短歌・俳句という短い詩型は、海外の人には珍しく受け取られるらしい。何故そのような詩型が生まれたかは、いろいろ説明されているが、主語がない言語とまでいわれる日本語に、その鍵があるようだ。主観と客観を明確に意識しない言語であることが素因ということか?主語を曖昧化できる言語であるからこそ、短歌・俳句という詩は生まれた?・・・もう一つの要因は、埒の内に囲われていないと、発想を気ままに楽しめない民族的気質。 . . . 本文を読む
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