もう一度レフイスの手を取ろうかどうしょうかとアランは迷った。
レフイスがアランの示した好意は
テイオとの続きを模索させるだけでしかない。
それはアランにとってはあるいはとっても都合のいい事ではある。
どんなにテイオが遠い存在であるか、
どんなに手答えのない空虚な存在であるかを
レフイスに早く気がつかせてゆくことであろう。
が、その事はレフイスにこんなにまで哀しい顔をさせてしまう。
そして淋しい心を埋める為に
レフイスは一人になるとテイオを思って、そして、泣く事だろう。
そう考えるとアランは
自分がレフイスを支えられる相手になれない事を
思い知らされるだけだった。
レフイスの哀しい顔が自分のせいに思えて
殊更辛く感じられた時
アランの瞳がレフイスを見詰める事から僅かに逃げた。
「ん?」
アランが気がついたのは
ベッドの上に投げ出されたテイオの日記だった。
無造作に置かれた日記でしかなかったら
アランも気にとめなかっただろう。
僅かに煙にいぶられた跡が残った日記らしきものに
アランは目をこらした。
レフイスはアランの目に映った物に気がついた。
「テイオの日記なの・・・」
レフイスがその日記を一度は燃やそうとした事があるんだと
アランは思った。
だけど今のレフイスがそうである様にテイオの日記もやはり残っている。
こんな物があるばかりにレフイスは
尚更生々しいテイオの存在感に縛られてしまっているのだ。
アランの日記を見詰めた瞳の奥に
禍禍しい悪霊でも見る険しい光が浮んでいた。
だが、そのアランの瞳の光をかき消したのはレフイスだった。
「よめないの」
意外な言葉でもあった反面。
そうだろうなとアランを頷かせる言葉でもあった。
「あなたのいうとおりよ。もう、決着をつけなきゃって思うのよ。
でも、読めない」
「そんなもの、読んで決着がつくのか?」
「わからない」
「だろうな。読んで見て
決着をつけられたら良いって思いじゃ決着はつかないさ」
「どういうこと?」
「決着をつけるためによまなきゃ。
読んで決着をつけなきゃならなくなる事が書いてあったらって、
そう考えるからいつまでたってもよめやしない。
とっくに死んじゃったやつじゃないか?
なのに、テイオはアンタのなかじゃ死ねていない」
「死ねる?」
「そうさ。生きてたんだ。同じ様に死ねなきゃ生きてた事になんないんだ」
「あの・・・?」
アランのいう事はレフイスの頭の中を混迷させていた。
「生きてたって事を認めてやりたかったら
同じ様に死んだって事も認めなきゃ。
アンタの思ってるテイオってのはアンタが生み出したゾンビなんだよ」
「違う。そうじゃない。テイオは・・・」
「抱き締めてくれるか?
好きだよって頬を染めてつたえてくれるか?
アンタがそのテイオを見てあんたを幸せな気分にしてくれるか?」
「ちがう。でも・・・」
「アンタを悲痛なほど哀しい気分にさせてるのは、
アンタのテイオがゾンビだって事を哀しんでるからだ。
判ってるからだ」
「違う。ちがう・・・」
「違わない!だったら、読んで見ろよ。
これをよんでみろ。そして自分が愛されてた事を喜んでみせろよ。
死んだテイオがそんな思いを持っていてくれた事を素直に喜べない?
それは、あんたがテイオが死んだ事を認めてないせいだろ?」
ベッドの日記に手を伸ばしたアランは
レフイスにその日記を突きつけて見せていた。
レフイスはアランの手から日記を取り返そうとしたが、
アランはその手を振り払うと
日記を無造作に開け、その場所を読み出した。
『レフイスの言う通りの名前にするのも悪くはないんだけど。
僕はこのヨットにもっと色んな可能性をみつけてるんだ。
だからあんまし少女趣味な名前をつけちまうと僕まであ・・・』
レフイスが恐れる様に耳を塞いで座り込んでしまった。
「きけよ・・・」
レフイスはアランの声に小さく振り搾る様な声で答えた。
「そのヨットで死んだの。
大風を避ける為に沖にでようとして、
ヨットの事なんか大事にして、死んじゃったの・・・」
しゃがみ込んだレフイスが顔を覆い声を殺して泣き出していた。
肩が小さく震えていた。
その肩がアランがしようとしている事が
レフイスをこうまでも無残に苦しめるだけだと教えていた。
「・・・・すまなかった」
何を伝えればいい。
明るい笑顔を取戻してくれさえすればいい。
例え相手が自分でなくてもいい。
レフイスが愛されてる事に瞳を輝かせ頬を紅潮させ
生きてる事を精一杯喜べれたらいい。
それがテイオじゃ駄目なんだって事。
それにきがついてほしいだけなんだって。
ないてるレフイスだったけどそれでもアランは言ってみたかった。
「なあ。アンタの人生は死んだ人間を思って
悲壮感に包まれて終っちゃいけないんだ。
其れじゃ、アンタもしんでるって事なんだぜ。
生きてるって事は誰かを幸せにしてやんなきゃなんないって事なんだ。
アンタも誰かを幸せにしてやんなきゃいけないのに、
テイオの事ばっか考えて、生きてる人間所か
テイオを自分も回りも全部不幸にしちまってるんだ」
「まわり?」
かすかに小首を上げてレフイスはアランに問い直した。
「アンタが生きてる事をよろこんでる、皆さ」
「・・・・」
「皆、アンタに幸せな女の子であってほしいんだ」
「・・・・・」
レフイスの瞳の中の哀しい色が少しだけ薄らいだような気がした。
「この日記、俺がよんでいいか?」
「え?」
「アンタがそんなにまで忘れらんないテイオの思い、
誰もしらないんじゃ、たまんないだろ?」
アランの言葉はレフイスをかすかにうなづかせた。
「何が書いてあっても、私に教えたりしない?」
「ああ。アンタがいつか、自分でよめるときまでなにもいいやしない」
アランはテイオの日記を擦る様になでると
「じゃあ。もう、おやすみ」
と、立ちあがった。
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