矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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日一日の命

イタリア、スリ、ミケランジェロ

2024年10月23日 13時38分52秒 | 外国の話

<この記事は、2005年12月20日に書いたものですが復刻します。>

1) 12月中旬にイタリアへ妻と一緒に観光ツアーに出かけた。南フランスのニースを経由して、ピサ、フィレンツェ、ローマなどを観光するコースで約70人の日本人が参加していた。 添乗したガイドさんは、ニースに入った時から“スリ”に気を付けてほしいと繰り返し言っていたが、結局、イタリアで複数の人がスリの被害に遭った(金やカメラなどを盗まれた)。ツアー旅行自体がスリとの戦いみたいだった。

私たち夫婦もローマで地下鉄に乗る時スリに襲われたが、辛うじて難を免れた。 二人でポポロ広場に近いフラミニオ駅から地下鉄に乗ろうとした時、中年のイタリア人女性が背後から私の右肩をドーンと突いた。驚いて振り返ると、彼女は大声で何やら叫んでいる。
イタリア語が分からない私は呆気にとられて彼女を見据えていたが、電車のドアが開いたので車内に入った。妻も続いて乗り込んだが、その時、別の若い女性が妻のショルダーバッグに手を差し込んできた。ワイフは若い女性の手首を握り締めたので何も取られなかったが、他の誰かがドアが閉まるのを防いでいる間に、彼女はワイフの手を振りほどくとホームに駆け下りた。その直後にドアが閉まり、電車は発車した。

 要するに、数人のグループが私たち夫婦に目を付けていたようで、私と中年女性の“トラブル”に妻が気を取られている隙に、ショルダーバッグを狙ったものと見られる。地下鉄の乗降車の際は、特に気を付けるようにと言っていたガイドさんの話しを思い出した。

また、南仏のニースでもイタリアの3都市でも乞食をよく見かけた。地下鉄の構内にも物乞いがいた。 私たち夫婦が、ローマの中心街・共和国広場にある屋外カフェでコーヒーを飲んでいた時、中年のみすぼらしい男が近寄ってきて、手に持った小銭を見せながら金をくれという素振りを示した。私が「ノー」と答えると、その男は黙って立ち去ったが良い感じはしなかった。

スリといい乞食といい、外国の観光客らに狙いを付けて、金品を“とことん”せしめようという腹づもりなのだろう。 ガイドさんの話しによると、ローマの警察署には「日本語専用」のスリ被害届が用意されているという。日本語がほとんど通じないイタリアなのに、いかに多くの日本人旅行客がスリの被害に遭っているかが分かる。

 約70人の同行ツアー客のうち、どれほどの人がスリにやられたかは知らないが、未遂も含めると相当数の人達が狙われたことは確かである。 日本人観光客が多いのと、比較的不用心なので狙われやすいのだろうが、「東洋人」だという人種的偏見や蔑視も根底にあるのかと疑ってしまう。
東洋人と言えば、日本人だけでなく中国人(台湾人?)の観光客もかなりいた。日本と中国の若い人達が英語を通じて交歓したり、写真を撮り合っているのを見かけたりした。 

現に私たち夫婦もフォロ・ロマーノを散策している時、とても愛想の良い若い中国人(台湾人?)の男性から、ある旧跡の件で英語で聞かれたことがあるが(相手は観光案内書を示しながら)、残念ながら分からなかったので答えられなかった。西洋の異国の地では、日本人も中国人も同じ東洋人なので親近感が増すのだろうか。 


2) 私がイタリアを訪れたのは初めてだが、今回の観光ツアーの主な目的は、偉大な「ルネサンス文化」に少しでも触れようということだった。従って、フィレンツェとローマのコースを選んだのだが、両都市に最も縁の深い芸術家はミケランジェロである。

旅行前に、私は大好きなロマン・ロランの名著「ミケランジェロの生涯」(高田博厚訳・岩波文庫)を読んで心の準備をしていた。 そのお陰で、最初に最も感動したのはカッラーラの大理石の山並を見た時である。
ニースからバスに乗って国境を越え、イタリア国内に入るとトンネルの多い高速道路が延々と続く。 やがて平野部に達すると、左手に雪をいただくアルプスの峻峰が見える。コロンブスの出身地・ジェノヴァを通過して、斜塔で有名なピサに向う途中、また左手に白銀に輝く山並が目に入った。

きれいな雪化粧だなと思っていると、ガイドさんはあれは雪ではなく“大理石”だと言う。そして、カッラーラの大理石の山だと言った。 私は愕然とした。雪山ではなく大理石の山だって!? その瞬間、私は「ミケランジェロの生涯」で読んだ件(くだり)を思い出したのだ。ミケランジェロが最も愛したカッラーラの大理石の山のことを。
 彼はこの山並を彫刻して、海を渡ってくる船人にも、遠くから見える一大巨像を造ろうと夢見ていたのだ! 山ごと彫刻しようという彼の夢は果たされなかったが、大理石の山並を巨像に変えようとした「ルネサンスの巨人」の心意気に、私は呆然とする思いがした。 

 ピサで大理石造りの斜塔やドゥオモ(大聖堂)を見た後、私たちはフィレンツェに入った。 有名なウフィッツィ美術館で、女性美の極致を思わせるボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」に接したのは言うまでもないが、やはり私を感動させたのは、アカデミア美術館にあるミケランジェロの「ダヴィデ像」だった。
50年以上も前に美術の教科書で見た「ダヴィデ像」は、私の眼前に屹立していた。自由都市・フィレンツェのシンボルだったこの大理石像は、若さと勇気に満ち溢れているかのようで、その厳粛な生命力は永遠に何かを語りかけてくるように思われた。

ダヴィデ像

フィレンツェを後にしてローマに入ると、サン・ピエトロ寺院やヴァチカン美術館で又もミケランジェロの傑作に出会う。「ピエタ」の聖母は無限の慈しみを伝えてくるようだった。システィーナ礼拝堂の天井画と「最後の審判」を見ていると、ミケランジェロの“息吹”にただただ圧倒される感じがした。
人間の生命力を、これほどまでに表現した芸術家が他にいるだろうか。 彼の創造力は一体どこから出てくるのだろうかと思った。大自然のエネルギーが彼を通して噴出してくるのだろうか。あまたの天才の名画や彫刻がそこにあるというのに、私には、ミケランジェロの巨大な生命力と魂だけが心に刻み込まれた形となった。

最後の審判


3) 短いイタリア旅行だったので、強烈な印象を受けたのはスリとミケランジェロ、カッラーラの大理石山ぐらいだった。 しかし、この国は美しい。特に、フィレンツェからローマに至るトスカーナ地方の景色は素晴らしかった。
なだらかな起伏に富んだ丘にオリーブや糸杉の木立が生い茂り、茶色の古びた家屋が点在していてそれ自体が絵画のようだった。 もし、そこに住んでいたら、私のように絵が下手な人間でも必ず絵筆を取るにちがいない。誰でも絵を描きたくなるような景色だった。

また、ローマカトリックの総本山であるサン・ピエトロ寺院や、ピサやフィレンツェのドゥオモ(大聖堂)は目を見張るばかりの壮麗さで、至る所にある教会も美しくおごそかである。異教徒である私でも敬虔な気持にならざるを得ない。
「ルネサンス文化」が花開き、美しい自然に恵まれたイタリア。 ヴェネツィアやミラノ、ナポリなど訪れていない所が多いので何とも言えないが、たぶん、この国自体が“世界遺産”にふさわしいのかもしれない。ともかく、私が訪れた3都市は、汲めども尽きない魅力に富んでいた。

 優しい人達も多かった。 例えば、スリに遭った地下鉄でも、チケットを打刻機に入れる方法が分からず、私たち夫婦がもたもたしていたら、後ろにいた美しい女子学生が微笑みながら手を貸してくれた。この時とばかりに、私は彼女に「グラツィエ」と語りかけた。(彼女はまさかスリの仲間ではないと思うが・・・)

タクシーの運転手さんも言われているほどには悪くなく、むしろ親切で丁寧だった(2回しか乗っていないので、全体のことはよく分からないが)。 やはり、この国はスリが一番の問題である。経済状況が良くないこともあるのか、スリがどんどん増えているようだ。
まさか、イタリアの警察がスリを野放しにしているわけはないだろうが、その所行は目に余る。われわれ日本の観光客はもっと注意しなければならないが、取り締まる方もきちんとしてくれないと、この国への反感が強まるだけだろう。

その全体が“世界遺産”のような麗しい国・イタリア・・・これからも多くの日本人が訪れるだろうが、スリにだけはくれぐれも気を付けていただきたい。(2005年12月20日)

後日談・・・「トリノ・オリンピック」で現地へ行った関係者も、相当 スリの被害に遭ったという。(2006年3月1日)


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2 コメント

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Unknown (おキヨ)
2019-12-30 11:33:16
海外旅行をずいぶんされているようですが、なかでもイタリアに行かれたことが私にとって羨望の的です。芸術の極地であるその地で実物を目の前にするその感動たるや・・・想像できません。
イタリアのスリ・・・名物といっても過言ではない、らしいですね^^ 半世紀も前の名画”旅情”でも、これは可愛らしい子供のスリでしたが、その時代からなお現在まで続いているんですね。
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芸術の国 (矢嶋武弘)
2019-12-30 14:12:13
だいぶ前に行ったのですが、イタリアはフランスと並んで芸術の国だと思いました。
私はおキヨさんのように絵画が上手ではないですが、ルネサンスの巨匠らの作品に魅了されました。真近で見て素晴らしかったと思っています。
ただ、スリが多くて、日本人観光客の何人かが被害に遭いました。日本人は格好の“獲物”のようですね。
警察には、日本人被害者専用の部署があると聞きました。今はどうでしょうか?
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