「ジニーにあわせてほしい」
ロァは背を廻しアマロの表情をうかがいみた。
「俺は、本当にジニーのことなぞ・・」
アマロはストップといった。
「あなたのことじゃないのよ。ロァ。是はケジントンの私への気持ちがどうであるかを気にかけるあなたなら判る事よね?
私もジニーのあなたへの気持ちがしりたいの。
どうにも成らないこの先であっても、せめて、ジニーの心に」
後はアマロの涙の声で潰れた。
「アマロ?」
ううん、とアマロは首を振った。
「後は・・ジニーと・・・」
むせび泣きそうなアマロの肩を抱いたロァはアマロが本当に自分を愛し始めていると思った。
ロァへの愛が重苦しいほど自分の中に存在すると気がついたアマロは同じ思いでいるだろうジニーに詫びずにおけない女になっている。
それは男の独占欲の世界では、存在できない共有意識だろう。
いくら、ケジントンからアマロの心まで奪い去るとしてもケジントンにすまないと思いはしない。思うとすれば一つの心の宝玉を硝子玉だとアマロに教える事への痛みだけである。
不思議な気もちのまま、ロァはアマロの申し出をかなえてやろうと決めていた。
ジニーが甲板に現われる約束の時間にはまだ早い。
所在なく海を見詰めてみても、空の青さと雌雄を決めるか、解け合おうとするか、
ただ、澄み切った青さが目に痛く、今此処に居るアマロの存在が酷く心もとなくなる。
「それでも、いきていなければならないのか?」
天空と大海の狭間で精一杯、命を手繰っているアマロの足掻きさえ両極の悠久の中では微塵でしかない。
いっそ、あの空、いっそ、あの海にとけこんでしまおうか。
ケジントンの心に住む事が出来る自分でなくなった今、ケジントンを想うことだけが故郷をなくさないで置けるたった一つの手段だった。
「それさえ・・」
あの海賊は奪ってゆく。
今なら、今なら、まだ、この気持ちのまま海に住める人魚になりえるかもしれない。
アマロの足がゆらりと動くとデッキの端を目差した。
船べりから見える藍はケジントンへの愛ににている。
水中深く潜り込む事でしか藍に染められない、水の色は何おもをの姿を映す自由
をもっている。
ロァという色に染まる前にこの海の一滴になり、藍に沈んでゆこう。
アマロの足がびくりと動き船べりの手すりから身をこえようとした。
「まあ。やるなら、おやり。あたしはとめはしないよ」
静かに忍び寄ったジニーの声がなければアマロは振り返る事もなく藍色の奈落におちこんでいただろう。
「ジニー?」
ジニーは振り返ったアマロを笑った。
「わざわざ私を呼び出したのは、あんたが死ぬ所を見届けさせるつもりだったのかい?」
否定もせず肯定もせずただ、アマロは機を失った事だけを理解した。
「どうしたのさ?やめるのかい?」
「そうね」
アマロの勝手ないいぶんかもしれない。
だけど、この機会を逃した事がアマロに再び「生きてゆく事を選ばす」大きな神の御はからいに思えた。
「ふううん。まあ。だったら、いっとくよ」
アマロの目の色がしっかりしたものであることをたしかめながら
「いいかい?あんたが死にたいなら私はとめはしないし、むしろ、気分がいいくらいだよ。だけど、いきてくならいっとくよ」
つっけんどんなジニーの言葉の中に、やはりロァを思うジニーを嗅ぎ取りながらアマロは先を促した。
「なに?」
「いいかい?あんたが死んでくれりゃあ、そりゃあ私はざまーみろっていってやるけどね。だけど、あんたが死んだってもう、ロァは私を元に戻りゃしないんだ」
ジニーの言うとおりだろう。
あのロァが一度手下に投げ与えた餌を返せというはずが無い。
「だから。あんたにはらがたつんだ」
ロァの寵愛を今更元にかえせはしない。ロァを憎めない女はロァの心を奪った女をこそ憎むしかない。
「いいかい?あんたが私からロァを奪ったんだ。死ぬなら、どうせ、死ぬならなんで、その前に死んじまわなかったんだよ。あんたが死んじまっても、ロァの心は帰ってきゃしない。なのに今更あんたが死ぬってことは、あんた、どういう事か判ってるのかい?」
ジニーのきつい眼差しの奥が「あの時アマロが生きる事を選ぶ女である事をしっていたんだ」とささやいた。
ジニーを追いやってまで生きてゆこうとしたアマロだからこそジニーも今の惨めな境遇をあきらめきれる。
「だけどね。あんたが今死んだら、私はなんなの?ロァにこけにされるだけなら、まだしもあんたの一時の延命のために・・」
ジニーをふみつけにしただけにすぎなくなる。
アマロがロァの女で居る事こそがジニーの惨めさを緩和させている。
ジニーを惨めにさせてでも精一杯生きようとするアマロだからこそ、ジニーも
いきてゆける。
「あんたが懸命にいきてゆこうとするために私を犠牲にするならいいよ。でも、あんたが死ぬために私をこんな惨めさに叩き込みたかったのかい?」
これこそロァの仕打ちに勝るアマロの所業じゃないか?
ジニーを不幸に追いやったアマロにこそ一番見せたく無い心をさらけ出してアマロが生きてゆくべき別の理由を説くジニーの底に
こんな惨めな境遇といいながらも生きてゆくジニーの底に
生きてゆこうとする意志で生き抜こうとするジニーの強さがみえた。
その強さはアマロさえ、ささえる。
「そう。もう、二度と死のうなんてかんがえないわ」
ジニーはアマロの言葉に「ふん」と、笑った。
「まあ。私にはどっちでもいいことなんだけどね」
そう、問題は自分こそが生き抜くことでしかない。
「そうね」
生きてゆくため重荷になるものは切り捨てるしかない。
ケジントンへの愛から脱皮する為の試練を乗り越えたアマロはもう古い殻が役に立たない古巣でしかなくなっていることにきがついていた。
空蝉の重い殻はさっきアマロの代わりに藍色の海に飛び込んだのだ。
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