「おんばしゃ。おんばまぁ。ぐだら。そわか・・・・」
「波陀羅」
呼ばれた声に血も凍るような思いで
波陀羅は呼ばれた声に振り向いた。
「ぁ・・・独鈷ではないか」
「えらい事をしてしもうたの」
同門の兄弟子になる独鈷が何故ここに現れたのか
不思議な面差しで見るに、独鈷が
「なに。なみづち様にお前が弱り果てていると言われての」
「あ。なみづち様は我をずうと見遣ってくれおったのか?」
「当り前だろう」
波陀羅はこの時は
まだ、なみづちが波陀羅を見ておった本当の理由も
独鈷を遣わせた本当の理由も知らず、
己のある事を見てくれおる存在に思わず咽び泣いたのである。
「お前。この男が憎いであろうに、何故生き返らす?」
波陀羅の心の底の悲しみを
全て悟っている独鈷の口調が余りに優しい。
「子が憐れじゃに。よう、死なせん」
「わしが、助けてやろうか?」
「え」
波陀羅が織絵にしたように、
独鈷が陽道にそうしてやろうかと言うのである。
「しかし・・・」
「わしは、お前がいかづち、なみづち様の所におる時から
好いておった。
お前が宝の様に子を思うておるならわしにも可愛かろう?」
波陀羅の不安を拭い去る言葉を選んで言う独鈷である。
かてて、愛してくれぬ者のない波陀羅である。
好いておったと聞かされれば
波陀羅が独鈷に縋り付いて行く思いが湧いて来るのである。
「わしが事は・・・厭か?」
「いやではない・・・が」
「ならば、波陀羅。そうさせてくれ。お前と居りたい」
「・・・・」
この美しい織絵を見て言うておるのだと思うと、
波陀羅は、あれから何年経っておるのか、考えていた。
仮に独鈷の言葉が本当の事であったとして、
独鈷の知っている波陀羅は
もう十年以上前の若い波陀羅である。
結局陽道と同じ思いを被せられたくはない。
が、それを口に出すのも惨めな事であった。
「どうした。良いのだろう?な?
良いならば、そんな女の身体から抜け出て波陀羅を見せてくれ」
「え」
波陀羅のままが欲しいと言う。
織絵を一言の元で(そんな女)と、片付けてしまい
織絵なぞ眼中に無いのである。
乾いた心に独鈷の心根が憎いわけがない。
波陀羅は織絵の体から抜け出ると
織絵の身体を打ち伏せるとそのまま独鈷に縋って行った。
『我が良いと言うてくれるか・・我が良いと言うてくれるか』
二つの死体が転がる部屋の中で波陀羅は独鈷に抱かれた。
「波陀羅。なみづち様の元を出てから
男が欲しゅうてしょうがなかったろう?」
「あ、いや・・そんな事は・・・」
「お前は途中で出おったから知らぬがの。
なみづち様は女子の性を、
いなずち様は男の性を差配なさっておるのだ」
「性を?」
「救うて下さるのじゃ。
どうしょうもないほたえを諌めてもくるれば、
恐ろしいほどの性の快感の高みも与えて下される」
「・・・・」
「じゃから、なみづち様の元を離れると殊更情欲に身を焦す。
わしも、いなづち様の元を離れた途端にお前が欲しい」
「情欲で、波陀羅が欲しいだけかや?」
「阿呆。お前じゃから、欲しい。
お前じゃから、もっと・・喘がせてみたい」
「ああ・・・」
「波陀羅。言うてみろ」
「あ、何を?」
「まどうや、まーんさ・・まつや・むどら・まぃとうな」
同じように波陀羅が繰り返していくのを
独鈷は波陀羅の中を蠢かしながら聞いていた。。
「あっ、ああ・・・」
味わった事の無い、鋭く長く高い快感が
波陀羅を捕え出して行く。
「波陀羅。蠢かしてやるに。
よう唱えおれ。もっと・・・深うなる」
「ああ・・・まどうや・まーん・・さ・・まつや・・むど・・・・
は、あ、おううう・・・・おお・・・・おお」
果て無い程のあくめを迎え終わった後も
まだ、独鈷の物がそそり立ったまま
波陀羅の物に突き入れられ蠢かされ揺さ振られて行く。
萎んだ筈の情欲が、
又も小さな快感に動かされ
独鈷の動きに追われてだんだん大きくなってくると
あくめを迎え終わったばかりのほとの中が
大きくうねるように蠢くと波陀羅は次のあくめを迎えた。
二度目のあくめの微動が修まらぬ内に次のあくめが重なってくる。
一度あくめを迎えたほとが次のあくめを迎えるのは早い。
短い間に瞬く間に高い快感が波のように押寄せて来る。
そのうねりを追う様に波陀羅が何時の間にか
独鈷の動きに合わせて腰を動かせている。
それだけで次から次とうねりが寄せてくる中を
波陀羅は溺れる様に泳いでいた。
『気が遠くなり・・・そうじゃ』
そう意識した後。
波陀羅が独鈷の腕の中で気がついた時には
本当に意識を失っていた事が判った。
「こまで、高く・・・深い」
「そうじゃ。マントラのなせる技じゃ」
「ああ」
二人の睦み合いが再び始まる。
波陀羅の口からマントラを唱えられるのを聞きながら
早くも上がってくる効用に波陀羅が浸りこんで行くのを
独鈷が満足気に見詰めていた。
気を失うほどの高い頂点を与えた独鈷は
心の内でなみづち、いなづちに祈りを捧げている。
かほど高いシャクテイを双神に送るが為に
波陀羅にマントラを唱えさせた独鈷であった。
独鈷が波陀羅にさせている事は
確かに波陀羅に目くるめくような心地よい快感を
更に増幅させる秘術でもあったが、
その裏で灯明の芯に寄せ集めて行く油の如き物として、
波陀羅の性の力(シャクテイ)を
双神に送り与える為の念誦でもあった。
性のシャクテイを己の内に取りこんで生きている双神である事を知らぬまま、波陀羅は双神の元を離れている。
情欲の深みを求める者に、
マントラを唱えさせ恐ろしいほどの恍惚を与え尽くす。
が、その見返りに性のシャクテイを吸うのである。
そのような神がおるわけもない。
神とは名乗っているのであるが禍禍しい魔のものでしかない。
やがてマントラに溺れ、マントラなしで生きられぬほどに、
双神の手に落ちる頃にはその魂は腐臭を放つ。
その魂は性欲の不戒地獄への引導を
刻み付けられる事になるのである。
地獄に落ちてもなおマントラを唱え
二度とあたわる事の無い快感を追うて
亡者になってさ迷うのである。
そうと知らず波陀羅はマントラに溺れこみ
陽道の中に独鈷を住まわせた。
なみづちが一度は宗門を潜った波陀羅を見逃すわけもない。
黙って波陀羅を里に帰したのも
波陀羅の情交のシャクテイを掠め取る為であった。
己に返り来る筈のシャクテイを
なみづちに掠め取られているのに気がつかず、
それ故に浅ましいほどにひどく男を渇望したとも知らず
波陀羅は陽道を得た。
が、その陽道を殺してしまうほどになれば、
波陀羅が情交をなさない事になる。
それもつまらぬ事である。
性への渇望がいなづちの元を離れたせいであると、
独鈷は信じこんでいたがなみづちが波陀羅の元に
独鈷を送り込んだのはそんな企みがあったのである。
同時に宗門を離れた独鈷もいなづちに波陀羅同様、
シャクテイを吸われていくのである。
死体が冷たくならぬ内に各々の身体の中に戻り込んで
朝を迎えると陽道と織絵の生活が始まった。
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