やけつくような真夏の日差しが
アランの首筋から額から所構わず汗を吹き出させていた。
一陣の風が路地を吹きぬけ、風の中は潮の香りがみちていた。
荷物を肩から下ろし
アランは首筋に巻きつけていたタオルで汗をふいた。
海の近くのレフイスの家までもう直ぐだった。
荷物を担ぎ直すとアランはレフイスの家をめざした。
入り江を取り巻く様に家々が立ち並んでいる。
その中ほどの赤い屋根の家。
天辺に胴色がすっかり緑青色になった風見鶏がついてるから
すぐ判るとレフイスはいっていた。
アランの目に風見鶏がくるくるとまわるのがみえた。
吹き止んだ風が風見鶏を止め
レフイスの言うとおり緑青色の風見鶏が赤い屋根に映えていた
ふき返した風が風見鶏を再びくるくると回らせ始めると
レフイスに早くおいでよと言われている様に思えてアランは足を早めた。
レフイスの家のチャイムをおすと
中から少し年老いた女性の声がきこえた。
玄関に立ったアランの姿をドアを開けた女性がみつけると
「アランさん?」
アランは自分の事を説明することもいらなくなった。
突然の来訪の非礼を詫びる言葉も。
「レフイスから聞いていてよ。さあ、どうぞ・・・」
と、いう女性の歓迎の言葉にすりかえられた。
「あ、はい。あの・・・」
レフイスがアランがいつきてもいいように
配慮してくれていたことも嬉しかったが、
それは裏を返せばレフイスがアランの来訪を
心のそこから待ち望んでいた事にもなる。
だけど。
アランの困惑に女性、レフイスの母親が答えをだした。
「レフイスは今、でかけてるの」
「あ、そうなのですか・・・」
「あの・・」
レフイスの母親はアランの顔をじっとみつめていたが
「あのこから色々聞いてらっしゃるんでしょ?」
と、確かめる様に聞いた。
娘をわざわざ尋ねて来るほどの青年が、
その青年の来訪を心待ちにしているレフイスが
御互いの感情を確かめあうことがあったことだろう。
それと同じ様にレフイスが閉ざした心を開く為に
青年がレフイスからテイオの事も
なにもかもさらけだされたのではないのだろうか?
「あ・・あの、テイオの?」
「ええ」
やはりレフイスは青年に心を開き
幼馴染の名前さえ口にだしていたのだ。
「テイオの日記をかえしそびれてもいたし・・・」
「え?あなたに。あ、あなた?
それを、あのこのかわりによんであげてくれたの?」
「はい」
レフイスの母親は膝においてた手で涙を拭った。
「ありがとう」
「いや、そんな・・・」
「あれから四年も経つというのに
航海から帰ってきてもテイオの日記を膝にのせたまま
又じっと海をみてるだけのレフイスをみてなきゃならないって
覚悟してたのよ。
でも、帰って来たレフイスが最初に
『母さん。友達がたずねてくるわよ。よろしくね』っていったの」
レフイスの母親の膝に置いた手が再び零れ落ちる泪を拭い出した。
楽しげに喋り出した船に乗った話しの中の半分以上が
アランと言う名の男の人の話しだった。
「レフイスの言うとおり、綺麗な瞳ね。
それで私にもようやくわかったのよ。
たずねてくれる友達の名前がアランだっていうことも、
それと、レフイスの嘘も」
「嘘?って」
「友達なんかじゃなくってよね?」
「あ・・・」
「ちがっていて?」
「まだ、はっきりとは・・・」
「そう」
レフイスの母親には判っていたことだったのだろう。
テイオへの心を取り去ってしまう事がまだまだむつかしいことを。
だいいち、そうでなければ青年が
レフイスをたずねてくることはないだろう。
それどころか
今頃はレフイスが今年はかえらないよって
アランの元から電話をよこして
両親そろってレフイスを変えた青年を見届けにいっていたことであろう。
「あのね。レフイスが随分変わったのは本当なのよ。
帰って来たレフイスの替わり様に私も黙っておこうかと思ったの」
「あの?」
不安げな話し振りは
アランの内心を穏やかにさせて置けるわけもなかった。
顔色が変わったアランを見詰めていたレフイスの母親だったが
「愛してくれてるのね」
と、アランの変化のわけはそこにある事をみとめると
「あのね。テイオの亡骸があがったの」
「ああ・・」
「それで、テイオの墓にいってるの」
「ああ、でかけてるって・・・」
「ええ」
レフイスはテイオの前に座りこんだままなのだろうか?
「やっと、笑顔を見せ始めてるこだったからいいたくはなかったの。
でも、もう乗り越えなきゃなんない時期じゃないのかなって?
あなたっていう存在が現れたから
テイオもやっと死んだんだってつげにきたんじゃないかって
そう、思えて」
「そうだと思います」
「話した事をゆるしてくれて?」
アランは首を振った。
「ゆるすもなにも、テイオのそれはいつごろだったのですか?」
「3ヶ月くらいまえよ」
「だったら、御母さんのいうとおりです。
僕はその頃にレフイスの側にいるようになったんです。
多分テイオは僕の気持ちを知って
レフイスを僕に託す為にもあがってきたんだ、と。
だから、御母さんが話してくれてよかったんだとおもいます」
「そうね」
この青年はテイオの日記をよんでいるんだ。
レフイスも知らないテイオの思いを、考えを、事実をしっている。
「いやじゃなかったら、レフイスをむかえにいってくれるかしら?」
「あの?」
レフイスの母親は青年の戸惑いを見越して慌てて言葉を告いだ。
「お墓までの道は地図に書いてあげるわ」
きたばかりの所の墓がどこをどう行けばよいか
皆目見当がつくわけがない。
「あなた。やさしいこね」
「え?」
「俺でよくってよ」
「あ?レフイス。そんなことまで?」
「礼儀正しくて、けっして変な奴じゃないよって私にまできづかってくれて。でも、俺って言ったってちっともかまわなくてよ」
「はい」
喋ってる間にレフイスの母親が書いてくれた地図を受取ると
アランは外に飛び出した。
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