タカ長の山ときどきタカ見

「タカ長のタカの渡り観察」の別室です。八十路の坂を登りながら更新してゆくつもりです。

わが子に恥じないように

2022-03-20 07:41:23 | 長女のこと
タカ長など死んで三日もすれば忘れられてしまうでしょうが、この子は違うようです。

あれから4ヶ月が過ぎましたが、今でもタカ長たちに新しい景色を見せてくれています。

    

先日は町内の人から胡蝶蘭が届きました。

訃報に接したときはショックで何もできなくて、、、、、

最近気持ちも落ち着いて、花屋さんの前を歩いていたら、この花が長女の笑顔のように見えて送らせてもらいました。と言うようなコメントを頂きました。

    

東京に住む次女が毎年手配してくれる熊本の塩トマトですが、事情を知った生産者のAさんが長女のために「特選のひと箱」を送って下さりました。Aさんは次女の同僚の実家で、その縁で次女は毎年手配してくれています。

長女の葬儀で面識を得た友だちを通じて、東京の人から供物が届きました。その人と長女がどのようなつきあいをしていたのか知る由もありませんが、長女の人脈の広さにあらためて驚いています。

    

団地から見る鈴が峰です。長女はこのような風景を見ながらバス通勤していました。

いちいち口には出しませんが、何かにつけて長女のことを思い出しています。その時に見るのは、タカ長が先に死んでいたら絶対に知ることのなかった景色です。

子どものことを公然と自慢するのは親バカの極みですが、でも、この子はすごい子だったと思います。

その子を産んで育てたのはタカ長たちですが、そのような子に成長してくれたことに感謝しています。

思い返してみれば、この子の最期から通夜、葬儀、その間ずっと「有難うね」と言う言葉だけ連発していました。

そして今思うことは、この子に恥じないように生きること。

残り時間が少なくなったタカ長の人生ですが、その折に触れて、この子に恥じないように生きようと自戒しています。

shihoちゃん、そのような子に成長してくれて有難う。

    

午後、菩提寺でこの一年間に亡くなられた人の追善法要が行われました。もちろん、タカカノと参列。

久しぶりに長女のことを書く気になったのは、今日が追善法要の日だったからです。

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百日法要

2022-02-20 14:48:34 | 長女のこと
    

あれから百日たちました。この月は月命日の法要を止め、今日、百日法要を済ませました。

長女とは毎日話をしているので、ことさらどうこう言うことはありませんが、一つ一つの儀式みたいなものは行ってゆきたいと考えています。

    

あれから色々な人の話を聞くにつけ、コロナ禍の中でも看取ることが出来た幸せ、そしてあの子にふさわしい葬儀が出来た喜びを感じています。

コロナの名の下に、非人道的とも言えことがまかり通っている医療の現場を見聞きするにつけ、そのことを強く感じます。

緩和ケア病棟に入院してから葬儀を終わるまで、私たちはコロナ禍の外にいる感じでした。そのことにどれだけ救われているか、言葉には言えません。

コロナを煽っている人は猛省して頂きたいと考えています。

    

そう言えば、ハワイから帰省している人はどうされているのかなぁ?

長女の遺骨をマウナケアの山頂に埋めて下さるようだけど、もう終わったのかなぁ?

    

それより何より、そろそろ納骨のことを考えないといけないのですが、この寒い時期に納骨すると長女が寒い思いをするのではないかと、、、、、

そのようなバカなことを考えて、具体的な準備をしていません。

バカな親父だとは思いますが、もう少し遺骨を手元に置いておきたいのです。


    
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育てたように子は育つ~4 スーホの白い馬

2022-01-28 09:30:00 | 長女のこと
今日からわが家のパソコン3台を入院させます。新しく買ったパソコンを自分用にカスタマイズしてもらうのが一番の目的です。

何かあったらパソコンのお兄さん、だからタカ長のパソコン技能は向上しないのです。

そのため4~5日分予約投稿をします。ネタ不足のため、またまた長女のことを書くようですが、ご容赦ください。

最初の話題です。

    

昨年のことですが、競馬G1のレースで白い馬(ソダシ)が走っているのを見て、子どもに読み聞かせていた絵本、「スーホの白い馬」を思い出しました。

と言ってもそのストーリーを記憶しているわけではありません。子どもたちと絵本や普通の本を見ながら遊んだことを思い出しているのです。

    

今もって分からないのがこの「おおきなかぶ」です。
ストーリーは簡単ですが、その絵本に異常なほど(?)興味を見せました。そのわけがそれが分からないのです。

人気の絵本なのでタカ長と同じ経験をされた人は多いと思いますが、皆さんはどのような感想をお持ちでしょうか?

    

絵本だけでなく色々な本を子どもたちと一緒に見るようにしていました。

長女が興味を持ったのが「中国地方の美」というような図鑑のような本。書名に記憶違いがあるかも分かりませんが、○○地方という題で全国を網羅した全集モノでした。

大人用のチョットだけ豪華な(?)な本でしたが、長女からその本を取り上げることはしませんでした。そのかわり、全集すべてを汚されたらいけないので「中国地方の美」だけを与え、それを見るように指導したわけです。

そこにある神楽面に興味を持ったようです。出雲神楽に出るクシナダヒメの面はお気に入りで何度も何度も見ていたことを記憶しています。

ネットであの面を探しましたが見つかりません。最近の神楽面は少しはでになっているのでしょうか。気に入ったのが無いのでイラストを入れました。

    

大学の卒論テーマに西洋美術を選び、そのために長期間のヨーロッパ旅行をしたことと、そのような幼児体験が結びつくのかどうかタカ長には分かりませんが、子どもから本を取り上げるようなことをしなかったのは我ながら上出来だったと思っています。

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子どもを看取る

2022-01-26 07:28:22 | 長女のこと
わが子を看取ると言うことは、一人の人のスタート・ゴール地点をこの目で見ることを意味します。

出産時間が予定時間より遅れて病院のまわりをウロウロした後の初対面。そして最後の荒い呼吸、その二つを見ることです。その間に無数の思い出があります。

    
     タカカノの親友の結婚式の日、長女を連れて行った時の写真です。

世の中にはそのような経験が出来ない親がたくさんおられます。長期出張中の出産、突減の事故死などなど事情は様々ですが、すべての父親がその二つを見ることはありません。

おまけに今はコロナ禍の真っ最中、そのような状況の下で最後の時間を共有できたことは幸せだったと思います。

    
どこの山だったのか思い出せません。山には何度も連れて行きましたが、成人した長女はシティーガールになりました。

その間の長女の人生。成人してからの長女の人生はタカ長たちとは別世界のことですが、それまでは深くかかわっていました。

仕事などの都合で子どもと向き合う時間が取れないお父さんも多いとおもいますが、
タカ長はわが子と正面から向き合って育てることが出来ました。

    
    このころ拙宅のまわりには田んぼがあり、レンゲ摘みも出来ました。

亡くなったいま思うのは、ミクロで見ると失敗はあっても、マクロで見ると思い通りの子育てが出来たと言う実感があります。

その子どもを失うことは悲しいことですが、そのような実感を持たせてくれた長女に感謝しています。

Shihoちゃん、生まれて来てくれて有難う。


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育てたように子は育つ~3

2022-01-16 08:03:50 | 長女のこと
昨日は頑張りました。地元の社会福祉協議会から依頼されていた原稿を仕上げ、広報紙づくりに目鼻をつけ、ボランティア活動にも参加し、、、

とにかく充実した一日でした。あの子が生きたかっただろう今日と言う日だからこそ精一杯生きよう、、、、

そのことが一番の供養になると言うのがタカ長のモチベーションになっています。

その長女の話題です。

独りで山を歩いているときはついつい長女と話しています。その時の長女は子どもの頃の長女です。

決められたことは守るように躾けた具体例を思い出しました。タカ長の発案ではなく先輩から教えられたことです。

    

その先輩は「子どもと遊園地に行った時は、今日は何個の遊具に乗る」と約束し、実行していました。

なかなかいいアイデアだと思いタカ長たちも採用したのですが、いざ実行となると簡単ではないことを思い知ることになりました。

遊ぶ遊具の数を約束させられた子どもは、気に入ったものを選ぶため遊園地全体を見て回ると言い出しました。もっともなことです。

    

例えばその日三つと約束したとします。AとBの二つは決まって、あとのCかDが決められなかった場合はもう一度CとDを見に行きます。親としては当然一緒に歩き回ることになります。

そこがデパートの屋上のような狭いところなら問題ありませんが、たとえば「よみうりランド」のような広い遊園地だと大変な思いをすることになります。そこで、、、、、

今日は疲れたから、とか、、、、ボーナスをもらった後なので、、、、、

と言うような理由で最初の約束を反故にする様なことをしたら親の負け、それでは子どもの躾けは出来ないと考えていました。

この例のように、子どもを躾けることは親と子の戦争みたいなものだと思っていました。体力や情に負けてはダメ、本当に親と子の真剣勝負だと思って取り組んでいました。

    

デパートなどで何かを買ってくれないと泣いたときもダメなものはダメ、「そこで泣いていなさい」と言ってさっさとその場を離れました。

もちろん、完全に放置できません。物陰に隠れて子どもを見守っていたことは言うまでもないことです。

    

子どももバカではありません。この親がダメだと言ったらダメ、そのことが分かったら泣いたり喚いたりするような無駄な努力はしないものです。そこで親が負けて、子どもに成功体験をさせるからおかしなことになるのだと思っています。

人さまの子ども躾け方は分かりませんし、タカ長がコメントすることでもありません。いま思うのは、万事にてきと~なタカ長夫婦が、こと子どもの躾けに関しては一糸乱れぬ感じで取り組んでいたことが不思議でならないと言うことです。

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