憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―アマロ― 2  白蛇抄第15話

2022-09-07 07:43:34 | ―アマロ―  白蛇抄第15話

アマロは英吉利のケジントンにくらしていた。
伯爵の爵位の通り、絢爛な生活は裕福としかいえない。
このアマロが、ケジントンからリバプール行きの船にのったのは、
年老いた母の病の報をしったゆえである。
アマロは三日の船旅の後、母にあえるはずであった。
家に残した七つの娘と五つの息子の事がきになったが、長の別れではない。
この後には長の別れになるだろう母に、せめて一目合いたいと、
アマロは単身、故郷に赴く法を船旅にした。

ゆれる船内で母への不安が一層大きく揺らされる。
アマロは船室にこもったまま、母の延命をいのりつづけていた。
だが、運命と云うものは皮肉なものでしかない。
この船はアマロの祈りも虚しく、盗賊船に遭遇する事になる。
母の延命を祈るどころではない、己の命の灯さえかき消される事態がおきた。
身に着けている貴重な品物を奪い取られるぐらい、安いものだと思わす船員の屍を盗賊の後ろにながめながら、アロマもやはり、身に着けていた宝石を自らはずし刃を向ける盗賊にわたした。
そして、女ばかりが残った船。
甲板に引きずり出された女は、一塊になり己の運命をなげいた。
強奪を終え、船の食料さえ、自船に運び込んだ盗賊は女達の前にたった。
ここで殺されるも。この船に捨て置かれるも。結果は同じだ。
互いの肩を抱いた女達はせめての延命を願うしかなかった。
漂流し始めたこの船を捜してくれるものが居るかもしれない。
リバプールに到着しない船をきっと、さがしにくる。
見つけ出されるまで、幾日かかるかわからないが今ここで殺されるよりは生き延びれる可能性がある。
出来るだけ穏やかに。
アロマは盗賊の頭領格と思う男にかたりかけた。
「どうぞ、命だけはおたすけください。このまま、私達を・・・」
何と言えばよいか、判らなかった。
船の中に捨て置いて下さい。こういえばよいのだろうか。
「もし、私達が生延びることがあっても、貴方方の事はいっさい何もはなしません」
男に願いながら同時にアロマは他の女達にも、いっていた。
アロマの言葉にふるえながらも、女達はしゃにむにうなづくだけしかできなかった。
「あのとおりです。いっさい、何も話す事さえ出来ないでしょう。ごしょうですから」
アロマの願いを聞いている男はじっとうでをくんでいた。
その腕を解くと
「たしかに、おまえの言うとおり、俺たちの事は毛から先も喋れやしないだろう」
と、アロマをみすえる。
「だが、御前は違う。恐ろしくて口を訊く事さえ出来ないあいつらとはちがう」
つまり、アロマは喋る。俺たちの事を喋るという。
「いえ。おやくそくします。私もけして・・」
アロマの言葉が男の一喝で途切れた。
「残念なことだが」
男はそういった。
「われわれは盗賊である以上、欲しい物は我が物にする。吾らの搾取を邪魔立てするものには、制裁をあたえ、いらぬものはすておく。要る、要らぬはお前たちが勝手にはならない。われらがきめる」
男の言葉が通るように辺りに響くときりつまった口笛と拍手とほうほうの歓声があがる。
アマロは男の言葉を聴くとわずかな安心を得た。
少なくとも、女達は盗賊の搾取を邪魔立てしたりしない。
この時点で命の保障は得られたと思ったからである。
「親方・・親方・・・」
盗賊の手下はねだる。
ゆっくりと手下を振り向いた男は後姿のままアマロの前でうなづいた。
頷いた男が
「まず。上にたつ者から、欲しい物をとる。この、残りは平等に分配される」
男は、ゆっくりとアマロをふりかえり、屈強な身体を僅かにこごめてみせる。
つまり。
「俺は鼻っ柱の強い女がすきだ。頭のいい女もな。
震えて口もきけない女ばかりが、女と思っていたが、お前はそうじゃないな」
男の選択がきまり、残りの女はねだった手下達の取り分になる。
男の提示した運命がどういう事であるかを知るアマロの瞳は恐怖に見開かれたままになっている。
断れば、それは搾取を邪魔したということになるのだろう。
陵辱か死か。
この二つに一つの選択しかない。
アマロ自身が自分の運命を選択しているこの僅かの間に手下達もまた、己の嗜好に合う女を選択している。
いやおうも無く生きる道を指し示される女達は震えるまま従順な羊のように男の手に引きずられてゆくことを観念していた。
「あ」
僅かな声が漏れたアマロを見た頭領格は静かに口を開いた。
「力の無い者は、いらない。見た目から淫売と判る女も要らない。
女は共有される道具だから、要らぬ病を持ち込まれては困る」
この選択肢からこぼれた老婦人が一人、甲板に取り残された。
男達は気に入った女を腕に抱え込んでいる。
女を抱え込める者はこの盗賊集団の中で上位の者なのだろう。
こんな事が判ったって何の足しにも成りはしない。
アマロは男を見詰め返した。
呪詛を籠め、憎しみを籠め、男をくいいるように見詰めるしかなかった。
「おまえは・・せめて、俺だけの女になれるように努力するしかない」
男はアマロに伸ばした手をひろげてみせた。
「それとも、この場で死ぬぐらいの覚悟でいるか?」
すておきにはせぬ。
搾取を阻んだ女はいかしておけぬ。
男の冷たい宣託を知ったアマロの口を付いた笑い声に自分でおどろいた。
「共有させないだけでも、ありがたいとおもえということですか?」
男は冷徹。わらってみせた。
「頭のいい女だけが、生きるか死ぬかを自分で決められるんだ」
アマロは男の後ろにある抜けるような蒼空をみつめた。
この空の下に夫と子供がいる。
たとえ、一生逢う事が出来なくなっても彼らの存在を思う事はできる。
この空の下で彼らを思う自分をなくすまい。
思いは自由だ。
アマロは、うなづいた。
自分の選択で生きる事を選ばすこの男は、そんなに捨てたもんじゃないだろうとアマロは娼婦のようにうなづいた。

船を移るとき老婦人の哀願がきこえた。
「わたしもつれていってくださいよおおおお」
例えこの先に陵辱しかなくても、
何人もの男のなぐさみものにされても、
要らぬ者として置き去りにされるに勝る過酷な仕打ちは無い。
こんな、こんなときだから。
こんなことが、こんなことが。
連れ去られる方が余程、どんなに幸福であるかと老夫人がおしえていた。
悲痛な声がとぎれ、老婆は海賊船に招待される掛け橋が取り外されるのを見詰めるしかなかった。
船が動き始め、ぶんどった獲物を片付けだす下っ端の横を数人の女が、幾人かの男にひきずられ、船倉の奥にきえてゆく。
アマロだけが頭領の側に立ってそれをみおくっていた。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿