日曜はユマニテク医療専門学校同窓会で講演。
主に3つのパートで進めた。
150名ほどの聴衆者のそれぞれに近接領域があるが、
注意の持続時間である20分間をめどに、
意識の操作を行った。
それを意識していたせいか、5分ほどオーバーして終わってしまった。
時間配分の調整が、
他の意識によって修飾され、
少々、エラーが生じた。
プロとして反省すべきである。
目が輝く人たちもいたようだ。
少し相互作用にうれしさを感じ、
やはり、「快」という感覚が人間を作ると思った。
同窓会長の森本先生の人柄に感謝。
昨今、作られた研修会が多い中、
自分の言葉で伝えようと努力がみられた。
社交辞令が多いなか、その素直さを感じ、
20歳半ばの自分を省みた。
現在は人前で話すことの苦手さを克服した自分に出会えている。
懇親会に参加し、熱い思いで研究をしようと思っている人たちに出あった。
どう具現し、世の中のパラダイムに貢献できるか、勝負である。
しかしながら、学校運営が大変な世の中になっている。
どこも苦労している。
どうなることやら・・・10年後の自分はまだ見えない。
しかし、その不安要素が自分を強くする。
帰りは院生の藤田君に送ってもらい、
今年度最初の講演スケジュールが終了した。
12月までの週末塞がり。
なんとかなるか。
月曜日はいつもの時間に戻り、
授業準備、院生の研究指導、院生の論文の手直し、などなどをして、
会議3連発。
教育改革、学術振興、などなどの委員会をはしごして、意見を述べ、
ブレインストーミングとなるように(願)。
本日は、客人を向かえ、
そして、学生にロングメールをうち、授業3連発。
休みというのに、大学は授業なのだ。
火曜日の授業日が少ないために本日は授業。
GWスタートというが、仕事をすると、
そんな風の意識はなくなる。
この代休が5月1日だが、
その日は福岡に実習地訪問なのだ。
授業をしながら、自分はつくづく、
ノートを作らない人だと思い、
どうもその時々から生まれることば(突然生まれる;創発的な)を楽しんでいるんだと思った。
時に支離滅裂になるが、それも自分。
それに出会える(出会う)ことがとても楽しい。
あまり、バランスを意識していないのかな。
揺らぎを大切にしている、だから、毎回、こころの準備(シミュレーション)しないといけない。
ライブ前の緊張感といったところか。
だから、1回生などの高校上がりの者は、
何を言っているのか、さっぱりなのかもしれない。
3回生となると、よく聴いてくれている
今日は、USNの注意障害説、表象障害説、病態否認説、を述べ、
それに基づく(その理論を背景とした)治療介入を説明した。
所詮、仮説にすぎない。
すべての治療介入を批判的吟味する。
プリズムだろうが、cueingだろうか、麻痺肢運動だろうが、認知運動療法だろうが、
さまざまな角度から、追求すれば、すべて批判的吟味できる。
どこかには、そうとはいえない科学的成果があるし、
それを自己の解釈学に落とし込んでみると、
これは説明できるが、これは説明できないと、わかる。
それが仮説となり、実証作業がはじまる。
誰が言おうが、アメリカだろうが、イタリアだろうが、イギリスだろうが、
そんなことは関係ない。
他者脳(科学論文)と自己脳(自己の記憶;経験に基づく解釈)とコラボさせながら、
それに吟味を加える。
誰かが言っているだの、イタリアではだの、この世の中は責任転嫁が蔓延している。
自己脳で他者脳に根拠立てて説明する。
それを忘れてしまえば、科学的根拠に基づく治療ではない。
カール・ポパーも泣いてしまう。
そんなことを、USNの講義をしながら、
そして、その後の院生の認知神経科学学会の抄録をみながら思った。
富永先生との議論もその病態に対してであり、
授業3コマの疲労で脳の回転は遅かったが、
いろんな議論・仮説が浮かび、
説明できるもの、そして、その限界についてお互いに話せた。
ついでに、研究会の査読関係の仕事を手伝ってもらった。
感謝します。
22時に帰り、遅い食事をとった。
この不規則な食事が、自らをメタボに進める。
また、毎週の講演の懇親会による暴飲暴食が、
肝臓、腎臓を痛めつけているようだ。
検査値が少し変わりつつある。
そろそろ、調整しよう。
少し休憩し、先ほど、科研費の20年度の補助金交付申請書を書き終えた。
本年度も国から補助していただき、きちんと研究して、
成果を出し、公表し、社会貢献していかねばならない。
それが研究者の仕事である。
明日は、松下電工からお客様を迎え、間髪いれずに授業をして、
そして、電車に飛び乗り、実習地訪問に向かう。
高知の城下が呼んでいる。
主に3つのパートで進めた。
150名ほどの聴衆者のそれぞれに近接領域があるが、
注意の持続時間である20分間をめどに、
意識の操作を行った。
それを意識していたせいか、5分ほどオーバーして終わってしまった。
時間配分の調整が、
他の意識によって修飾され、
少々、エラーが生じた。
プロとして反省すべきである。
目が輝く人たちもいたようだ。
少し相互作用にうれしさを感じ、
やはり、「快」という感覚が人間を作ると思った。
同窓会長の森本先生の人柄に感謝。
昨今、作られた研修会が多い中、
自分の言葉で伝えようと努力がみられた。
社交辞令が多いなか、その素直さを感じ、
20歳半ばの自分を省みた。
現在は人前で話すことの苦手さを克服した自分に出会えている。
懇親会に参加し、熱い思いで研究をしようと思っている人たちに出あった。
どう具現し、世の中のパラダイムに貢献できるか、勝負である。
しかしながら、学校運営が大変な世の中になっている。
どこも苦労している。
どうなることやら・・・10年後の自分はまだ見えない。
しかし、その不安要素が自分を強くする。
帰りは院生の藤田君に送ってもらい、
今年度最初の講演スケジュールが終了した。
12月までの週末塞がり。
なんとかなるか。
月曜日はいつもの時間に戻り、
授業準備、院生の研究指導、院生の論文の手直し、などなどをして、
会議3連発。
教育改革、学術振興、などなどの委員会をはしごして、意見を述べ、
ブレインストーミングとなるように(願)。
本日は、客人を向かえ、
そして、学生にロングメールをうち、授業3連発。
休みというのに、大学は授業なのだ。
火曜日の授業日が少ないために本日は授業。
GWスタートというが、仕事をすると、
そんな風の意識はなくなる。
この代休が5月1日だが、
その日は福岡に実習地訪問なのだ。
授業をしながら、自分はつくづく、
ノートを作らない人だと思い、
どうもその時々から生まれることば(突然生まれる;創発的な)を楽しんでいるんだと思った。
時に支離滅裂になるが、それも自分。
それに出会える(出会う)ことがとても楽しい。
あまり、バランスを意識していないのかな。
揺らぎを大切にしている、だから、毎回、こころの準備(シミュレーション)しないといけない。
ライブ前の緊張感といったところか。
だから、1回生などの高校上がりの者は、
何を言っているのか、さっぱりなのかもしれない。
3回生となると、よく聴いてくれている
今日は、USNの注意障害説、表象障害説、病態否認説、を述べ、
それに基づく(その理論を背景とした)治療介入を説明した。
所詮、仮説にすぎない。
すべての治療介入を批判的吟味する。
プリズムだろうが、cueingだろうか、麻痺肢運動だろうが、認知運動療法だろうが、
さまざまな角度から、追求すれば、すべて批判的吟味できる。
どこかには、そうとはいえない科学的成果があるし、
それを自己の解釈学に落とし込んでみると、
これは説明できるが、これは説明できないと、わかる。
それが仮説となり、実証作業がはじまる。
誰が言おうが、アメリカだろうが、イタリアだろうが、イギリスだろうが、
そんなことは関係ない。
他者脳(科学論文)と自己脳(自己の記憶;経験に基づく解釈)とコラボさせながら、
それに吟味を加える。
誰かが言っているだの、イタリアではだの、この世の中は責任転嫁が蔓延している。
自己脳で他者脳に根拠立てて説明する。
それを忘れてしまえば、科学的根拠に基づく治療ではない。
カール・ポパーも泣いてしまう。
そんなことを、USNの講義をしながら、
そして、その後の院生の認知神経科学学会の抄録をみながら思った。
富永先生との議論もその病態に対してであり、
授業3コマの疲労で脳の回転は遅かったが、
いろんな議論・仮説が浮かび、
説明できるもの、そして、その限界についてお互いに話せた。
ついでに、研究会の査読関係の仕事を手伝ってもらった。
感謝します。
22時に帰り、遅い食事をとった。
この不規則な食事が、自らをメタボに進める。
また、毎週の講演の懇親会による暴飲暴食が、
肝臓、腎臓を痛めつけているようだ。
検査値が少し変わりつつある。
そろそろ、調整しよう。
少し休憩し、先ほど、科研費の20年度の補助金交付申請書を書き終えた。
本年度も国から補助していただき、きちんと研究して、
成果を出し、公表し、社会貢献していかねばならない。
それが研究者の仕事である。
明日は、松下電工からお客様を迎え、間髪いれずに授業をして、
そして、電車に飛び乗り、実習地訪問に向かう。
高知の城下が呼んでいる。