ロァの横をすり抜けた女に惜別の翳り一つも見せぬまま、ロァは新しい女を部屋の中に迎え入れるに大げさすぎる礼を見せた。
ドアのノブを押さえ大きく開くと、胸元に左手をあて、右手の平で部屋の中へどうぞとアマロをいざなう。
「公爵夫人。どうぞ、中に」
もちろん、今あったばかりのロァがアマロの身分をしるわけはない。
多少なり着衣の品が良く、その好みもアマロの気品につりあうものであった。
アマロの外見上をいうか、あるいは、ロァのアマロへの気に入りようを公爵夫人とたとえてみたか。
ロァの部屋に一歩入れば後ろ手でドアを閉めるロァはアマロを食い入るようにみつめていたが、
「俺の女になっておいてそんはない」
なおも、アマロに向けて、服従すべきを説く。
「まず・・」
ロァは部屋の奥にあるもう一つのドアを指指した。
「バスタブがある」
船の中で何よりも得がたく貴重なものは水である。
ロァとロァの女だけがこの水を使い放題に使える。
身体を洗うためだけに水を貯め、そして、捨て去る。
船上生活においては、尚、この上も無い贅沢である。
そして、ロァはいう。
「汗くさい男にだかれたくなかろう?」
男と女のその時に、いくら目を瞑ってみても、匂いと云うものは現実への意識をとりもどさせてしまうものである。せめても荒くれた男に犯される女にならずにすむ事はもっと、贅沢であろうとわらう。
ロァが繊細にも匂いに拘る。
もっといえば、海賊らしからず香を好んだ。
ロァの中に貴族への憧れがあるせいであり、それが自分の女としてアマロを部屋に招じいれるに「公爵夫人」と呼んだわけもそこにあった。
が、このロァの匂いへのこだわりが、ロァがアマロを気遣った意味とは違うところで、見知らぬ男に犯される女の精神的苦痛をやわらげることになるのである。
「とにかくは、まずその特典にひたってみるがよかろう」
つまり、砕けた言い方をすればロァはアマロに一風呂浴びて来いといってくれているのである。
突然紳士を気取りだした男はじっとアマロが浴室から出てくるのをまっていた。
汗を流し終えたアマロは浴室の端の壁に吊るされたバスローブを眺めていた。
身体を包むに大きすぎるバスローブはロァの物であろう。
その横に、昨日までジニーが使っていたに違いない小ぶりなローブがある。
アマロは迷った末、荒いざらされたロァのバスローブに手を通した。
汗を流したアマロは一端脱いだ自分の服を着なおす気になれなかった。
ロァはこういう女の気持ちを見抜いた上で、バスタブを特典だといいのけていえるのである。
だが、かといって、どうせ、一糸纏わぬ裸身になる男と女の痴情の沙汰がドアの1枚向こうにあると覚悟していても、なに一つ纏わずでてゆくわけにはいかない。
そして、アマロは随分長い間、二つのローブをながめ選択に迷った。
ジニーの使っていたローブを羽織れば、自分がジニーの代わりになるようでいくらか、惨めであった。
事実はその通りでしかない。
いつか、また、ロァは新しい女を得、アマロもまた、ジニーのように下にいけといわれる日がくる。
ロァの云ったとおり、「女」の代わりでしかない。
それでも、ジニーの使っていたローブを使う事は、遠慮会釈無いロァの欲望を拭ったあげく、消耗品として扱われ捨て去られた女に成り下がったジニーにまで、屈服するように思えた。
が、かといって、ロァの物を纏うことは、ロァにジニーの代わりでなく、ロァの女として、認めてほしい。ロァのローブにくるまれるように、ロァ自身にくるまれたい。ロァの「女の代わり」でなく、ロァの「女」になりたいと表明するにひとしいことになる。
汚れた自分の服か、裸か、ジニーのローブか、ロァのローブか。
四者択一の結論は、これから起きる事実がきめさせた。
アマロの気持ちがどうあれ、これから起きる事は、ロァの女こそが、ロァにすべき交渉である。ならば、いくら、こだわってみたところで、形はロァの女になるしかない。
どうせ、生きるなら。どうせ、ロァの女になるなら。
額づいて、いきるまい。ロァこそをアマロの女に屈服させてやる。
ふん、と、アマロは鼻をならした。
「外はおまえの物でも、中身は私、アマロ」
それが証拠にアマロの脱いだ服をロァのローブの合った場所につりさげる。
その横にはロァがきれない小さな女物のローブ。
「ロァ。お前が纏うものなんかないだろ?」
ロァのローブをまとうと、浴室のドアを開け、アマロはロァの前にたった。
大きすぎるローブを纏った女がロァの目に、幼い子供が父親の靴に足を突っ込んだようにかわいく映っているとは、よもや、思ってもいない。
「これは、これは、公爵夫人。私どもがうかつでしたな」
ロァは女の心を見抜くに長けているとみえる。
ジニーが着ていたものになぞ手を通したくないアマロをなだめた。
「近いうちに、公爵夫人のお目触りを」
女としての自尊心をロァに見抜かれたアマロは、ただ、ロァをやりこめるため、ロァの話の腰をおった。
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