goo

ティラノサウルスの変異と成長系列



グレゴリー・ポールの3種説はトーマス・カーに一蹴されたようだ。トーマス・カーに却下されてしまうと、なかなか認められないだろう。
 ティラノサウルスのように多数の標本があり、すでに徹底的に研究され、個体変異があることも認識されている種類について、新しい分類を提案することは容易ではないことは、十分想像がつく。ノミ状の歯骨歯が1個か2個かというのも、ティラノサウルスの個体変異として昔から有名なものであるようだ。
 ティラノサウルスの標本には大腿骨など1つや2つの形質ではなく、非常に多数の変異があり、それら全部について解析するとCarr (2020) のようになるはずだということだろう。

Carr (2020) はティラノサウルスの成長過程に関する集大成のような論文で、その内容は膨大で多岐にわたり、また難解でもあるので、解説する立場にはない。概要としてはティラノサウルスの多数の標本について、年齢、サイズ、形態(成熟度)を含めて分岐分析したもので、ティラノサウルスの成長過程はこう考えられるとまとめたものである。長年のナノティラヌス問題についても、決定版として提示した形である。


Copyright 2020 Carr TD

1,850 もの形質を用いて44 個の標本を解析した結果、ワイルドカード(どこにでも当てはまる)の標本が13個あることがわかった。そこでこの13個を除いて31 の標本について解析すると、1つの最節約的な分岐図(この場合オントグラムという)が得られた。このオントグラムは21の成長段階からなり、それらは小さい幼体、大きい幼体、亜成体、若い成体、成体、老齢の成体の6つのカテゴリーに区分された。
 成熟した成体の中でも、スーFMNH PR2081は独自の形質の変化を多数持っており、成長系列の最後に位置する21番目の成長段階と考えられる。一方、スーとほぼ同じくらい大きく体重ではより大きいスコッティRSM 2523.8は、成体の中では最も成熟度が低い(若々しい?)形質を示すという。
 最初のナノティラヌスCMNH 7541は小さい幼体(成長段階4)、ジェーンBMRP 2002.4.1は大きい幼体(成長段階5)となっている。この分岐図を見る限り、ナノティラヌスCMNH 7541とジェーンBMRP 2002.4.1の間には共通する形質もあるが、異なる点も多数あり、CMNH 7541はずっと幼体らしい形質をもつのだろう。総合的にみるとジェーンは次の亜成体(成長段階6)とより似ており、CMNH 7541は外側にくることになる。つまりナノティラヌスとされた標本は1つの枝にはならず、ティラノサウルスの一部として全体の構図に組み込まれている。このように統一的に説明できてしまうというわけだ。ジェーンの前後の成長段階との形質の変化が非常に大きいが、これは幼体から亜成体へと急激に変化する時期と考えれば不思議はない、ということだろう。

ティラノサウルスの骨格には性的二型はみられないともいっている。骨髄骨の存在からメスと考えられている標本が2つあるが、この骨髄骨が根拠になるかどうか自体も議論がある。このメスと仮定される標本と他の5個くらいの標本で頭骨の形質を比較してみると、メスと仮定される標本と他の標本の違いは多数あるが、それらは他の標本の間でバラバラに分布しており、いくつかの標本で一定の違いがまとまっていることはなかった。ティラノサウルスの化石はサンプル数が十分多いので、オスとメスが混じっているはずである。もしメスに特有の形質がいくつかあるとすれば、いくつかのオスの標本ではそれらの違いがまとまっているはずだ、というわけである。
 多数の形質の中でもし雌雄の一定の違いがいくつもあれば、成長系列全体が途中から分岐した形になるか、個体変異として表れるはずであるという。そういうことはみられないので、性的二型はみられないと結論している。

最も多数の形質変化がみられるのは大きい幼体から亜成体への時期(成長段階5から6)で、長く丈の低い頭骨から丈の高いがっしりした頭骨に変化する。また前眼窩窓周囲の骨の含気性の発達、胸帯および四肢の変化も起きるという。成長段階13になると成体となり、External Fundamental System (EFS) (骨の断面で成長線を見るときに外側にある、成長が停止する兆し)が初めて現れるという。

ナノティラヌス問題については、歯の数が増えたり減ったりすることが、依然としてちょっと引っかかる。最も近縁なタルボサウルスでは成長しても変わらないということであり、成長と関係なく個体変異があるという方がまだわかりやすい。やはり、幼体から亜成体にかけての肝心な時期が1個体しかないということがネックと思われる。成長段階5(13歳)はジェーンしかないわけで、もし同じ13歳で頭骨が短く歯の数が少ないものが5個体くらい発見されたら、ジェーンを除外した方が成長系列がより自然につながるということになるのだろうか。

(ポールの話に戻ると)ちなみにトーマス・カー博士がダスプレトサウルス・ホルネリを樹立した時は、生息年代が異なることがわかっている上に、トロススを含めた他のティラノサウルス類と区別できる標徴形質が11個あった。


参考文献
Carr TD. 2020. A high-resolution growth series of Tyrannosaurus rex obtained from multiple lines of evidence. PeerJ 8:e9192 DOI 10.7717/peerj.9192

Copyright 2020 Carr TD
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )