平成24年9月22日(土) 秋分の日 歩くには最高の日和。
曇りがちだが雨は降らず、気温もそんなに高くなく。
広報さがみはらに「甲州夢街道ウオーク2012」の募集があり、甲州街道といえば、小仏峠があり、以前何かで読んだ本に、北条氏照は武田信玄が小仏峠を通って攻めてくるのを監視するために、今まで住んでいた滝山城から八王子城を建てて、移り住んだとあった。
そんなことを気にかけていたので、山梨の方から幹線道路であるこの甲州街道に興味を持っていて、多分この謳い文句だと小仏峠は行くな~と考えて、千ちゃんと二人分申し込んだ。
果たしてその通りで、相模湖から国道20号線沿いに歩き、小仏峠まで上り、城山頂上まで行って、そこからひたすら下り、相模湖まで戻る、約15キロのコースであった。
また、ウオーキングとは程遠い、どちらかというと、登山ともいえるきついコースで、簡単に考えていた私たちは、ギャップに戸惑いながらも、杖を使い、掛け声を掛け合い、体を駆使し、一生懸命完歩をしたという感じであった。
でも、その中で、恐るべしは参加者たちの健脚さである。参加者のほとんどは私たちより10~20才は上であろうと思われる人たちで、このキツイ山道をさっささっさと軽快に歩を進めて、どんどんどんどん私たちから離れていく。
途中私たちに「霜柱草」なるものを教えてくれた女3人男1人のグループの人たちなど、
あの険しい上り坂を登りながらも、息ひとつ乱れずに、快活に楽しく話しながら歩いていた。あの逞しさ、力強さは何なのか。結局私たちが最終地点の相模湖についたのは制限時間(午後3時)を1時間も過ぎてしまって(早く着いた人たちはもうとっくに帰路についていた)、参加者は200人近くいる中で、最後から2組目の到着となってしまった。
中高年恐るべしと感じた。
それでは、順を追って書いていこう。
まず、相模湖の駅の隣にある桂北公民館に9時集合とある。相模湖に行くには、ここからは少し遠回りをしなければいけない。
淵野辺から八王子に横浜線で、次に八王子から高尾に中央線、高尾から相模湖駅まで私鉄で3回も乗り換えて行く。高尾駅では待っているホームを間違えて電車が一本いってしまった。
まあ、出発時間は10時なので悠々間に合った。
受付を済ませ、そこでもらった青いバンダナを目立つところにつけて、出発式や準備体操をして、いざ10時に出発であった。
公民館からまずは山寺の慈眼寺へ、昔はここには与瀬という宿場があったそうだ。
またここまでがすごい急坂で、最初から驚いて、ここからもうみんなから差が出始めていた。
山の中の道を右手に相模湖を見ながら、上っていく。
途中から国道20号線に入り、小原本陣や照手姫の伝説の看板を見ながら歩く。
本陣宿では殿様が入るトイレは畳が敷かれていて、そういえば昔見た漫画の「おぼっちゃまくん」もそうなっていた。
照手姫が生まれ育ったのは美女谷と呼ばれていて、うっそうと木が立ち並び、谷間には川が流れていた。
上りのきつい山道を上って、小仏峠に到着。なるほど、信玄はここを通って、相模の国に攻め入ってきたのだな~。そして私たちと同じようにここで休憩したのだろう。
そこからさらに上って、城山の頂上に到着。遠くを見ると、八王子の市街地がよーく見えた。そこできのこ汁とおでんを食べる。疲れた体にこのきのこ汁の美味しいこと。五臓六腑に染み渡るとはこういうことなのであろう。
ここからは下山だと甘く考えていたのが大変な誤算であった。ホントの大変さはこの下りの方で、下り道の方が膝や腿に負担がかかって、歩きづらいことがよーく分かった。それに前日に雨が降ったのか少しぬかるんでいたりもした。
ただ、ひたすら杖と自分の体を信じて東海自然歩道を下り歩き、弁天橋や相模湖大橋を渡って、相模湖公園に到着した。その時にはもう4時近くになっていた。役員の人たちだけが待っていて下さり、完歩証なる証明書を渡してくれた。
やっと歩き終えた体は、何故だかソフトクリームを欲していた。近くのコンビニで買い、食べ歩きながら相模湖駅まで戻る。
八王子駅前の大きな高層ビルの最上階にレストランがある。そこで夕飯を食べながらまた今回の歩きを振り返る。「そういえば小仏峠から八王子の市街地がよく見えた」なと言いながらも、どちらの方から見えたのかがいまいちわからない。「今度から方位磁石を持って方位を確認しよう」と考えた。
今回はたいへん疲れたウオーキングであったが、こうやって歩けることに感謝して、これからも歩き続けられることを祈って、筆を置く。
万歩計では30583歩=18キロ歩いたことになる。
曇りがちだが雨は降らず、気温もそんなに高くなく。
広報さがみはらに「甲州夢街道ウオーク2012」の募集があり、甲州街道といえば、小仏峠があり、以前何かで読んだ本に、北条氏照は武田信玄が小仏峠を通って攻めてくるのを監視するために、今まで住んでいた滝山城から八王子城を建てて、移り住んだとあった。
そんなことを気にかけていたので、山梨の方から幹線道路であるこの甲州街道に興味を持っていて、多分この謳い文句だと小仏峠は行くな~と考えて、千ちゃんと二人分申し込んだ。
果たしてその通りで、相模湖から国道20号線沿いに歩き、小仏峠まで上り、城山頂上まで行って、そこからひたすら下り、相模湖まで戻る、約15キロのコースであった。
また、ウオーキングとは程遠い、どちらかというと、登山ともいえるきついコースで、簡単に考えていた私たちは、ギャップに戸惑いながらも、杖を使い、掛け声を掛け合い、体を駆使し、一生懸命完歩をしたという感じであった。
でも、その中で、恐るべしは参加者たちの健脚さである。参加者のほとんどは私たちより10~20才は上であろうと思われる人たちで、このキツイ山道をさっささっさと軽快に歩を進めて、どんどんどんどん私たちから離れていく。
途中私たちに「霜柱草」なるものを教えてくれた女3人男1人のグループの人たちなど、
あの険しい上り坂を登りながらも、息ひとつ乱れずに、快活に楽しく話しながら歩いていた。あの逞しさ、力強さは何なのか。結局私たちが最終地点の相模湖についたのは制限時間(午後3時)を1時間も過ぎてしまって(早く着いた人たちはもうとっくに帰路についていた)、参加者は200人近くいる中で、最後から2組目の到着となってしまった。
中高年恐るべしと感じた。
それでは、順を追って書いていこう。
まず、相模湖の駅の隣にある桂北公民館に9時集合とある。相模湖に行くには、ここからは少し遠回りをしなければいけない。
淵野辺から八王子に横浜線で、次に八王子から高尾に中央線、高尾から相模湖駅まで私鉄で3回も乗り換えて行く。高尾駅では待っているホームを間違えて電車が一本いってしまった。
まあ、出発時間は10時なので悠々間に合った。
受付を済ませ、そこでもらった青いバンダナを目立つところにつけて、出発式や準備体操をして、いざ10時に出発であった。
公民館からまずは山寺の慈眼寺へ、昔はここには与瀬という宿場があったそうだ。
またここまでがすごい急坂で、最初から驚いて、ここからもうみんなから差が出始めていた。
山の中の道を右手に相模湖を見ながら、上っていく。
途中から国道20号線に入り、小原本陣や照手姫の伝説の看板を見ながら歩く。
本陣宿では殿様が入るトイレは畳が敷かれていて、そういえば昔見た漫画の「おぼっちゃまくん」もそうなっていた。
照手姫が生まれ育ったのは美女谷と呼ばれていて、うっそうと木が立ち並び、谷間には川が流れていた。
上りのきつい山道を上って、小仏峠に到着。なるほど、信玄はここを通って、相模の国に攻め入ってきたのだな~。そして私たちと同じようにここで休憩したのだろう。
そこからさらに上って、城山の頂上に到着。遠くを見ると、八王子の市街地がよーく見えた。そこできのこ汁とおでんを食べる。疲れた体にこのきのこ汁の美味しいこと。五臓六腑に染み渡るとはこういうことなのであろう。
ここからは下山だと甘く考えていたのが大変な誤算であった。ホントの大変さはこの下りの方で、下り道の方が膝や腿に負担がかかって、歩きづらいことがよーく分かった。それに前日に雨が降ったのか少しぬかるんでいたりもした。
ただ、ひたすら杖と自分の体を信じて東海自然歩道を下り歩き、弁天橋や相模湖大橋を渡って、相模湖公園に到着した。その時にはもう4時近くになっていた。役員の人たちだけが待っていて下さり、完歩証なる証明書を渡してくれた。
やっと歩き終えた体は、何故だかソフトクリームを欲していた。近くのコンビニで買い、食べ歩きながら相模湖駅まで戻る。
八王子駅前の大きな高層ビルの最上階にレストランがある。そこで夕飯を食べながらまた今回の歩きを振り返る。「そういえば小仏峠から八王子の市街地がよく見えた」なと言いながらも、どちらの方から見えたのかがいまいちわからない。「今度から方位磁石を持って方位を確認しよう」と考えた。
今回はたいへん疲れたウオーキングであったが、こうやって歩けることに感謝して、これからも歩き続けられることを祈って、筆を置く。
万歩計では30583歩=18キロ歩いたことになる。
まだまだこれから忙しい日が続きますね。体調を気をつけて乗り越えましょうね。