あくどい男であるが、一人の女をどうにも出来ぬらしく
抱いた女子、抱いた女子にその思いをぶつけるが如く
女の名を呼ぶ。
(織絵・・織絵・・織絵・・・)
男が他の女子の名を呼んでいるのさえ気がつかないほど
抱かれた女子も執拗な高い快感にほだされて
何度も何度も後を引く長い声を上げていた。
どのような持ち物があれほど女子を無我夢中にさせてしまうのか、それ程の男が織絵を物に出来ない。
不思議な心持と
生唾の出てくるような男への興味とで
波陀羅はその男をに目を向けるようになった。
それが陽道であった。
――そして、その陽道がとうとう織絵を殺してしもうた―――
軍冶山の冷冷とした、棲家に戻るのもつまらなかった。
どうせ戻っても誰にも相手にされない。
おまけに白拍子に身を変えて
人間の男に相手をさせていたのも
良い程取り沙汰にされておろう。
織絵の家は波振りも良い。
陽道にも一度は抱かれてみたかった。
良い暮らしと波陀羅を抱く相手が一遍に手にはいる。
思い切って波陀羅は陽道の前に姿を現したのである。
賀刈陽道――齢二十六という。
この男、陰陽師なのであるが言う事が違っていた。
筋は通っている。
正しく筋が通っているのではない。
裏を返せばそれも一理という筋である。
(人を殺したというてな。殺した奴が悪いは浮世よ。
殺されねばならぬ因縁抱えておった、そやつを
殺してくれた奴こそ正義よ。
真に悪いは殺されねばならなんだ奴の方よ)
と言うたりもするが、
(と、いうて、それを表沙汰には口にはできぬがの)
と、狡賢く、立ち回る事は、判っているのである。
その陽道が波陀羅の企みを聞くと
「白があらば黒が同じだけいる。丁度良い」
と、言う。
己の仕出かした不始末を白にする為に
邪鬼丸の事を黒にするのが丁度良いという。
邪淫の者を断つは正義である。
織絵の身体を嬲る鬼を陽道が許せる筈もない。
波陀羅が邪鬼丸を狡知の手管にかけた末、
邪鬼丸が乱行のほたえに身を投じている隙をついて
その首を刎ねようと言うのである。
そして、織絵はとうとう邪鬼丸を家にまで連れ込んだ。
一度体を与えると邪鬼丸は当たり前の如く
織絵の元に忍び込み、織絵の上に重なった。
「好いたらしい女子じゃ。ここの具合も良い」
向こうから転がり込んできた女の持ち物を褒め上げると
邪鬼丸の物を入れ込んでやる。
途端に女子の声が上がるかと思うておったが
「邪鬼。我にはお前が初手じゃったに、
お前には・・この女が最後になるに・・・」
「えっ」
邪鬼丸がやっと織絵の正体に気が付くが時すでに遅い。
織絵に締め付けられた太腿を取り払おうと
もがく邪鬼丸の後ろから
その髪を掴んだ陽道が
その首に刃を当てた。
「おっ・・わっ・・」
「よう、切れる」
血糊のつく刀を振り払うと
陽道の手に重く邪鬼丸の首がぶら下る。
「鉄斎殿」
陽道に呼ばれた鉄斎が用意していた盥を差し出すと、
陽道は邪鬼丸の首をその盥の中に放りこんだ
目を背けながら鉄斎は首を持ち去ると
五斗樽の中に放りこんだ。
その上から塩を足るほど入れると
八尺ある樽の底に沈んだ首から
それでも血が上がり白い塩を赤く染出してゆく。
「恐ろしいものだ」
鉄斎はこれで娘が救われたと思うとほっと胸を撫で下ろした。
首を無くした胴を河原に運んで行くと川岸に晒した。
流れる水が後から後から滴り落ちてくる血を拭い去ると
その色を赤く染め変えては流れ去って行く。
後は天から干しにしてからからに乾かして燃やし尽せばよい。
邪鬼丸を退治した陽道の名が天下に知らし召されるのである。
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