ーそんなことはありえない。おまえは妄想にとり憑かれているんだ。女医が何かを気づかせようとしていると思いこんだから、変なことを考え出したんだ。それに、今だって見ろ。おまえ、おかしいじゃないか?俺は誰だ?おまえの別人格だろ?おまえは気がつかぬうちに音叉現象にやられて、俺を浮上させてるんだー
自分を客観視しようとするために、時に自分を対象に会話することはありえる。
私は一瞬自分が狂った錯覚に陥っていた。
だが・・・。
教授の病名をきかなくても、性的虐待があったと考えれば、女医の言ったことがすべて、つじつまがあってくる。
(貴方が聞くに辛い)。
(二次的に周りの人間までだめにする)
(瞳子さんが覚醒したら、廃人になる可能性がある)。
確かにその通りだ。
私も今まさに混乱している。
(私にも危険)その通りだ。
(瞳子さんが親をうとむ)そうなるだろう。
(貴方も夫婦(教授)を憎む)ああ、ああ、そうだ。その通りだ。
だが、もっと悲惨なのは、教授であり、夫人だ。
こんなことが事実なら、確かに夫婦の仲どころか、夫人がそれを知ったら、夫人のほうがおかしくなってしまう。
教授は娘が狂い・・妻が狂い・・正常でいられるだろうか?
いや・・。待て。
やはり、そんなことはありえない。
そんなことがあって、自分のせいで、瞳子が狂ったのだとしたら、教授が平常でいられるわけがない。
もっと・・もがきくるしむんじゃないか?
いや・・。
違う・・そうじゃない。
私の中に渦巻いてくるのは多くの事件のニュースだ。
違う・・違う。
殺人を侵して、逃亡した人間、ばれないように、つかまらないように、とりつくろっていた。
違う!!
だからじゃないか?
だから、教授が同意書にサインしなかった。
女医はそれがわかっていた。
教授のしたこと、瞳子の基の傷がなにか、白日にさらしたら、自分の口からいったら、瞳子を覚醒させたら・・周りすべてがむちゃくちゃになる。
確かに「このままのほうが良い」そういうしかなかったんだ。
違う・・・・。違う・・・・。
私は今、白日夢を見ているんだ。これは夢だ。
「大丈夫ですか?」
女医の声で私は夢から覚めた。一瞬、私の意識が遠のいて、わずかな時間気絶していたのだろう。
「夢・・・じゃないんですよね?」
目の前に女医がいる。瞳子の事件も瞳子の発症も・・なにもかも、現実なのだ・・・。
私は一瞬、発狂しかけたのだろう。
だが、私の深層意識が私に勝った。
このまま、私がくるってしまったら瞳子はどうなる?
その思いが私を現実に引き返す強さを与えてくれていた。
「藤原さん・・・。貴女・・辛かったんですね」
私は女医を名前ではじめて呼んだ。
私の仮定があっていれば、女医は、どんなにか、つらかったろう・・。
事実を告げて、瞳子をひっぱりあげていきたくても、それをしたら、みんな狂う。
教授だって、あるいは、ごまかすのに必死だったろうが、なにもかもがさらけ出されたら、教授だって自殺しかねない。
夫人だってそうだ。
そして、何も知らずのこのこやってきた私は自分まで女医に守られているとは気がつかなかった。
瞳子をなんとか救い出してやりたいと思っていたのはこの女医だったんだ。
私が唯一、なにもかもを知って、瞳子を救い出せる人間だった。
だが、「基の傷」を私に話したら、どうなるか。
私が怒りと悲しみで教授を刺し殺す、そんな逆上だってありえると考えただろう。
だから、私になにもかも話して瞳子を救い出せるなら、そうしたいと思った反面、それをしちゃいけないと考えたはずだ。
だが、私は食い下がっていった。
そのあたりから、女医は私に一縷の望みをたくし始めたに違いない。
「強い精神力をお持ちですね」女医の言葉がよみがえってくる。
自分で真相にきがつかず、女医から事実を告げられていたら、私はパニックをおこして、パニック状態から戻ってこれなくなっていたかもしれない。
「精神病の治療は本人が精神病であることの自覚がないと、治りにくい」と、言った言葉にも真理が隠されている。
自分からの気づきでなければ、自分自身が受け止められない。そういうことだったんだ。
私がかけた言葉は、まだ、それでも、教授の真偽を量るためのものではあった。
あくまでも、それは、女医が初めての往診でみぬいた「基の傷」でしかない。
本当にそうなのか、どうかは、瞳子の催眠療法でしか確かめられないだろう。
だが、女医は私の言葉をきいて、私が女医の見抜いたと思う「基の傷」にきがついたと解かったのだろう。
「貴方・・・」
女医の瞳から突然、大きなしずくがあふれてきていた。
「貴方・・自分がつらいのに、私のことまで・・・」
女医は手で顔を覆い涙のままあふれさすを許した。
「大丈夫ですよ。私は貴女のおっしゃるとおり強い人間ですから。
なにもかも、任せてください。瞳子の催眠療法・・・やってくださいますね」
覆った手を外し、口元にまで伝った涙をぬぐいながら、女医は、今度こそはっきりと、承諾を見せた。
縛り付けていた棘がとかれると、女医は本当のことを自分から話し始めた。
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