森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

日記:母の死を経て

2010年08月22日 08時10分28秒 | 日記
木曜日に高知から熊本に入り、母親の三回忌を終えました。
母の死から2年。
それよりも2年の闘病時代の印象が強い、
病で倒れ、リハビリテーションの名のものきれいごとが並べられる事実に、
腹を立てた自分がいました。
それがあったからこそ、今があるのだと思います。


患者の家族の気持ちにセラピストがなりえることはできない。
杓子定規に一般論を並べても、
その家族がどのような生き方をしてきたか、来歴も情報として入れ、
コミュニケーションを変え、どのようなサービスがベターなのか、
という視点を常に持ち、
いわゆる脳卒中の一般論にあてはめない、
という思いがセラピストには絶対的にかけていると思いました。

私らしさの取り戻しの旅は、患者だけでなく、その家族にもいえるのです。

そんな思いから、「脳を学ぶ(2)」の出版を試みたのです。

沖縄の「オジイ」や「オバア」の私らしさとは、
沖縄人の私らしさとは・・
単にあれは写真と活字のドッキング本ではないのです。

個人を知る。
もっとも大切な脳コミュニケーションです。
しかし、知ったって、応用(行動)できないと意味はありません。
結局は介入が、いわゆる脳卒中に対する杓子定規では。
やはり人生経験の豊富さが必要なのでしょう。
勉強よりも人と会話し、その人の思い、志に触れる、そんなこともし続けないと、
絶対的な奥行きには達せません。
その時、はじめてセラピストでいる自分が自然の成り行きなんだと感じるはず。

今の自分は偶然の産物。
人や自然に生かされている。

自然、人への畏敬の念が生まれれば、患者さん、患者さんの家族に対する視点も変わってくるはず。
その患者さんの家族と出合ったのも偶然であり、その選択が重なることで偶然が生まれたり、
創発現象が生まれたりするのです。



金曜日に三回忌を終え、陸路を経て奈良に帰りつきました。
昨日今日と大学のオープンキャンパスです。