憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

波陀羅・・・9   白蛇抄第5話

2022-12-13 09:43:55 | 波陀羅  白蛇抄第5話

―― 邪鬼! ―――
その姿を見つけたのが伽羅である。

昨日の事であった。
新羅が怒鳴りながら伽羅の住処に入り来ると
あちらこちらを探し回る。
邪鬼丸を探しているのである。
『新羅・・・・』
ここに隠れておらぬと判ると新羅は伽羅をといつめる。
「邪鬼を何処にかくした」
「来ておらぬ」
「嘘を言え」
邪鬼丸の事だ。
又、人間の女子の所に行っておるのだと、
伽羅は思ったが新羅の腹の膨らみにそれを堪えた。
新羅はそれを知らない。
子まで宿しおるのに邪鬼の相手が伽羅だけで無く、
人間にまで手をだしていると言うのは忍びなかった。
「隠しておるに。他に落ち合う場所を作っておるのか?
そこに居るのか?」
「知らぬ。ほんに知らぬ」
「もう・・・十日も帰って来ぬのじゃ」
遅うなっても帰って来る。
まかり間違っても次の日の朝には何時の間にか新羅の側に居た。
ここに邪鬼は、必ず帰ってくる。
結局ここがいいのだ。
新羅が良いのだ。
そう思えて、新羅も伽羅の事は目を瞑った。
腹もいこうなると、邪鬼への勤めも果し憎うなる。
何の相手もしてやれぬのに帰って来るのであらば、
良しとするしかないのである。
が・・・・
「十日も?」
伽羅も引き止めても帰る邪鬼を知っている。
それが十日も居続けになるほどに骨抜きにされているとなると、
ちっとやそっとでは帰って来ぬかもしれぬ。
「ほんに・・知らぬか?とぼけけおるのでないかや」
「いいや、新羅。怒りよるなよ」
「言うてみや」
「我の所に来たは、もう・・十日以上前じゃ」
「・・・・」
「やはり、他に女子がおるのだの」
「あ」
新羅とて、気がつくことである。
「伽羅も知りとうないかもしれぬがの・・織絵という名を呼びよってな」
「織絵?」
「問い詰めたらの。生まれくる子の名を考えておったというに・・
わしは、女子の子が良いのと余り、嬉しげに言うに・・・
それ以上は聞けなんだ」
「織・・・絵」
「人間の女子のような名じゃに。そう思わんか?」
「新羅がそう言うなら・・・そうやもしれん」
「伽羅に言う筋合いではないが、探して来てくれぬか?
この、身体では我もどうにもならぬ。それに・・・」
「それに・・・?」
「いやな予感がするに。
十日前の夜にひどく腹の子が暴れおってしくしく腹が痛む。
それからは嘘の様に動かぬ。
婆様が心の音をきいてくれて、生きておるに
赤子は大丈夫じゃというておったが・・・
それが事が、妙に気にかかる」
「判った。
どうせ、何処ぞの女子の所に居続けておるのじゃろう。
要らぬ心配すなや」
そう新羅に言い残して里に出てきた。
新羅に言われた時伽羅の中にも、ぞくとした思いが湧いた。
いつか、祟り目が来る。
そう思うほど邪鬼の色狂いは度を越していた。

里に下りて邪鬼丸を捜し歩いた伽羅が目にした物は、
無残なものだった。

――川原の木に逆さに干されている鬼の身体に首が無い――

油糊が出ているその首からもう、血が落ちる様ではない。
邪鬼に間違いない。
その身体に幾度擁かれたか。
首がのうても伽羅が見紛う訳が無い。
括られた紐を解いて
邪鬼の身体を持ち去って行こうとしたが、因綬が掛っている。
紐の結びも護法の印綬の型に結ばれている。
「陰陽師の・・・仕業」
首も何処かにひもろぎを張って塩付けにされているに決っている。
に、しても、もう、この身体に首を繋ぐ事はできない。
死ぬるのを塩桶の中で待つしかないのである。
どうにもならぬと判ると伽羅は伯母小山に飛んだ。
じっと座り込んでいた新羅が帰って着た伽羅に気がついた。
「どうじゃった。居ったに?」
「新羅。落ちついて聞けや」
「え・・・・」
「どこぞの娘に手を出したのじゃろう」
「何処に?何処に・・・居るに?」
伽羅は頭を振った。新羅はそれを見ると、口を閉じた。
「親御が腹を立てて、陰陽師を呼んだのじゃろう」
「え?」
「・・・」
「そ、それでは?」
陰陽師。
鬼を狩ることが出来る唯一の存在であるといっていい。
その陰陽師が呼ばれたということは・・・・。
新羅の胸に察するものがある。
はたして、
「川原に逆さに吊るされておるに紐が外れん。
連れて帰る事も適わん」
「生き・・生きておるのか・・や?」
伽羅は頭を振った。
「首を切られておる」
「それでは、邪鬼かどうか判らぬ。違うやもしれん」
「お前。邪鬼の身体を見紛うか?」
新羅が恐れる様に小さく首を振った。
「新羅にはすまぬが伽羅は邪鬼とは五年ごしの仲じゃに」
「ん・・・」
「間違う訳が無い」
「・・・・・・」
新羅の肩が小さく震えるのを伽羅は黙って見ていた。
「連れて行ってくれぬか?」
新羅が邪鬼丸のその身体だけにでも別れを告げたくもあり、
己の目で邪鬼丸である事をはっきりと確かめたいのでもある。
「見ない方がいい」
「・・・・・」
「見たら、酷うてやりきれん」
「すまなんだ」
それを見せに行った事を新羅は伽羅に詫びた。
「どうしょうもない」
邪鬼丸に落ち度がある以上
呪術をもってやり返しても反古にされる。
それ所か陰陽師相手に鏡の因理におうて
刎ね返されたら我が身が危ない。
陽道と波陀羅の企みに
邪鬼丸が命を落したと知るわけもない伽羅はそう言うしかない。
「諦めよ・・・とか」
「新羅。のうなった者の仇を取れぬは悔しかろうが
こうなったら、その腹の子だけが邪鬼の生きた証じゃに。
その子を思うて辛抱しや」
「伽羅」
「伽羅には、子は宿らなんだに。邪鬼も望まなんだに。
何も残らぬに、何も無いに」
「・・・・・伽羅 」
「それだけでも、どんなに幸せかと思うて、諦めるしかないに。
伽羅には諦める物が何も・・・無・・い・・・」
二人の女鬼の号泣が重なり合い祠の中に響き渡った。



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