替えを改めました)。
 16年ぶりの 亡命者の 手をにぎる、 大山さんの手は 大きくてあたたかい。
 「牢獄の なかでも戦って きました」― と、 ひとりの労働者も 先生を迎える。
 国際反動勢力と たたかう気力は まだあるという 大山さんの身ぶるいに 私も手をにぎりしめる。
 
 長くなりました。きょうはここで。

  
    芝刈りや 陽ははや西に傾きぬ
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No.280 西南戦争警視隊戦記

2024-09-02 00:02:28 | 勝記日記
(1)きょう9月1日は関東大震災の起こった日でした。
 この日、神足勝記も鎌倉で被災して、二男の勝起氏と孫の勝浩氏ともども、間一髪、難を逃れました。そして、その後はこの日のことを忘れないために、毎年あえて握り飯を食べるなど、注意を喚起する日としています。今日いうところの防災の日としていたといってよいでしょう。そのことを神足は日記に書いています。この記述はのちの研究の参考になるものと考えて、『神足勝記日記』(J-FIC)の538㌻以下に全文を残しました。みなさんにも、この際にぜひまたお読みいただき、神足と思いを共有していただけるとよいと思います。

(2)関東大震災といえば、朝鮮人の虐殺のことがあります。
 上にあげた『神足日記』にも「暴鮮人襲来の説あり。復ひ山上に避けんとせしも、風説なるを知り中止す。」と出てきます。神足のような冷静な人でも、噂を聞いて「山上に〔難を〕避けんとせしも」というのですから、一般の不安は相当広がっていたことでしょう。その結果が虐殺事件です。これが事実です。

(3)ところが、このブログのNo.65で取り上げましたが、群馬県の山本一太知事は「公益に反する状況が続いている。一日も早く正さなければいけない」と言って、公園から「朝鮮人追悼碑」を撤去してしまいました。
 しかし、私の出身の群馬県藤岡市でも朝鮮人の虐殺事件がありました。
 これは、市内4丁目の交差点を東に100mほど入ったところに成道寺があり、向かいの墓地に入るとすぐ右手に大きな追悼碑があります。
 関東大震災の当時、成道寺の西脇に警察署があり、暴動を疑われた朝鮮人が、難を避けるために警察署に逃れたものを、市民が引き出して殺してしまったことを反省する追悼碑です。
 こういう事実があるにもかかわらず、一部の出来事があったことをもって「公益に反する状況」との口実にして碑を撤去したのはむしろ「公益に反する非友好的な行為」です。

(4)この点は、東京都知事小池百合子氏も同じです。
 今年も、史実を無視して、都としての追悼文を送りませんでした。ほんとうにツミ深い人を知事にしたものです。「追悼文を送る・送らない」は選挙の時に争点になっていませんでした。むしろ知事は、公務優先をいっていろいろな議論を逃げていましたから、追悼文の件でも都民から支持されたというわけではありません。
 小池さんは、過去に何か後ろめたいことがあるのでしょうね。ですから、過去をちっとも率直に語りません。
  小話:
 「歯石を取るには歯医者さんだね・・・。」
 「では、頭の石はどこへ?」
 「もう、ボチ~ッボチッ、考えて!」
 自分で意識しないと取れない、致命的な重石です。以て他山の石とすべし。

    
       雨の訪問者

【コレクション 74】
 きょうは、『西南戦争警視隊戦記』です。
 これは西南戦争に関しては知られた本ですが、長らく入手不能の稀覯本でした。私は、もちろん西南戦争を研究する者ではありませんが、この戦争で熊本市街が焼失したことによって、神足勝記が母・姉の安否・行方を気遣う場面が『日記』にでてきますので、より具体的に知るために注目しました。
 なお、本ブログのNo.3に相当する「勝記の母とその日記」、No.4に相当する「神足勘十郎と勝記の写真」も併せてごらんください。

     
 
 このパンフの写真や見出しの一文に違和感を覚えるという方もあるかもしれません。私もそうですが、気にしないことにしましょう。中身のすごさはこの通りです。
 このパンフの大きさはB5判、8㌻です。B5判4枚分の横長の用紙を二つ折りし、さらにもう一度二つ折りするとできます。
 1㌻ 上掲
 2~4㌻ 推薦文 中村彰彦 名著『西南戦争警視隊戦記』の復刻を喜ぶ
      刊行案内 B5判 650㌻ 定価1万8千円(予価1万6千円)
           平成28〔2016〕年11月 マツノ書店
 5㌻ 内容見本
 6~7㌻ 総目次 「本書の特徴」
 8㌻ 内容見本
 以上です。
 2つほど書いておきます。
 一つは、上に書いたブログの箇所にもありますが、神足は、西南戦争で熊本城で籠城戦死した神足勘十郎(血のつながりはありませんが、当時の家制度で叔父にあたる)を父とも思い、慕っていて、その死を克明に調べています。すでにその整理もできましたから、いずれ発表したいと考えています。
 もう一つは、No.86・87で取り上げた高橋寛司のことです。
 宮内公文書館で『進退録』を調べると、確かに高橋寛司も西南戦争の時期に一時期だけ宮内省に雇われていました。しかも、県令の推薦という形が取られています。それでは、なぜ高橋らがそうして宮内省に雇われたのかというと、これはまだ推測ですが、西南戦争のために、首都を警護していたで警視らが動員されて手薄になった宮内省周辺の警護のためだったのではないか、と思われます。
 きょうはここで。


  きょうの つかの間の西の空 
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No.279 奇兵隊日記

2024-09-01 00:24:22 | 文書・文献
(1)台風の動きが異常ですね。きょうのNHKサタデー・ウオッチ9では「常識が通じない」というような表現をしていました。これも異常気象が原因でしょうか。

(2)もう、日本全国が順に被災地となっています。地域の生活や地場産業・漁師が悲鳴を上げています。あちこちでPFASなどの汚染が判明しています。・・・防衛費が教育費の2倍に突出する一方、高額所得者はどんどん優雅になり、豪華リソート地やタワマンばかりでき、与党の政治家は裏金問題は知らんふり、地方にはエバル知事が居座る、・・・これでは、いつ戦前のような「強い力」で押し切られる事態になるかわかりません。

(3)日本も世界もすでに十分おかしい。そういう声も多い。なのに、まだその声が一つになっていません。バラバラです。
 「うまい汁を吸っている人」は今のままがよいというでしょう。
 同時に、映画「ゴッド・ファーザー」に出てきましたけど、「味方のフリして心配顔をするヤツがいます」。「ちょうちん持ち」です。「与党のちょうちん持ちをやっている政党」もありますけど、それにジャマされないようにして、「おかしいという1点で頑張れる人」、それが「本当の憂える人」と思います。
 挑発者は別にして、何宗・何党・何派でもよいです。
 アメリカでは、トランプ陣営の中から、トランプではアメリカの民主主義が守れないという声が起こってきました。一方、ハリスさんは、その共和党の中からも閣僚に任命する可能性を言いだしています。注目しています。

【コレクション 73】
 きのうのマツノ書店の紹介の中で、私が買った最初の本が『奇兵隊日記』だったということを書きました。手元にそのパンフがありますから、それを紹介することにしましょう。マツノさんのパンフは、肖像をしっかり載せていて貴重です。
    
        高杉晋作肖像

 大きさはB5判、8㌻です。B5判4枚分の横長の用紙を、最初に左右から4分の1ずつを折り込み、次に、それを二つ折りにするとできます。
 1㌻ 上掲
 これを広げると、2㌻・7㌻で、内容見本です。
 もう一度開くと、3㌻~6㌻です。ここには、原本写真、推薦文、略目次、装丁見本、刊行に際して、刊行案内などがあります。
 このうち、推薦者と刊行案内を上げておきます。
 推薦者 宮地正人 東京大学史料編纂所教授 ”決定版”の刊行をよろこぶ
     井上勝生 北海道大学文学部教授 奇兵隊研究のあたらしい動向を期待する
     梅渓 昇 大阪大学名誉教授 明治維新史の本質理解に不可欠なカギ
                    完全復刻「定本 奇兵隊日記』成る
 刊行案内 A5判 2400㌻ 8万円(予価7万円) 平成10〔1998〕年
8㌻ 「原本」の構成および「定本」との対照
   *これについては、下に載せたハガキをお読みください。
    

 奇兵隊の隊員がまとめた原本には、実務面からみて欠陥があったようです。   
 以上です。
  
 我が家の庭には、雨ふりを待っているものどもがいます。一つ紹介しましょう。
     
       キノコ
 
 きょうの西の空です。
    
      ほんのつかの間のかがやきでした

 きょうはここで。

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