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ラボカニアの特徴とビスタヒエヴェルソルの目つき







9月に福井で見てきたビスタヒエヴェルソルの頭骨をしみじみ眺めると、なかなかいい顔をしている。改めて見ると、眼窩の形がティラノサウルスやタルボサウルスとはかなり違うことがわかる。またLoewen et al. (2013)を見返すと、同じユタ州でもテラトフォネウスの眼窩の形はリスロナクスと異なることがわかる。

ビスタヒエヴェルソルは、トーマス・カーの系統解析ではティラノサウルス科の外側になり、ティラノサウルス科に入れてもらえなかった。しかしフィリップ・カリー研など他の研究者の間では異論もあった。もっと進化的な種類であり、少なくともティラノサウルス科の中ではないかという意見である。Longrich博士の最近の一連の論文は、ビスタヒエヴェルソルの出世を後押しするものでもある。

ラボカニア・アギロナエLabocania aguillonae は、後期白亜紀カンパニアン後期(Cerro del Pueblo Formation)にメキシコのコアウイラ州に生息したティラノサウルス類で、2024年に記載された。ホロタイプ標本は上顎骨の断片、左右の前頭骨、涙骨の腹側部分、鼻骨の断片、鱗状骨の後端部分など、頭骨、腰帯、後肢にわたるが非常に断片的な骨からなる。論文の全身骨格図を見ればわかるように、大型ティラノサウルス類のシルエットに断片的な骨をあてはめたもので、とても全身像を復元できるようなものではない。

ラボカニアの特徴のうち3つは涙骨に関するもので、これらはいずれもビスタヒエヴェルソルと似て、眼窩が円形に近いことと関連している。1)涙骨の前腹側縁が強く凸型にカーブしている、2)眼窩の前腹側縁に沿って眼窩内に突き出した突起が背側に延びている、3)前眼窩窩が涙骨上を後腹側に広がって、眼窩の前縁の真下で終わっている、である。

左の涙骨の下半分はよく保存されている。涙骨の前縁は強く凸型にカーブしており、ビスタヒエヴェルソルや他のティラノサウルス亜科よりも程度が大きい。この形質はラボカニア・アギロナエの固有派生形質と考えられる。このような涙骨の形から、眼窩の形はビスタヒエヴェルソルのように比較的円形に近いと思われる。一方タルボサウルス、ティラノサウルス、ダスプレトサウルスでは眼窩はもっと縦に長い。
 涙骨は腹側で広がっており、そこは後腹側に延びた前眼窩窩で占められている。この部分のよく発達した前眼窩窩はビスタヒエヴェルソル、テラトフォネウス、ダスプレトサウルスにみられる。一方タルボサウルスとティラノサウルスでは前眼窩窩は広がっていない。前眼窩窩は後方に広がり、眼窩の前縁の真下で終わっている。このように前眼窩窩が後腹側に広がることはラボカニア、ビスタヒエヴェルソル、テラトフォネウスの共有派生形質である。ただしこの形質はビスタヒエヴェルソルで最も発達している。ビスタヒエヴェルソルでは、前眼窩窩が眼窩の前縁よりも後方まで広がっている。
 涙骨の後縁で、眼窩の前腹側縁に突き出した顕著な結節ventral bossがある。同様の突起はビスタヒエヴェルソルにみられるが、テラトフォネウスや他のティラノサウルス亜科にはない。この突起はラボカニアでは、ビスタヒエヴェルソルよりも背側に広がっているのでラボカニアの固有派生形質と考えられる。

一方、ラボカニアの腸骨と座骨はテラトフォネウスと似ている。腸骨も断片的で寛骨臼の背側縁と恥骨柄pubic peduncleしか保存されていない。恥骨柄は正方形をしている点が特徴的であり、これはテラトフォネウスとよく似ている。また座骨の後背側縁は上方にカーブしており、これはラボカニア・アノマラとテラトフォネウスにみられるが、他のティラノサウルス亜科にもアルバートサウルス亜科にもみられない。

ラボカニア・アギロナエの参照標本として、3個の歯槽が保存された歯骨と多数の分離した歯がある。この歯槽と歯冠の形から、歯冠の側面に溝があり、断面が8の字型の歯をもっていたことがわかった。この特徴はラボカニア・アノマラの歯と一致することから、この参照標本はおそらくラボカニア・アギロナエと考えられる。つまり断面が8の字型の歯は、ラボカニア属に共通した特徴と考えられた。これは獣脚類の中でも珍しい形質であり、多くのティラノサウルス類では断面が直方形か、ティラノサウルスのように太い場合は楕円形である。ちなみにラボカニア・アギロナエのホロタイプ標本は推定6.3 mの亜成体であるが、この参照標本はずっと大きく、ビスタヒエヴェルソルに匹敵する全長8 mと推定された。

系統解析の結果、ラボカニア・アギロナエ、ラボカニア・アノマラ、ビスタヒエヴェルソル、テラトフォネウス、ダイナモテラーは、ティラノサウルス亜科の中でララミディア南部に生息した一つのグループ、テラトフォネウス族Teratophoneiniに含まれた。テラトフォネウス族を識別する特徴には、涙骨、恥骨、座骨の形質が含まれる。また前頭骨と歯の形質はテラトフォネウス族内部のより小さいグループを区別するために用いられる。

ラボカニア・アギロナエの強く円形の眼窩はビスタヒエヴェルソルと共有されるが、ラボカニア・アノマラでは保存されていない。テラトフォネウスでは眼窩は楕円形であり、それほど円形ではない。テラトフォネウスの楕円形からビスタヒエヴェルソルのより円形に近い眼窩への移行は、テラトフォネウス族でより原始的な眼窩の形への逆行が起こったことを示唆している。特徴的な四角形の恥骨柄はテラトフォネウスと共有されるが、ラボカニア・アノマラとビスタヒエヴェルソルでは腸骨が保存されていない。

この研究ではテラトフォネウス族というクレードが存在したことを支持する新しい形質が見いだされた。しかし多くの種類が不完全な標本で知られるのみであることから、さらに追加のより完全な化石の発見と既存のテラトフォネウス族の再研究が必要であると述べている。



参考文献
Rivera-Sylva, H.E.; Longrich, N.R. A New Tyrant Dinosaur from the Late Campanian of Mexico Reveals a Tribe of Southern Tyrannosaurs. Foss. Stud. 2024, 2, 245–272. https://doi.org/10.3390/ fossils2040012
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