憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―洞の祠―   8 白蛇抄第16話

2022-09-08 16:03:09 | ―洞の祠―   白蛇抄第16話

明日を過ぎれば、どのみち、黒との争いがはじまろう。
宣託の結果も同じ。
きっと、諍いはさけられぬ。
どの道同じ。
宣託との結果と違う事といえば、間違いなくきのえを手に入れたあとに争いは始まる。
それだけの違いだった。
だが、そのことこそ、この二年、きのえをまちこした白峰の執念の結実である。
明日からは友でなくなる、いや、今、この時から決別ははじまり、
きのえを選び取った白峰でしかなくなった。

やってきた娘はおずおずと白峰の前に座るともう話は
どうすれば黒龍の嫁になれるかと、いうことになる。
「あれも・・・神といえど男にちがいわない」
きのえがその意味合いをさっしたか、僅かに頬を染めてうなづいてみせた。
「けれど、黒龍はきのえがことを女子とおもうておらぬ」
いくら、黒龍とて、男であっても、きのえを女子と思わぬ男は
男としてきのえに対峙してこない。
「吾はもう、こどもでないに・・・」
いつまでも、そこにきがつかぬふりをしているだけなのか、
それとも、きのえに女子としての魅力が皆無なのか?
「いや、御前は・・子供のまますぎる」
白峰に告げられた言葉の裏に罠がある。
気がつくわけもないきのえは、素直にうなづいてみせた。
「どこが、ままなのじゃ?どこがいかぬのじゃろうか?」
それを正せば良いと、白峰が教えてくれるとひたむきにしんじるのは、
ただただ、黒龍への恋慕がなさせるわざである。
「そうじゃな」
ちりりと胸がひりつかぬでもない。
「おまえは男の心が判らぬ。これがいかぬ」
「男・・・の心?」
しばし考えこんだが、わかるわけがない。
「どういうことじゃ?」
問い返した言葉を白峰は猛りを開放するきっかけにする。
「こういうことじゃ」
きのえの驚きを声にさせることもなく、白峰は若い牝の身体をくみしいた。
「な?なにを?」
「男と云うものが何を望むか、判っておらぬ。黒とて、男ならこうする」
「それは・・」
どうかこうかもない。
黒龍の気持ちの中にいっさいきのえに対峙する男の気持ちはない。
むしろ、この白峰こそが女としてのきのえをのぞんでいる。
と、白峰はいっている。
「いやじゃ」
おろかにも、白峰の諮りにかけられたときがついた時にはすでにおそい。
「いやじゃ」
離してくれと許してくれと懇願しだすきのえの言葉は白峰の耳に届かない。
「どんなに逆らわれ様と、それでも、好いた女子にこうせずにおけぬ。それが男なのだ」
黒龍には白峰の勝手のかけらひとつさえ、ない。
「おまえは・・吾の事がすきじゃというか?」
いまさら、この白峰から逃れる事が出来ないと悟った娘は白峰の言葉を手繰る。
「黒龍がことは、いくら思うても無駄か・・・」
あふれてくる泪は黒龍との決別を迎える心のためか、身体のためか。
どの道、白峰のものにさせられるこの身体なら、
せめて、無理をおしてでも我が物にしたがる、
白峰の恋情があることを喜ぶしかないのかもしれない。
解き放たれた着物の紐が離され、肌蹴られた裾の中に男の素肌がすべりこんでゆく。
堪えた苦痛が、己のはやったふるまいを嘗め尽くす。
『黒龍。おまえのいうとおり、どうせ、吾がお前の物になれるなら・・
大人しく藤太のものになるべきだった』
だが、その後悔さえせんない。
「おまえが黒をあきらめたとて、藤太のところにもいかせぬ」
心をよんで、まだ、きのえの想いまでくじる。
『いずれ、こうなるしかなかったということか・・・』
白峰の願うとおり諦念をかこちだしたきのえの肌にはそれでも、悲しい震えがおきる。
「七日七夜。これだけが、こちらから強いれる異種婚の限度。そののちは、お前の意志による」
きのえが望めば白峰との間は特別な物として存続する。
「こののち、おまえはこの白峰をのぞむしかなくなる」
七日の間にきのえを白峰の繁茂に落としこむ。
それが出来ると思うのは白峰の恋情の丈深さのせいだけではない。
きのえにいさぎよく、諦める事を選ばさせるしかない特異な物が
確実にきのえをつらぬきとおしている。
黒龍の元に帰る事が出来なくなる身体になるのは、
ほんの一瞬のすきがみせたたやすさでしかない。であるのに、
黒龍の元に帰る事は未来永劫かなう事でなくなる。
強かなさざめきできのえを嬲る白峰の蹂躙が心より痛く身体をかきまわす。
紅の色より赤き印が白峰を染めると、いじわるく、きのえにくぎをさしたくなる。
「初手の男が、わしじゃった事がきのどくじゃな」
性戯にろうたけた男といいたいか。
女とてこんな男を初手に知れば、後のほかの男との交渉はただ、
白峰を追慕させるだけの助けになる。ほうっておいても、きのえは白峰を求むる所になる。
だけでなく、七日を過ぎきのえが他の男を求めようと、
神格の白峰にめでられた女なぞを思うことすら、畏れ多くていけなかろう。
神罰もこうむりたくない、人間の男はこの先きのえを白蛇神の巫女としてまつりあげ、
人としての生業をうばうだけである。
いずれにしろ、きのえの進路は閉ざされ、この先にかえれる場所は白峰しかない。
『めんどうなのは、黒だけだ』
きのえが白峰の言葉をまにうけて、黒龍をあきらめているうちはいい。
だが、黒龍の本心が噴出した時きのえの恋情をくいとめることができるかどうか。
男を知った体と云う恥辱なぞ、黒龍の恋火にあおられれば、
一瞬のうちに色を変えむしろ、
ゆえに一層、きのえの身体の芯に或る物狂おしさを自覚させるだろう。
そうなった時、阻むに阻めぬ一対の炎の融合に泣き狂う己の姿が浮かぶ。
「なんとしても・・・」
黒龍が引くしかない、きのえを作る。
そのためにも・・・。
黒龍にとって、諦めていた筈のことをやりのけずにおけない白峰に徹する。
「たとえ、この身三千世界の芥になっても、お前をはなしとうない」
きのえの虚ろな瞳に白峰が映る。
男が震えている所なぞ見た事がない。
「そんなに・・・きのえが・・・」
欲しいかとは問えずきのえは白峰を映す瞳を閉じた。

 



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