第11場ーA[11月9日午後、南佐久郡・野辺山原の高原。 追跡してきた高崎鎮台の吉野大尉、前川中尉の率いる兵隊、並びに警官隊が、困民軍の一隊を追いつめている。]
前川 「中隊長殿、敵は戦う気力を無くしたようですね」
吉野 「うむ、我々が執拗に攻撃を繰り返したからな。ここで息の根を止めてやろう」
前川 「ご覧なさい、人夫どもが荷物を放り出して逃げ出していますよ」
吉野 「駆り出された百姓達だろう、先ほどの銃撃で肝を潰して逃げているんだ。あいつらには用はない、中ほどの白い旗を持った奴らが暴徒の主力だ。そこを狙って、総攻撃をかけよう」
前川 「これで奴らも完全に終りですな」
吉野 「我々の任務も終了する。 全員、銃を構えろ!・・・よし、撃てーっ!(ダダダダーン、ババババーンという一斉射撃の音が鳴り響く) 突撃ーっ!」(鎮台兵が突撃していく)
第11場ーB[同時刻。 菊池、坂本、伊奈野、藤吉ら困民軍側。]
伊奈野 「駄目だ、これ以上は無理だ、もう逃げるしかない」
坂本 「よし、逃げよう!」
菊池 「諸君は良く戦ってくれた、感謝するぞ。バラバラになって逃げるしかないが、絶対に捕まるな。今度又どこかで会いまみえることもある、達者でな」
伊奈野 「総理もお元気で、いろいろ有り難うございました」
坂本 「藤吉君、足の怪我は大丈夫か? 一緒に逃げよう」
藤吉 「ええ、怪我は大したことはありません。それより、僕と一緒にいると、かえって“足手まとい”になるでしょう」
坂本 「何を言ってるんだ、君とは秩父の時以来、ほとんど一緒だったではないか。捕まるなら一緒に捕まろう」
菊池 「いや、一緒に逃げるのは良いが、絶対に捕まらないでくれ」
坂本 「ええ、気を付けます、何とか逃げ延びますよ。 それでは、総理もご無事で。皆さんもお元気で!」
藤吉 「また会える日を楽しみにしています。皆さん、さよなら」
伊奈野 「俺も逃げるぞ、皆さんも達者でな」(全員、三々五々に逃げ落ちていく)
第12場[11月10日午後、東京の内務省。 内務卿室に山県内務卿、大迫警視総監、乃木参謀長がいる。]
山県 「長野の騒動は、もう完全に治まったのか?」
大迫 「はい、現地の岩村田警察署からの報告によりますと、暴徒は南佐久郡一帯で完全に壊滅したということです」
乃木 「高崎鎮台から先ほど入った連絡によりますと、第3中隊が長野県警の協力を得て、暴徒をせん滅したとの報告が上がっています」
山県 「うむ、結構だ。双方の被害はどうだろうか」
大迫 「暴徒の方は少なくとも10数名が死亡したほか、多数の負傷者が出ているもようで、当方は警察官2名が銃撃によって重傷を負い、うち1名は重体とのことです。 他に、農家の主婦1名が流れ弾に当たって死亡したと聞いています」
乃木 「鎮台兵には、これといった被害は出ていないようです」
山県 「そうか、犠牲は最小限に止めた感じだな。残るは暴徒の逮捕だが、どうなっているだろうか」
大迫 「これも鋭意行なっていまして、埼玉、長野を中心にすでに200名以上を逮捕しましたが、日を追って逮捕者は増える見込みです」
山県 「そうだろうな、これほどの暴動を起こしたのだから、徹底的に召し捕らなければならない。二度とこのような事が起きないように取り締まってもらいたい」
大迫 「はい、全力で摘発に当たっています。暴徒の生き残りや逃亡者は山梨を始め東京にも潜伏する者が多く、すでに数多く逮捕しています」
山県 「うむ、こういう連中を野放しにすると、また何を仕出かすか分からない。せっかく自由党が潰れたというのに、過激な連中がますます“はびこる”ことになる。とにかく、徹底的にやってほしい」
大迫 「承知しました」
山県 「陛下も、今回の騒動には殊(こと)のほかご心配のようだ。明日もまた、私が参内してご説明しなければならない」
乃木 「陛下がそんなに心配されているのですか」
山県 「うむ、なにしろ憲兵隊や鎮台兵が出動したからな、西南の役以来の一大事と思われているらしい。乱は鎮圧したが、いろいろ御下問されたいのだろう。従って、警視総監、事後のことは逐一私に報告してもらいたい」
大迫 「承知しました。ご宸襟(しんきん)を悩ますことのないよう努めます」
第13場[11月中旬、山梨県・北巨摩郡の大泉村。 農家の土蔵の中で、坂本宗作と日下藤吉が休んでいる。]
坂本 「藤吉君、足の怪我はだいぶ治ったようだね」
藤吉 「ええ、痛みはまだ少しありますが、この家の人達のお陰で随分良くなりました」
坂本 「親切な人に匿(かくま)われて良かったな。警察の追跡が厳しいというのに、こうして我々の世話をしてくれる農民も大勢いるのだ。心から感謝したい気持だ」
藤吉 「本当にそうですね。この家の人も、税が重いだけでなく“働き手”の息子さんを兵隊に取られて、政府を怨んでいるのです。こういう農家は他にも沢山あると思いますよ」
坂本 「まったくだ、農民の気持を無視した国の強引な政治に怒っているのだ。そういう意味で、我々が起こした戦いは間違いではなかった。これからも、自由や暮しの向上を求める民衆の戦いは後を絶たないだろう」
藤吉 「そうですとも。しかし、坂本さん、十石峠で無抵抗の巡査を惨殺したような行為は許されませんよ。 権力側だって、無差別に我々を殺すわけではない。捕まえた人間を裁判にかけてから、処置するのですからね」
坂本 「君の意見は分かるが、その話しはもう止めよう。戦闘の真っただ中にいると、人間は激情にかられて何をするか分からないものだ。私もあれは“まずかった”と思っているが・・・」
藤吉 「そう・・・僕だって激情にかられて高利貸しを斬りましたからね、生意気なことは言えない立場かもしれない。 それで、坂本さんはこれからどちらに行くつもりですか?」
坂本 「特に当てはないが、秩父の方へ戻るかもしれない」
藤吉 「秩父は危ないですよ」
坂本 「しかし、田代さんや加藤さんらがどうしているのか、その安否ぐらいは知りたいものだ。それに、どこへ行っても危ないのは同じだろう。君はどうするつもりだ?」
藤吉 「僕は東京の方へ行ってみようかと思っています」
坂本 「ふむ、いずれにしろここでお別れだな・・・私は田代さんらの安否を確認した上で、自分の処し方を考えたい。今はそれ以外のことは考えられないのだ」
藤吉 「ええ、僕もどうして良いのか分かりません。ただ、井出さんなどは捕まっていなければ、たぶん東京に潜伏するのではと思っているのです。 どうなろうと運が良ければもう一度、井出さんに会えるのではないかと・・・」
坂本 「うむ、井出君なら東京に行ってるかもしれないな。 よし、それではお別れだ。君のような素敵な若者と別れるのは辛いが、達者でいてくれよ。決して捕まらないように」
藤吉 「坂本さんこそ捕まらないように。元気にやって下さい」
坂本 「ありがとう。それでは、この家の主人に挨拶して秩父の方へ行くよ。くれぐれも達者でな」
藤吉 「ええ、ありがとうございます」(二人は手を握り合う。この後、坂本が土蔵を出てゆく)