晴耕雨読を綴る。

3.11から考え方を変えた。液状化と直下型地震に脅える日々。自然の驚異を感じながらも、共生と調和を求めていく!

私の観点(5)・・・謝罪文は謝罪文らしく。

2012-09-07 13:47:01 | 社会、文化
平成20年    5月  御年70歳


 5月19日朝刊「田原氏・テレ朝家族会に謝罪」の記事を読んで、さらに不快感というか不信感さえ募らせてしまった。プロジューサーの文章も文章だが、田原氏の謝罪の仕方はなっていない。問題の「朝まで生テレビ」で、どのような状況下でどんな発言の仕方をしたかは、同番組を見た人でなければわからない、が新聞に記載されているとおり、本人が外務省からの情報であるとはっきりいっているのだ。それなのに「具体的な情報源を示すことなく発言した」云々は、情報源さえはっきりしていれば言ってもかまわないという姿勢なのである。勿論、情報源の秘匿義務があって、それ以上のことには追求できないとの腹が見え見えなのである。謝罪文なら謝罪文らしくはっきり謝るべきであろう。

 問題の横田めぐみさん等お二人の情報については、小泉訪朝時の北朝鮮からの情報と思われるが、これを信じている人は誰もいない。まして家族会の人たちにとって、すべての拉致被害者が生存していることを信じ、そして頑張っておられるのである。北朝鮮の拉致被害者を返さないための偽情報であることは間違いない。それにもかかわらず、多くの視聴者を持っている人気番組での軽率な発言は、厳に慎むべきであり、発言してしまった以上は、局を挙げて謝罪に取り組むべきではなかっただろうか。少なくとも、もっと素早く、もっと真摯に謝罪すべきであったはずである。おごるなメディアといいたい。


 今、これだけを書いてみても、いったい何がおきていたかわかりにくいと思う。ただ、記憶をたどってみると、司会の田原氏がめぐみさんは死んでいるという情報を確信を持って、はっきりした口調で発言したこと、それに対しての家族会からのクレームに対する対処の仕方に腹を立てて書いたものであろうと思う。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿