憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

白砂に落つ・・・1

2022-12-16 09:37:39 | 白砂に落つ

「とっつあん・・・」
張り付け台に掲げられた佐吉の目に
竹縄の向こうの義父の定次郎がみえた。

女房殺し、が、佐吉なら
大事な娘を殺された父親が定次郎だろう。

娘が犯した不義をおもわば、
佐吉の罪がかなしすぎる。

「おまえが、わるいんじゃねえ」
定次郎の横で泣き崩れる弥彦に
かける声がなんまいだぶと、かわり
手があわせられてゆく。

佐吉は女房殺しの罪で獄門張り付けになる。

お千香が、実の亭主に殺される訳がわからない。

その訳を呵責に耐えかねた弥彦にさっききかされるまで、
佐吉は、処刑の場所に行く事なぞ、考えもしなかった。

 

 

八っつの年から
定次郎の所に預けられた弥彦の
指物師としての、腕はいま、見事に開花している。

定次郎の仕事場から、離れ今は一本立ちになった
弥彦であるが
お千香が佐吉と一緒になると
いいださなければ、

定次郎の跡目をついでもらいたいと、
思っていた男である。

だが、弥彦もお千香も幼い頃から、お互いを見慣れすぎたのか、
異性という目は無論、
夫婦になるという考え方さえなかったようである。

なかったようであるという、妙な言い方も、
わけがある。

少なくとも、
定次郎はそう思っていたし、
お千香もそう思っていた。
だが、
弥彦の胸の中には、お千香が居たのである。

弥彦にお千香への恋慕がなかったら、
佐吉が
お千香を殺す所まで、物事がすすまなかったかというと、
実に微妙なところである。

いろいろな要因が複雑に絡まっていた。

たとえば、
定次郎が弥彦の腕前を愛し、
その気性を愛していなければ、
お千香を追い詰める事もなかったといえる。

お前ら、夫婦にならないかと、
定次郎が言わなければ、
こんな事件がおきずにすんだのかもしれない。

何もかもが
弥彦の口から話しだされると
大きな衝撃を受けた事実よりも、

佐吉の最後を見届けなければならないと
定次郎は処刑場所に走り出したのである。



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