私がふた昔前まで好んで通っていた「南アルプス深南部」は、標高は2000m台ながら、密度の濃いスズタケの藪の中を獣道が縦横に走り、黒木(針葉樹)の原生林に苔むした倒木が横たわる、動植物相豊かな山域だった。
生成の事情に由るのだろうか?面白いことに、標高2000mの山稜直下に、かなり広い平原がある。頂と平が交互する稜線が連なるのである。
この山域への理解を深めることに熱中し、丈なすスズタケの藪を漕ぎ、時には闇夜に光る獣の眼に怯えながら、林道を歩いてビバークを繰り返した。
200万年ほど前から隆起し、今も成長し続けている列島で最も若い海成の山岳の、真っ更とも言える大地を覆う植物と、其処に棲む多様な動物の領域で、満天の星の下、沢の瀬音を子守唄に結ぶ一夜の夢は、日常生活では得られない安息をもたらしてくれた。
人間は行動がままならない闇の中に身を置くと、聴覚が研ぎ澄まされ、微かな物音でも聴き漏らさなくなる。山中での夜はしじまでなく、無数の音や声がさざめく異次元の空間だった。
数100m下の谷底からの瀬音、風に鳴る梢と枝葉が揺れる音、幹が擦れ合う響き、オス鹿のメス鹿を呼ぶ声、名も知らぬ鳥の啼声、蹄のある動物の密やかな足音と鼻息など・・・
山での野営は、膨大な野生と微小の文明が、薄いテントの布一枚を隔て接することである。いつなんどき就寝中に大自然に呑み込まれるかわからない、寄る辺ない宿りだった。山友と酒を酌み交わし、時の流れの中で諸々のことを語り合った。
翌朝、テントの周りに印された無数の蹄の跡に、夜中に聴いた動物たちの立てる音が、夢でなかったことを確かめた。
ビバークサイトは、アプローチの「戸中林道」(戸中川)や「白倉林道」(白倉川)であったり、「ロクロ場峠直下」、「黒法師岳」登高尾根の登り口や、「不動岳直下」の「鹿の平」、「バラ谷山頂部」とその直下の「黒バラ平」、「京丸山直下」のバイケイソウの原の中、時には「黒沢山の肩」に該る残雪の斜面だったこともある。「池口岳」への登路脇のテント場では、水場まで標高差200mぐらいを往復しなければならなかった。
落葉広葉樹に針葉樹が混じる林の中の林床のスズタケは、疎で低く水場も近い。スズタケが低いのは、それを食餌している鹿が多数集まるからである。夜には遠く大井川中流域の町のあかりがチラチラ見えていた。
黒バラ平の全景
黒法師岳(2068m)から見た黒バラ平(その先バラ谷山2000m)
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