我が郷は足日木の垂水のほとり

文化芸術から政治経済まで、貧しくなった日本人の紐帯を再構築したいものです

グアム

2010年09月15日 | 課題分類

 

 

 

 

グアム ( Guam もしくは Guahan

太平洋の島である。1898年の米西戦争からアメリカ合衆国の領土になった。
1941年から1944年までは日本軍が占領統治し、「大宮島(だいきゅうとう)」と呼ばれた。
経済面では、アメリカ軍と日本からの観光客が重要な位置を占めている。
日本語では「グァ・ム」、「ガ・ム」と発音されることが多いが、近年は「グ・ア・ム」の発音も主流になっている。


 

グアム島に人類が住み着いたのはB.C.3000年~2000年頃で、東南アジア系民族チャモロ人がマレーシアやインドネシア、フィリピンから航海カヌーに乗って移住してきたことに始まると考えられる。

1521年にマゼランがヨーロッパ人として初めてグアム島に到達。1565年にレガスピが来島してスペインの領有を宣言し植民地となり、1668年にサン・ビトレスを中心としたイエズス会が布教活動のため訪れるようになった。しかし、宣教師が祖霊崇拝を始めとするチャモロ人の伝統的な習慣や文化を厳しく禁止したため、不満を持つチャモロ人も多く、その不満は1669年のスペイン・チャモロ戦争として現れた。キリスト教に反抗的な村は全て焼き払われ、10万人いたとされるチャモロ人が5000人以下に激減した。そして、以降は目立った反抗は無くキリスト教文化が定着するようになったといわれている。

 

1898年にアメリカとスペインの間で勃発した米西戦争にアメリカが勝利し、同年のパリ条約によりグアム島はフィリピン、プエルトリコとともにアメリカ合衆国に割譲された。

 

1941128日に大東亜戦争が勃発。帝國日本海軍は真珠湾攻撃の5時間後(日本時間午前8時30分)、グアムへの航空攻撃を開始した。同月10日日本が占領した。19448月に米軍に奪還された。以後、戦争終結までアメリカ軍の日本本土の爆撃拠点とされた。

                                           ルーズベルト大統領の急死 の後を襲った臨時大統領は、東京大空襲のまさにその、市民大虐殺のその中でアメリカ軍の最高指揮官に就任している。ルーズベルトは4月12日に突然死を遂げた。東京空襲は前年の11月から行われていたが、大統領の死をはさんで、3月10日、4月13日、4月15日そして5月25日に焼夷弾攻撃を中心に、民間人を焼き殺す暴挙として敢行された。 ここから想像出来ることは、ルーズベルトの突然の死は、「人類の歴史への挑戦=大虐殺」を躊躇した為にコロされた。

 

 

1950年にアメリカ合衆国議会により「グアム自治基本法」(Organic Act of Guam)によって主権に制限を受け、「アメリカ合衆国自治的・未編入領域 (organized unincorporated territory)」という政治的地位となり、スキナーが初の民間人知事となった。現在まで米軍の太平洋戦略上、重要な基地のひとつとしてグアム島は活用され、近年は日本からの観光客を中心とした観光地、リゾート地として発展を遂げている。

 

地理 [編集]マリアナ諸島最大の島で、その南西端に位置する。海底火山によって造られた。北部は珊瑚礁に囲まれた石灰質の平坦な台地で、南部は火山の丘陵地帯である。最高所はラムラム山で標高406m。

年間平均気温は約26℃。

 気候 [編集]海洋性熱帯気候に属しており、年間を通して高温多湿。「常夏」といわれ、ほぼ1年中海水浴が楽しめる。6 - 12月が雨季、1 - 5月が乾季。雨季にはスコールが降る。

 主要都市 [編集]ハガニア (Hagatna) :グアムの主都、旧称:アガナ (Agana)


政治 [編集]アメリカ合衆国の準州。大統領選挙の参政権は持っていない。ストローポール(擬似投票)が行われるが、選挙結果には反映されない。

1968年以降は公選によって選ばれた知事が内政執行にあたる。かつてはアメリカ海軍による軍政だった。国家元首はアメリカ合衆国大統領。

グアム議会を形成。議会は立法院のみの一院制。

1972年以降、合衆国議会下院に、本会議での議決権のない代表を1名選出している。

米国が全面的に防衛権を持つ。このために土地を収用することもできる。

自主憲法草案が上程されたが、1979年の住民投票で否決された。その後も米国連邦政府による独立や自治の勧告は無視して、大国との特権的な関係から得られる利益を選んでいるが、次に述べるようにコモンウェルス昇格運動は見られる。

現在でも国際連合非自治地域リストに掲載されている。

 

コモンウェルスへの昇格運動 [編集]隣接する北マリアナ諸島が信託統治を経て1978年に実質的なコモンウェルスとなったことを受けて、グアムでは1980年代から1990年代前半にかけて、プエルト・リコや北マリアナ諸島と同様の自治のレベルを付与したコモンウェルスに向けた重要な推進運動があり、1982年には住民投票を実施してこの方針を決定した。 しかしながら、連邦政府はグアム準州政府の提案したコモンウェルスへの変更を拒否し、理由として改正案の条項が合衆国憲法の領域条項(Territorial Clause ,Art. IV, Sec. 3, cl. 2)と両立する内容ではないことを挙げた。加えて連邦政府との折衝に6年もの時をかけ、(The Draft Commonwelth Act of 1988)を提出し本格的な交渉を開始したのは1988年だった。これに対して運動は徐々にアメリカ本国からの政治的独立、国家としての独立、唯一の独自領土として北マリアナ諸島との連合、或いは現在合衆国の一州となっているハワイとの連合に軸足を置きつつある。一方で、中島洋のように、コモンウェルスが外交権を持たないことや、独立した場合の財政援助面での不利、連邦政府・議会との交渉を通じて内政での自治権を徐々に拡充しつつある点などを挙げて否定的に見る向きもある[9]。

2003年より2011年1月まで2期に渡りフェリクス・カマチョが知事を務めたが、カマチョは北マリアナとの連合を目指していた。


経済 [編集]通貨はアメリカ合衆国ドル(USドル)。ただし現在では日用品や土産等の購入に関し、多くの場合、少額(おおよそ100ドル以内)であれば、日本円でも通用する店舗が増えつつある。

米軍の基地関連産業とアメリカ政府からの補助金、観光業、農業、漁業が主要な経済基盤で、1980年代前半まで米軍への依存度が高かったが、米軍基地の縮小に伴い、近年は観光業が産業の大部分を占め、島民の約60%が観光業に従事している。

年間100万人以上の観光客が訪れるが、観光収入の9割以上が日本からの観光客によるもので、日本への依存度が高い。近年は特に和食料理店など、日本の外食企業の参入も多く見られる傾向にある。

2006年にグアムの携帯電話事業者であるグアムワイヤレス及びグアムセルラーをNTTドコモが買収・統合し、2008年にドコモパシフィックと社名を変更しており、国際ローミング(WORLD WING)を使って、FOMAサービス及びiモードサービスが利用できるようになっている。ただしPulse Mobileなど他の事業者によるローミングと扱いは基本的に一緒となっている(グアムはドコモパシフィックを含め、2010年現在携帯電話事業者が6社存在する)。


マグロ産業 [編集]『ミクロネシア』1997年4月号によれば、ミクロネシアの要所であるグアムは1980年代以降はマグロの転載業でも知られている。ただし、グアム周辺水域においてマグロ資源に恵まれている訳ではなく、大消費地である日本、および先進国であるアメリカ本土への航空貨物直行便がありアクセスに恵まれていることや、漁船の修理施設、乗組員の休養施設、金融サービス機関が整っていることが挙げられる。従って他のミクロネシア水域で漁獲されたマグロ類はアプラ港で水揚げされ、主に日本本土に空輸されている。漁獲を実施しているのは1990年代においては台湾籍船が最も多く、次いで日本籍船であった。

問題はグアム周辺の排他的経済水域内の開発である。アメリカ本国は1978年4月にマグナソン漁業保存管理法によりアメリカの200海里水域内での他国漁船の操業を禁止した。そのため、グアムはパラオやマーシャル諸島に比較し、資源開発で遅れをとった。1980年初頭、グアム準州政府はグアム200海里を法制化する中、外国漁船に200海里水域内での操業許可を与えようとしたが、実現しなかった。その後本格化したコモンウェルス昇格運動の背景にも、200海里内における管轄権を本国政府から入手したいという意向があり、1988年に提出したコモンウェルス法案にも経済水域問題が重要事項として謳われている。その後、本国へのロビー活動などの結果、1996年10月11日にマグナソン法の改正案が公布(Public Law 104-297)された。これは、国務省への申請、入漁料の徴収などを通じて他国漁船への漁業参加を認める内容であった。経済水域内の取り締まりは沿岸警備隊と商務省国家海洋漁業局(National Marine Fisheries Service)が実施している。1997年に海軍は艦船修理施設をグアム準州政府に移管したが、この跡地を活用してアプラ港の総合開発計画が立てられ、漁業基地の強化を狙った内容となっていた。このような努力は周辺諸国も行っており、ミクロネシア水域のマグロ産業規模に比較して従来4~5%程度しか得ることの出来なかった見返りを自主的に漁業を拡大することで移行を図る動きがある[10]。2000年代に入っても、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)をグアムなどで開催し漁業資源の管理と多国間交渉に努力がなされている[11]。


軍事

島の面積の1/3をアメリカ軍用地が占めている。グアム島は、朝鮮半島、台湾、南沙諸島、フィリピン、インドネシア、オーストラリアとあらゆる場所に緊急展開できる戦略上の要地であり、米準州でもあるので、西太平洋の礎石としてその価値を見出されている。しかし、冷戦終結に伴って在グアム米海軍基地整理縮小計画が立てられ、1990年頃には海軍航空隊の基地がグアム国際空港からアンダーセン空軍基地に移設され[9]、1997年9月には艦船修理施設(Ship Repair Facility)が海軍からグアム準州政府に移管されるなど1990年代は基地は縮小傾向にあった。

2000年、ジョージ・W・ブッシュ政権に変わって以降は、地球規模の米軍再編の影響で、世界戦略を見据えた軍事拠点化を進めることになり、兵力の増強が順次実施されてきた。2004年には、グアム島周辺を調査した中国人民解放軍海軍の漢級原子力潜水艦が行き帰りに日本の領海侵犯を行った漢級原子力潜水艦領海侵犯事件が発生した。

島の北部には3,000m級滑走路が2本あるアンダーセン空軍基地が存在する。ここには現在常駐する戦闘機部隊は存在していないが、しばしば飛来する。現在、B-52戦略爆撃機やB-2が配備されている。極東有事の際には、アメリカ本土やハワイなどから前線派遣された航空部隊の重要な出撃拠点になる。

島の西部には、アメリカ海軍も使用しているアプラ港があり、ロサンゼルス級原子力潜水艦が事実上の母港としており、将来的にはオハイオ級原子力潜水艦も配備される予定である。これらは第7艦隊隷下にある。

在日米軍再編の影響により、沖縄本島に駐屯しているアメリカ海兵隊7,000人がグアムに移駐する予定であり、キャンプ瑞慶覧から司令部も移転する予定である。この部隊の受け入れのための費用を日本政府が59%負担することで日米両政府が合意した。上記の基地移転には先住民の一部から反発がおきているが、大半の住民はかつて米軍基地が縮小された事で経済的に大きな打撃を受けたため基地・観光による経済的観点から賛同している。

 

交通

訪島手段として飛行機と船舶がある。飛行場はグアム国際空港、港はアプラ港を利用することが多い。アプラ港はミクロネシア最大の港である。

 アプラ港には旧日本軍の滑走路があります

グアム国際空港には日本航空とデルタ航空、ユナイテッド航空が日本の複数都市から乗り入れているほか、ホノルルやソウル、コロール、サイパンなどへの直行便がある。なお、航空便で到着する乗客の7割が日本国籍である(2010年現在)。

 

 島内交通

島内の交通機関はバスやタクシーのみで鉄道はない。バスは、観光地をまわるトロリーバスなどを運行しているグレイラインバスや「ショッピングセンター」はDFSギャラリア、マイクロネシアモール、グアム・プレミア・アウトレットや小規模なものではタモンサンズプラザなどがありホテル、旅行会社が運行するザ・ショッピングバス、シャトルバスを運行するアイバスなどがある。 日本人観光客向けに、日本のレンタカー会社の店舗が複数存在する。 サイパン島と同様に、島内では九州産業交通の現地法人であるグアム産交が貸切バス事業を行なっていたが、九州産業交通の産業再生機構活用による事業再編の一環として売却されている。

 

 

観光

観光産業は、現在グアムの最大の産業の一つである。直行便が設定されていないアメリカ本土からの観光客よりも、東京、名古屋や大阪などの主要都市から直行便で約3-4時間で訪れることのできる日本からの観光客が多くを占めていたが、そのピークは1990年代で2000年代に入ってからは低減しつつある。近年では同様に直行便のある韓国や台湾からの観光客も増加している。なお、ホテル・ニッコー・グアムやレオパレス・リゾート・グアムなどの日系のホテルも多い。

 

 

 

参考資料、および引用先
 
グアム Wikipedia

 

 わが郷  樺太から シンガポールまで、離島領有の歴史
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軍務経験の無い 政治家が、危機管理をする日本

2010年09月15日 | 政治

 軍事力と言うより、ことばに怯えたのかアタマ・デッカチの妄想家集団。このような民主党に国防は委せられない。 

ご案内 

 

 

 日本大使に対して、最後通牒を通告せり。

 【中军网】という支那の報道組織がある。それによると、 『 日本大使へ最後通牒を告げました 』 的な内容のネット情報がある。どうも日曜の深夜に、支那政府の高官が日本大使を呼びつけた時に、告げたのだと言いたげな内容。お暇な方は、( ※ 1 ) に資料をあげて於きますので、ご参照のほど。

 

 このような脅しに屈したのか、ヘナヘナ民主。

 

 昨日も書きましたが、領海侵犯の違法操業をしていた、船員だか工作員だかあいまいな被疑者を、たいして調べもせずに……。

 釈放しちゃったのが、菅直人政権です。

 辛光洙(シン・グァンスを釈放の署名事件から、何も学んでいませんネエ。 

 

   海上保安庁・制圧訓練

人気ブログランキングへ ←  ようこそ わがさと へ、神社にはお賽銭。プログにはクリックをお 願いします。    =>ランキングを見る   

 

 尖閣諸島に 上陸させない どころか、領海の手前で

追い返した !!

 海上保安庁は良い仕事をしています。

 台湾抗議船が尖閣諸島に接近 海保警告、引き返す 【日経】

 

人気ブログランキングへ 西南諸島へ侵入してきた、狂惨ゲリラは逮捕した。しかし、せっかく拘束した船員を釈放したのは、愚かなことです。マヌケな菅直人政権には、外交 とくに 緊急事態には対応能力はありません日本国の危機です。 ポチっとお願いします。菅直人等の民主党はいたずらに政局を混乱させています。こんどは分裂騒ぎになるのでしょう。 

 

 

 

 ( ※ 1 ) 我个人分析认为,梁光烈回国后军委连应该就召开了作战会议,然后提请政治局审议通过,中央决定强行夺回钓鱼岛。会议开完,分管外交的国务委员戴秉国受中央委托向日本发出最后通谍。( さわりの部分の御紹介 ) http://www.milchina.com/2010/0913/4866.htm

不審船は粉にして海に沈めるべし  【わが郷】 9月9日
88式地対艦誘導弾(SSM-1)試験映像 FULL
      上図のビデオは、此処をクリックすれば見られます 

 

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アクセスの記録  2010.09.14(火)    1585  PV     489  IP     1292 位  /  1466322ブログ

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小沢一郎

2010年09月15日 | 政治家

わが郷の 記事分類  民主主義の実態と本質  

 

小沢一郎【政治家】 小沢一郎 【政治家

 

小沢 一郎 

小沢 一郎(おざわ いちろう、1942年〈昭和17年〉524日 - )
日本の政治家。衆議院議員(16期)、
生活の党と山本太郎となかまたち共同代表。

自治大臣(第34代)、国家公安委員会委員長(第44代)、
自由民主党幹事長(第26代)、新生党代表幹事(初代)、
新進党党首(第2代)、自由党党首(初代)、民主党代表代行、
民主党代表(第6代)、民主党幹事長(第9代)、
国民の生活が第一代表(初代)などを歴任。
(wikipedia)

 

 

2017 07 21 おカネを 造る。【わが郷・経済】 

 

2014 12 17  金融と、小沢一郎  わが郷

 2014 12 17 金融と、小沢一郎【わが郷】 

 

2012 11 13   汚沢は 政治資金を盗んだ 【わが郷

2012 11 13 汚沢は 政治資金を盗んだ【法律】

2012 11 13  小沢氏頭下げたまま10秒近く動かず 上告は困難か 【スポニチ】 

 

2012 04 25  小沢一郎は、無罪なのか  わが郷

 生体反応というのがあって、ひとたび異物と認識されてしまえば、それは徹底的に排除される。

   彼、小沢一郎も日本の一部ではない、異物と日本人に認定されてしまったのだ。

 

 日本の裁判はあたかも日本人が公正に行っているかのように、世間を誤魔化して繕っていた。強制起訴は日本人が日本を取りもどす戦いなのだ
 

2012 03 10  刑事被告人・小沢一郎へ禁固3年求刑 【せと弘幸ブログ】

2011 10 06  ゴロツキと たたかうには わが郷

 

 

 

2011 02 26  早期解散あり得る=民主・小沢氏 【wsj.jp】 

2011 02 22  小沢元代表の処分 民主党きょうにも正式決定へ 【テレ朝】

2011 02 01  小沢「被告」最大の危機、求心力低下は必至 【読売】

2011 01 21  民主執行部、予算委から“血判状”小沢系議員12人を排除 証人喚問にらみ圧力 【産経】

2010 12 21  小沢氏招致「通常国会前に」=首相と岡田幹事長が確認 【時事】

2010 12 21  坂上の雲と どぶに落ちた犬 【わが郷】

2010 12 21  菅首相:小沢氏との会談決裂 招致問題の越年確実に 【毎日】

2010 12 10  小沢氏、新党結成に言及「次のことも考えないと」 舛添氏らとの会合で 【産経】

2010年1月12日以前の記事や参照新聞記事などは小沢一郎にあります。
 不用意な小沢擁護は、せっかくの持論を腐すことに、思い至るべきだと思われます。悪いものは、悪い。これを言い続けるのが、言論の矜恃です。

 
主体性と政党支持  【1月17日の我が郷の記事】
  日本の政治は、御輿担ぎとは良く言われることです。「御輿は軽くてパーがいい」とは小沢氏が謂った言葉です。この言葉を、日本の名だたるお祭りの現場で言ったとします。周りの人は何と思うでしょうか。たぶん世話役さんの耳にでも入れば、タダでは済まされないでしょう。
 
 
出自隠しのチョン汚沢家大法要 (Unknown) 
錆びたナイフは、砂山の砂に埋めて……。 
2010年 2月 6日 石川被告の進退が焦点 (産経) 
 沖縄県宜野座村に広大な土地を購入
 小沢の中国人秘書の事務所兼居宅
2010年 1月17日 主体性と政党支持
 ほとんどの政治家は、国民を巧みに騙し、実際は戦後レジームの番兵として、身を処しています。そのような政治家の二枚舌の上で踊らされるのは避けたいものです。戦後レジームとは、サンフランシスコ講和後もつづく、アメリカの対日政策が創りだした、日本統治の構造のことを言います。
  
2010年 1月16日 小学一年生
 小沢幹事長の元私設秘書・石川衆院議員が逮捕された。この現実は、1月15日の現実のこと。ここから、嵐の鳩山政権は再出発せねばならない。当然、小沢は幹事長を辞めるべきである。その流れに沿った、もの言いが、政権の担当者には求められる。
  
 
  
  小沢に冷たい風が吹いている。古来より日の本の、大和の国はその様なもの。普通の日本人には、何故そうなるのかよく判る。里山に祭られる祠をそまつにする、輩(やから)にはわからぬであろう。民主の橋の下に隠れて、盗人の言い訳めいた、ブルーシートでこれからの風に耐えられるのか。真冬の雨は冷たい。
 
  
 
これ以前の小沢一郎氏の記事は 小沢一郎 保管用 に保管されています。 

 

政治家 政治家

 

 

わたしの里の美術館【索引】我が郷は足日木の垂水のほとり【HOME】岩淸水
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小沢一郎 保管用

2010年09月15日 | 政治家

分 類  民主主義の実態と本質  

 
  
 
2009年12月28日 地回り政治
 コンクリート利権はお仕舞い、と言っているのですから、小沢一郎の建設業界、地回り政治も、もうお仕舞いなのです。風を読みましょう。
  
  
2009年12月21日 国民の生活が第一
 前開の選挙で民主党が圧勝したのは、小沢氏の力はほとんど影響がないでしょう。あまりにも自民党・公明党の政治が酷かったから、ああなっただけでしょう。暫定税率や子供手当ての見直しで、既得建設・土木利権に拘る様では、国民の心が読めていません。 
  
                         (野口健公式ブログ)
 例えば小沢氏が総勢600人を超える大訪中団のさいに胡錦濤氏との会談でのやり取りの中で小沢氏は自身を中国人民解放軍の野戦軍司令官にたとえ「解放の戦いはまだ済んでいない。来年7月に最終決戦がある」と来年の参議院選挙で勝利しなければならないと発言。220万人に及ぶ中国人民解放軍が今まで何を行ってきたのか?
 
 小沢が偉そうに、エバってる。俺に物言うなら、手下なんだから辞めてから物言え。
 
2009年12月16日 奢る小沢 語るに墜ちた 
 御門を単なる、国民統合の『象徴』と認識するならば、畏れ多くも皇室に対する目線は、<水平>なのであろう。
 
 
 
 <以下は、参照ブログ記事および新聞などの記事一覧>
 
 私は当時、135億ドルのうちいくらが小沢幹事長の懐に入ったのかまでは知りませんでしたが、週間現代によると実際に多国籍軍支援に使われたのは20億ドルで、115億ドルはアメリカに渡り、今もって使途不明とのことです。アメリカ政府に戦費の分担金として支払われたのは115億ドルの筈が、100億ドル分しか外務省に受領証がないそうです
 
2009年12月14日 不敬小沢の逆ギレ発言 
 
2009年12月11日配信 小沢一郎の対米ニヒリズム 
 
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