陽道の元を訪れた織絵の顔が暗い。
陽道が引寄せる腕を押しのけられると陽道も訝しげに、織絵を見た。
「どうした?」
「・・・・」
「障りか?」
月の物のせいで触れられるのを嫌がったかと思ったのである。
「ならば・・良い・・・」
「・・・・」
胸に記するものがある。陽道がそれを言おうとすると
「孕んでしもうた」
織絵が先に切り出した。
「まずいの・・・・」
鉄斎に言い分けが立たぬ。
己の進退がとうとう窮まる。
「掻き出すかの」
孕み落しは人の子にはきかぬ。
益してや、望んで深みに落ちた者同士であれば、
鬼の子であろうときかぬ。
と、なると最悪掻き出すという方法があるが、
言った側から陽道も
自分の子を無くしたくも無い事に気が付いている。
「厭じゃ・・・陽道の子じゃのに」
そう、言い寄せてくる織絵に、陽道も
「わしもじゃ。織絵の子なら産ましめたい」
と、いうのである。
そうなると織絵こと、波陀羅もじっと案を模索し始めた。
「荒神の退治も出来ぬ上、
子を孕ませたとなれば・・・・わしも危ない」
陽道がぽつりと呟く。
「のう。産まれくるのは・・・人かの?」
「あ、」
鬼である波陀羅に乗っ取られた織絵の体から
生まれくるのが、人であるとは言い切れない。
「判らぬ。八分方、人の・・・」
そういう陽道の言葉が止まった。
「どうした?」
「あ、いや・・・」
鬼の子など要らぬのである。
波陀羅は、その陽道の顔で陽道の思いが見て取れた。
織絵の子ならばこそ、欲しいのである。
鬼の子なら、掻き出せとでも言出しかねない。
しばらく考えていた波陀羅であったが、やがて
「二人の身の立つ様にしよう」
波陀羅の言う事は何処ぞの鬼を退治しようと言うのである。
そうすれば、まず第一に陽道の面目が立つ。
「だが、腹の子は?」
「その、鬼のせいにすればよい」
が、鬼の子と言われれば
何処の親でも考えつこう事を陽道は口にした。
「孕み落しをせよと言われよう?」
「もう、遅いとでも・・・なんとでも」
「・・・・」
「ふ、こうなったのも、私の落ち度。
鬼の子を孕んだとあらば世間様の手前も御座いましょう。
この陽道が先に織絵様と深い仲になったのを
知ってとうとう、鬼が姿を現したのを、
討ち取ったという事にして、世間の手前、
陽道に織絵様を下さりませ」
波陀羅が陽道にそう、知恵を含ませると
「う、は、はははは。成る程。
万が一。鬼で生まれても、言い訳が立つ。
わしに似ていても、夫婦事の性が入り組んだと言える。
おまけに荒神を退治できれば」
一挙両得を絵に書いたような物である。
「命あっての物だね。
織絵の孕んだ事など、鬼の首を見れば、鉄斎も・・・」
突然、波陀羅が鉄斎の声色を真似て謡を唸る。
「恐ろしや~良くぞ、助けおりてや~~ありがたや~~」
それに続けて陽道が
「そこまで言わしめるなら~~
こちらからたっての願い~~どうぞ、織絵の婿殿に~~」
浄瑠璃の如き節回しで二人が掛け合う。
波陀羅の描いた筋書きに陽道も乗気でいるのが判った。
「だが、肝心の鬼は?」
鬼のことは鬼に聞くしかない。
「考えがあるに・・・・やっかむなよ」
念押しして波陀羅は己の企みを陽道に話し聞かせた。
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