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シンラプトル・ヘピンゲンシス(ヤンチュアノサウルス・ヘピンゲンシス)



 2005年の「ジュラ紀大恐竜展」で「ヤンチュアノサウルス」が来日したのは記憶に新しい。あのときの図録には、「この恐竜は現在、シンラプトルという意見もあります」という説明が付されている。しかしこれでは、最初に何をもってヤンチュアノサウルスと同定され、それがなぜ後にシンラプトルとされることになったのか、全くわからない。2007、2008年の「恐竜大陸」でも登場したが、日本ではヤンチュアノサウルスのまま紹介されている。
 この恐竜は1992年に自貢恐竜博物館のGaoによってヤンチュアノサウルスの新種、Yangchuanosaurus hepingensisとして記載された。その後、1993(1994)年にCurrie and Zhaoのシンラプトル・ドンギの記載論文の中で、シンラプトル属の第2の種であろうと示唆された。ただしCurrie and Zhaoは実際の標本を観察して正式に記載したわけではないので、いまのところ"Yangchuanosaurus" hepingensisとしておくのが妥当な気もする。ところがThe Dinosauria 2nd.ed. やWikipedia(英語版)でもCurrie and Zhaoの意見を採用してすっかりSinraptor hepingensis になっている。欧米の多くの研究者にはそのように認識されていることになる。Wikipediaではフロリダ州マイアミに展示されたこの恐竜のキャストの写真があるが、Sinraptor hepingensisとあるから、アメリカではシンラプトルとして展示されたということだろうか。


 自貢恐竜博物館の模式標本ZDM 0024は、完全な頭骨、9個の頸椎、14個の胴椎、5個の仙椎、35個の尾椎が関節状態で保存されている。また肩帯、腰帯もほとんど完全に保存されているが、四肢はほとんど見つかっていない。

 体は大きく全長8mに達する。頭骨はがっしりしており、顔の部分は長く丈が低い。第1前眼窩窓(=前眼窩窓)は大きく前後に長く、二等辺三角形をなす。第2前眼窩窓(=Maxillary fenestra)は小さく四角形である。その他に上顎骨にはMaxillary depressionという窪みがあり、これは長い楕円形である。頭頂骨の後方突起がよく発達している。上後頭骨は幅が狭く、正中の稜がよく発達している。涙骨は傾斜している。歯骨は厚く頑丈で、比較的丈が高い。歯は比較的小さく、前上顎骨と上顎骨の歯は薄い。前上顎骨歯は4本、上顎骨歯は13本、歯骨歯は16本ある。
 9個の頸椎は後凹型で、後方の頸椎には腹側の稜がある。14個の胴椎は、比較的短い両扁平型の椎体と、丈の高い板状の神経棘をもつ。5個の仙椎は互いに癒合している。尾椎は両凹型で、中央と後方の尾椎には長い前関節突起がある。腸骨は丈が高く前方突起が腹側に曲がっている。恥骨のpubic footは短く幅広い。座骨の遠位端は拡がっている。

 Gao (1992)によると、この標本は以下のような多くのヤンチュアノサウルスの特徴を示すという。頭骨は頑丈で、長さと高さの比率が中程度であり、6対の開口部をもつ。外鼻孔は卵形である。下側頭窓は中くらいの大きさで、その最も前後に長い部分は腹側中央にある(下ぶくれの形)。上顎骨には窪み(Maxillary depression)がある。頭頂骨にはよく発達した後方突起がある。前頭骨と頭頂骨が癒合している。下顎窓は大きい。前上顎骨歯は4本で、上顎骨歯は15本を超えない。頸椎は後凹型で、胴椎は両扁平型である。胴椎の神経棘は長方形で丈が高い。5個の仙椎は互いに癒合している。尾椎は両凹型で、前方の尾椎の神経棘は丈が高い。腰帯は頑丈で、pubic footは中程度に発達している。これらの特徴から、ヤンチュアノサウルスに属するとしている。
 しかし、この標本にはそれまでに発見されていたヤンチュアノサウルスとは異なる点も多くみられた。例えば、この“ヤンチュアノサウルス”・ヘピンゲンシスとヤンチュアノサウルス・シャンヨウエンシスが異なる点は、以下のようである。仙前椎(頸椎+胴椎)の長さに対する頭骨の長さの比率が、ヘピンゲンシスでは41%であるが、シャンヨウエンシスでは31%である。第1前眼窩窓は、ヘピンゲンシスでは前後に長い二等辺三角形であるが、シャンヨウエンシスでは正三角形である。第2前眼窩窓は、ヘピンゲンシスでは長方形であるが、シャンヨウエンシスでは三角形である。歯はヘピンゲンシスでは比較的小さく扁平であるが、シャンヨウエンシスでは比較的大きく太い。歯骨はヘピンゲンシスでは比較的丈が高いが、シャンヨウエンシスでは丈が低い。胴椎はヘピンゲンシスでは14個で椎体が短いが、シャンヨウエンシスでは13個で椎体が比較的長い、などである。またヤンチュアノサウルス・マグヌスとも比較している。これらの特徴から、ヤンチュアノサウルス属の新種、ヤンチュアノサウルス・ヘピンゲンシスとされた。


 Currie and Zhao (1993)は3種のヤンチュアノサウルスのうち、ヘピンゲンシスをシンラプトルに属するとした。シンラプトルはヤンチュアノサウルスと比較して頭骨がより長く、丈が低いこと、下側頭窓が大きいこと、後眼窩骨の側頭窓間突起が鱗状骨に覆われていること、後眼窩骨の粗面が発達して涙骨と後眼窩骨の間がほとんど閉じていること、などで区別できるとしている。

参考文献
Gao, Y. (1992) Yangchuanosaurus hepingensis - a new species of carnosaur from Zigong, Sichuan. Vertebrata PalAsiatica 30: 313-324.

(Translation of Gao (1992) was by J. Jin and obtained courtesy of the Polyglot Paleontologist website (http://www.paleoglot.org).)

Currie, P. J., and X.-J. Zhao. (1993) A new carnosaur (Dinosauria, Theropoda) from the Jurassic of Xinjiang, Peopleユs Republic of China. Canadian Journal of Earth Sciences 30: 2037-2081.

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シンラプトル1

 シンラプトル・ドンギは1987年に中国・新彊ウイグル自治区のジュラ紀後期の地層から発見され、1993年に記載された。また1992年にヤンチュアノサウルスの新種として報告されたヤンチュアノサウルス・ヘピンゲンシスは、2005年の「ジュラ紀恐竜展」(パシフィコ横浜)で来日したが、現在はシンラプトル属の新種シンラプトル・ヘピンゲンシスと考えられている。(シンラプトル2参照)
 シンラプトルがヤンチュアノサウルスと異なる点は、頭骨がより長く丈が低いこと、下側頭窓が大きいこと、後眼窩骨の表面がごつごつしていて涙骨との隙間が狭まっていることなどである。眼の前方の隆起は低めであまり目立たない。アロサウルスなどと異なり、下顎の上角骨の前方部が細い。
 シンラプトルもなぜか好きな恐竜の一つである。あまり特殊化せず、カルノサウルス類の基本形のようなシンプルなところがいい。アロサウルスのような特徴的な角もとさかもなく、特にほっそりもがっしりもせず中くらいの体型の肉食恐竜である。私は福井県立恐竜博物館で全身骨格を見たが、写真撮影は禁止であった。2002年の「世界最大の恐竜博」ではレリーフ状の化石が公開された。2005年の「ジュラ紀恐竜展」では前述のようにヤンチュアノサウルス・ヘピンゲンシスとして紹介された。(まだ意見が分かれているということだろう。)こちらは四川省自貢で発見されたものである。
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ヤンチュアノサウルス1

 ヤンチュアノサウルスはジュラ紀後期の中国四川省に生息したカルノサウルス類で、シンラプトルと共にシンラプトル科に属する。ヤンチュアノサウルス属には2種が知られており、中国科学院の董枝明らによって1978年にヤンチュアノサウルス・シャンヨウエンシスが、1983年にヤンチュアノサウルス・マグヌスが記載された。ヤンチュアノサウルス・シャンヨウエンシスは保存のよい全身骨格であるが、前肢、足(後肢のうち中足骨と趾骨)、尾椎の先端部は見つかっていない。ヤンチュアノサウルス・マグヌスは頭骨のうち吻部と下顎、脊椎骨、骨盤、大腿骨が発見されている。
 全体の体型はアロサウルスに似ており、また頭部ではアロサウルスに似て眼の上から鼻筋の両脇にかけて隆起がある。また胴椎の神経突起がやや長くなっている。
 私は1981年の「中国の恐竜展」(国立科学博物館)でシャンヨウエンシスの頭骨を見ているはずだが、子供だったのでさすがに覚えていない。次に見た記憶は1996年の「シルクロードの恐竜展」(巡回展で確か府中でみた)で、マグヌスの復元全身骨格が展示された。このときは、頸、胴、尾とも妙に長いなあということと、前肢が細く華奢な感じだったことを覚えている。最近では2004年の「驚異の大恐竜博」で再びマグヌスの全身骨格が公開された。今度は頸がやや短くなったような気がしたが、ポーズのせいかもしれない。マグヌスの顔は眼窩や前眼窩窓が埋まった感じの、心もとない印象の復元で、おそらく保存が悪かったのだろうと思っていたが、それもそのはずである。マグヌスの頭骨は前上顎骨、上顎骨、鼻骨の一部、頬骨くらいで、頭骨の上部や後半部は発見されていない。シャンヨウエンシスを参考にして不足部分を復元したと思われる。また、前肢はいずれの種でも見つかっておらず、推定だったのである。グレゴリー・ポールの「恐竜骨格図集」の図も推定を含んでいるということである。
 シャンヨウエンシスの方が保存がよいのに、なぜシャンヨウエンシスの全身復元を見せてくれないのだろう。日本でシャンヨウエンシスの全身骨格を見たことはなく、中国にはあるのかどうか私は知らない。シャンヨウエンシスの標本は亜成体ともいわれ、推定全長8mであるが、マグヌスは推定全長10mである。大型の方をアピールしたかったのだろうか。体の各部の比率を正確に知るには、やはりシャンヨウエンシスの全身骨格が見たい。
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