枕上書 番外編より
三年前 魔族の始祖 小かんが羽化して後、魔族は
七つの支族に分かれた。小かんの配下にいた
七人が それぞれ 自分の一族を引き連れて、南荒の
一画に住み着き そこを統治するに至る。以後26万年
の長きにわたって 七君並立時代となった。
しかし 小かんという求心力を失ってしまった為に
この時期 魔族は結束を欠いていた。B上神勢力に
加担して 何らかの利益を得ようとの思惑があったに
しても 支族同士が 境界線で揉めていて
それどころではないというのが現実であった。
そして、ようやく内部抗争が落ち着き、
すわ 参戦を・・・と思った時には 戦争は終わっていた。
しかも、戦後の「責任追及」の扱いについて
帝君は 彼らに極めて深い教訓を与える事になった。
反乱の中心になったB上神一派は一人残らず誅殺された。
鬼族と妖族のうち 参戦した者も 戦いを支持した者も
一族はすべて誅殺され、たった七日のうちに
反乱軍とその加担者一族の血で 西荒の大地が染まった。
その 残虐極まりない行為は 魔族を震撼とさせた。
反乱への動きはこうして 息をひそめていった。
噂によれば、神族との「章尾之盟」の原本は
蒼之魔君によって破られたが 帝君の容赦ない粛清
を目の当たりにして 蒼之魔君はひっそりと丁重に
原本を修復した・・・らしい。
いずれにしても ハ荒は 三年前に墨淵が統一した時に
戻る事ができた。
しかし、神族の中では再び 問題が持ち上がって来た。
終戦の翌月、ある神君が 長老団に 神王を弾劾する
書類を提出した。
弾劾書は 実に明確に、 帝君の功績は讃えられるも
鎮圧手段は あまりにも残虐であり、行き過ぎている。
B上神については 死罪は当然であるが、鬼族と妖族
については B上神にそそのかされて加担しただけである。
しかも 心底悔いて降伏書を差し出したにもかかわらず
全て 誅殺した事は慈悲心のかけらもない残虐行為である。
西荒、北荒の地には 屍が百万以上。
流れる血は 河の如く この屍の山 血の海は まさに帝君の
不仁の心の現れである。
神王においては 心は不仁であってはならない。
この為 天下の承服を得る為にも、帝君には 自ら神王の
位を明け渡して頂き 神族は仁王を新たに選出すべき
である。 と。
弾劾書を受け取った長老たちは密かに討論し、
17対3という結果を持って 帝君の弾劾を可決した。
下々の神仙たちは状況を飲み込めなかったが
位の高い神仙たちには おおよその察しはついた。
おそらくは A上神と長老団の自作自演であろう・・と。
反乱軍はいなくなった。長老たちはもう帝君の采配を
必要としない。帝君の強力な手腕とハ荒での威信を
持ってすれば、このまま帝君が神王に収まっては
自分たちの出る幕はない。
帝君は不仁であるとして弾劾し、仁ある人物こそ
神王に相応しい・・・
と、 いかにもそれらしく天下の承服を求める・・
この弾劾を 帝君がどう受け取るか、皆 内心は
戦々恐々としていた。
何と言っても 「恩を仇で返す」にほかならない。
それも、あまりにも あからさまなやり口で。
帝君の激怒は避けられないであろう・・と。
しかし、一方で 帝君は孤高な人物であり、これまでも
野心を持って権力の座に居座る事はなかった。
帝君の持つ力は強大であっても。
墨淵が天下を統一した時も 自分の配下には二十数名の
忠実な神将と数十万の私兵のみで、戦い後には武装解除
して 碧海蒼霊に隠居し、神将たちも武装を解いて
引退した。その後 碧海蒼霊で兵士を置いている話も
聞かない。
帝君が身を引く可能性に賭けて見るのは悪くない。
そして 今回の戦いにおける兵士たちは皆 神族の
兵士で、帝君によって 鉄壁の軍に鍛え上げられた
けれども 帝君には属していないのだ。
長老たちは綿密に意見を交換しあった。鉄壁の軍は
自分たちにあるから B上神のように帝君が反乱を
起こしても それほど恐れる事はない。
しかし、 もし玉殿の中で 激怒した帝君と対峙したら
・・・自分たち一族はひとたまりもないであろう。
その為、弾劾票を投じた十七人は 病気を理由に
自宅に引きこもり 密かに守りを固めた。
長老たちが 息を潜めて五日たっても、
帝君が玉殿に現れる様子がなかったので
不安になった皆が探し回った結果
十三天自体が閉ざされていることがわかった。
最終的には 昼度樹を守っている霊樹仙君が
玉殿にやって来て 帝君からの伝言を述べた。
曰く「権力争いがしたければ すれば良い。わざわざ
弾劾書を持ち出すなどの 真新しい洗練された策を
用いるとは なかなかご苦労な事。と帝君は仰った。
貴方たちに付き合う気にもならないので 碧海蒼霊に
戻る事にした。と。
そうそう、今後、仮に天が崩れ 地が裂けようとも
皆様には 二度と 碧海蒼霊に来て自分を煩わせる事
の無いように、とも仰っていた」
長老たちは皆 罰が悪そうに顔を歪めた。
気まずさの後に怒りがこみ上げ、中には
気を失いそうになった者までいたが
その矛先を向けるところがないのだった。
帝君に向けるなどはあり得ないし 使いでやって来た
霊樹仙君に怒るわけにもいかなくて、結局は
自身で収めるしかなかった・・・
ところで、情報通の折顔上神は 皆が九重天で
帝君を探し回っていた頃 碧海蒼霊の入り口で
帝君を待ち構えていた。
案の定、帝君は碧海蒼霊に帰って来た。
折顔上神は 帝君の前に立ちはだかり
「賢兄、こんなに簡単に負けを認めるのか?」
帝「負け?」門を開けながら答える。
「面白い事を言う。私の辞書にそんな単語は
存在しない」
帝君が負け惜しみを言っていると考えた折顔は
帝君の後をついていった。
「老いぼれたちは 私欲に溺れているだけで ハ荒や
神族の事を真剣に考えてはいない。ただ 貴方が
神王の座に居続けると 自分たちの権力を誇るのには
不便だと思うだけの事」「狡猾な老いぼれどもめ、
貴方に乾元の陣を差し出させ、軍隊を無敵な物に
してもらったのに その軍隊を 貴方の追放手段に
使う手札にしようとは。
それにしても、一か月も経たないうちに 貴方の権力を
奪うとは あまりに早すぎる。えげつない行為では
ないか」
帝君は 門を開けると真っ直ぐ中に入って行く。
帝「うん」「彼らは 確かに あまり急ぐ度胸がなかった。
だから、少し 手助けをしてやった」
適当なふうをよそおい更に言う。
「多議神君が書いた弾劾書を 貴方も読んだでしょう?
なかなかうまく書けていると思わないか?」