第2幕
第1場[10月下旬、長野県南佐久郡の北相木村。 養蚕農家・菊池貫平の家に、萩原勘次郎と日下藤吉が訪れている。]
萩原 「初めまして、萩原勘次郎と申します。こちらは日下藤吉と言って、同じ秩父に住む若い者ですが、よろしくお願い致します」(藤吉、頭を下げる)
菊池 「こちらこそ、よろしく。 さて、田代さんと言う方からの“使者”と聞いていますが、きょうはどういうご用件でしょうな」
萩原 「私は秩父の侠客・田代栄助の子分なのですが、実は田代を首領にいただいて、近いうちに農民達が決起することになりました。つきましては、菊池さんを始め長野県の方々にも、ご協力いただきたく参上したものです」
菊池 「ほう、それはまた大胆なことだ。それで、準備は整っているのですか?」
萩原 「すでに何人もの者がお伝えしていると思いますが、秩父では農民達の生活が今や破局を迎えており、怨嗟の声が満ち満ちています。こうした中で、われわれは地道な組織作りを進めてきた結果、困民党というものに農民を結集するメドがつきました。 山林集会などを次々に開いていますが、手応えを十分に感じ取っています。あとは、いつ決起するか時間の問題となっており、われわれが立ち上がれば、秩父はもとより埼玉の至る所で、また群馬県など他の地域でも農民が蜂起することは間違いありません。そういう準備は整っているのです」
菊池 「ふむ、しかし、武器や軍資金などは十分ですか?」
萩原 「それも着々と用意しており、秩父一帯を征圧することぐらいは訳も無いことだと思います」
菊池 「あなた方の努力や意気込みは結構だが、明確な目標や立派な大義名分はあるのですか?」
萩原 「それこそ一番大事な点です。公正な世の中を実現するために、また貧しい民衆を救済するためにわれわれは立ち上がるのです。 ただ単に、高利貸しをやっつけるために戦うのではありません」
菊池 「理想は良いが、もっと具体的な目標がないと単なる“百姓一揆”で終ってしまう危険がある」
藤吉 「私からも言わせて下さい。これは自由民権運動の最後の戦いです。 具体的には税の軽減、費用がかかる学校の休校、徴兵制反対、労働力の強制的な徴用の廃止などを訴えていきます。また、民意を直ちに反映させるため国会の即時開設を求めていきます」
菊池 「ふむ、自由党が掲げていることと大差ないな」(そこへ、井出為吉が部屋に入ってくる)
井出 「こんにちは、秩父から人が来ていると聞いたのでやって来ました。よろしいですか?」
菊池 「おお、勿論。ちょうど良かった、座りたまえ。 こちらは私の親友であり同志の井出為吉君です。この方々は、秩父の萩原勘次郎さんと日下藤吉君だ。(3人がそれぞれ会釈する) 井出君は自由民権思想にたいへん詳しく、東京でも良く勉強してきたから、きっと皆さんのお役に立つと思いますよ」
萩原 「これは素晴らしい。私などは一介の剣術使いだから、いろいろ教えていただきたいですね」
菊池 「そう、私も彼から随分教えてもらった。“年寄りの冷や水”ですがね」(笑)
井出 「いえいえ」
藤吉 「自由民権思想にお詳しいということですが、われわれの農民闘争を強化し、いざ決起する場合には何が最も必要だと考えますか?」
井出 「まず、はっきりとした構想を持つことです。つまり、この社会を日本を、どのような形にしていくのかという明確な方針を持つことです」
藤吉 「それは、今の自由党だって持っているじゃないですか」
井出 「いや、自由党はもはや頼りにならない。頼りになるどころか、農民達の激しい闘争に恐れをなして逃げてしまった。もうすぐ解散すると言ってますよ。菊池さんも私も自由党員だが、すっかり愛想が尽きましたね」
萩原 「私も同感です。だから、われわれは困民党という新しい組織を作って、農民達の力を結集しようとしているのです」
井出 「結構ですね」
藤吉 「それなら、明確な方針とはどういうものですか?」
井出 「人民主権の政治制度を作り、公正平等な社会を実現することです」
藤吉 「それは、ルソーの政治理念を日本でも実現しようということですか?」
井出 「まあ、そういうことですね。天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらずと言われるが、今の日本は全くそういう状況ではない。 薩長の藩閥政治が横行し、権力に癒着したいわゆる“政商”だけが利権を貪っている。大多数の国民、とりわけ農民は貧困に喘ぎ、重税や高利貸しの取立てに苦しんでいる。どこが公正で平等な世の中なのですか。 加えて、松方緊縮財政の進行で農村経済は大打撃を受け、倒産が相次ぎ今日明日のメシを食うことさえままならない。これこそ正に、苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)の政治です。 ルソーも言ってますよ、圧政に対しては、人民は“革命”を起こす権利があるのだと」
萩原 「ううむ、難しい話しだが、何か分かったような気もする」
菊池 「井出君は、こういう話しが得意なんだよ。私もそれに参ったんだ」(笑)
井出 「冷やかさないで下さいよ、私は真剣なのですから」
菊池 「いや、分かった分かった」(笑)
藤吉 「そうすると、われわれの困民党は革命党であり、その農民軍は革命軍ということですか?」
井出 「そういうことですね、専制政治を人民が打ち倒すのが革命です。フランス革命がそうじゃないですか。 われわれも理想を掲げて戦っていかなければならないのです。公正平等でより良い社会を実現するためには、そういう理想と明確な方針を持つことが大切なのです」
藤吉 「ううむ、何か目が覚めるような気がしますね。 僕も少しは自由民権思想を勉強したつもりですが、今の井出さんの話しは確固として説得力があり、自由党の“旦那方”のものとは大違いだ。もっと話しを聞きたいですね」
菊池 「いや、きょうはこの位いにしておこう。井出君が語り出すと止まらないからな。(笑) 萩原さん、先ほどの協力してくれという話しだが、一体われわれに何をせよということですか?」
萩原 「まずは一度、秩父の方へお越し願えればと思います。われわれの闘いを実際に見ていただいて、田代達と話しをしてもらえば、長野県と埼玉県の“共闘”が可能になるように思えます。 われわれは本気で決起することにしています。一度来ていただければ、両県の今後の展望も開けるでしょう」
菊池 「うむ、百聞は一見に如(し)かずだな、そうしましょう。その前に、われわれもこの佐久地方の組織固めをしておきます。 井出君、君の考えはどう?」
井出 「異論はありません。菊池さんが行かれるなら、私もぜひ一緒に行かせて下さい」
萩原 「有り難い! これで田代も喜ぶし、秩父の同志達も勇気百倍になりますよ」
藤吉 「有り難うございます。井出さん、今度来られた時に又、じっくりと話しを聞かせて下さい」
第2場[10月下旬、東京・麹町区(こうじまちく)の大手町にある内務省の内務卿室。 内務卿 兼参謀本部長の山県有朋が、警視総監の大迫貞清と話し合っている。隣に、東京鎮台参謀長の乃木希典(陸軍大佐)が陪席。]
山県 「大迫さん、その後、民権運動の動きはどうですか」
大迫 「ええ、東京は比較的平穏ですが、地方がまだいろいろ“くすぶって”いるようです。先月も加波山(かばさん)で武装蜂起があったばかりですから」
山県 「今年は群馬とか茨城とか、関東地方でいろいろ起きるね。他に不穏な所は感じられますか」
大迫 「今のところは大して無いようです。ただ、埼玉の秩父地方で、このところ農民の山林集会が開かれたり、高利貸しが何人も斬られるなど物騒な事件が起きています。 つい最近は、豪農や豪商の家に押込み強盗があり、金品や刀剣類が奪われたと聞いています」
山県 「ふむ、要注意だな」
大迫 「ええ、確かに。警戒を強め十分に内偵するよう指示していますが、現地からは、今のところ農民達が暴発する気配はうかがえないとの報告です」
山県 「うむ、蜂起の気配は無いということか。しかし、何時どこで何が起きるか分からない。 群馬事件の時は、自由党員が3000人の農民を率いて警察や高利貸しを襲撃し、さらに高崎の兵営までも襲おうとしたからな。 農民達の不満がうっ積している。くれぐれも注意していただきたい」
大迫 「承知しました」
山県 「ひと昔前は“士族”の反乱に手を焼いたが、民権運動が盛んになって、このところ農民や一般市民の暴動ばかりだ。 植木や中江らの民権思想が普及したせいか、『人民主権』などと馬鹿げたことを言っておる。全く困ったものだ」
大迫 「そのとおりです。 しかし、内務卿、自由党が間もなく“解散大会”を大阪で開きますので、民権運動もようやく鎮静化するのではないですか」
山県 「うむ、それは結構だが、自由党から食(は)み出した連中が何をするか分からん。そいつらはますます過激になって、暴発する恐れがある。加波山も群馬の事件もそうだった。鎮台の兵営まで狙われるから叶わないよ、武器を略奪されたら大事(おおごと)だ。 あっ、そうそう、乃木君、最新式の村田銃はいつでも使えるのだろう?」
乃木 「はい、十分に用意しておりますから、いつでも使用できます」
山県 「うむ、一度使ってみたいものだ。もっとも、“戦争”でもない限り国内で村田銃を使うことはないが。 性能が良いですぞ、大迫さん」
大迫 「そうですか。しかし、それが使われる事態となれば、警察力の限界を超えているということです」
山県 「ハッハッハッハッハ、もちろん、そういう事態にならないことが肝心だ」(その時、山県の秘書が部屋に入ってくる)
秘書 「閣下、そろそろ鹿鳴館(ろくめいかん)の方へお出かけになる時間です」
山県 「又きょうも鹿鳴館だ、いい加減に嫌になるな」
大迫 「ハッハッハッハ、内務卿、ダンスの方は上手になりましたか?」
山県 「いやいや、私のような“一介の武弁”が上手くなるはずがない。もう行きたくないが、伊藤や井上が来い来いと言うものだから・・・困ったものだよ」
大迫 「槍を取っては天下の達人も、ダンスは苦手なようですな」(笑)
山県 「私がやるのだから、どうですか大迫さん、一緒に来ませんか?」
大迫 「いえ、私のような薩摩の無骨ものは遠慮します」
山県 「ふむ、乃木君、たまには君も鹿鳴館に来ないか?」
乃木 「いえ、仕事が残っていますので、私も遠慮致します」
山県 「仕方がない、行くとしようか。それでは失礼」(山県が秘書を従えて部屋を出ていく。大迫と乃木が立ち上がって一礼、二人は顔を見合わせて笑う。)
第3場[10月下旬、石間村の粟野山(あのうさん)の麓。 田代栄助、加藤織平、井上伝蔵、高岸善吉、落合寅市、坂本宗作、小柏常次郎、新井周三郎、飯塚盛蔵、大野苗吉らの幹部。]
加藤 「井上さん、自由党本部が何か伝えてきたと聞いていますが」
井上 「ええ、数日前、党本部の使者が私の所に来て、蜂起などは絶対に止めてくれと言ってきました。しかし、私はそんなことは約束できないと答えたところ、向うは『それでは、自由党と君達はもう一切関係ない』と言って立ち去りました」
加藤 「うむ、事ここに至っては、われわれと自由党はもう縁が切れましたな、田代さん」
田代 「確かにそうだ、われわれだけで決行しよう。しかも、自由党はもうすぐ解散するではないか」
高岸 「解散する政党とは関係のしようがない、馬鹿げた話しだ」
新井 「党本部は、自分らに累(るい)が及ぶのを恐れているだけですよ」
加藤 「自由党の板垣総理にはもう用はない。従って、わが秩父困民党の“総理”には田代さんになっていただく。そして、不肖・加藤が副総理となって補佐していく。 皆さん、それで異存はないでしょうな?」
(参加者一同から、「賛成!」「異議なーし!」「それでいこう!」の声)
加藤 「それでは、各人の役割や任務については、田代総理を中心にあとで早急に決めたい。その前に、われわれがどういう方針で何をやるかを確認しておきたい。 すでにいろいろ話し合ってきたが、まず高利貸しを焼き討ちしたあと、郡の役所や警察署などを占拠して証書類を全て焼き尽くすということで良いか?」
飯塚 「そのとおりです。それと、われわれが決起する中で、農民だけでなく一般の民衆もできるだけ多く“駆り出す”ことが肝心です。味方が多ければ多いほど戦いは有利になります」
加藤 「うむ、それは当然だ。他に意見は?」
大野 「役所や警察を占拠しただけでは足りない。至る所で軍用金や武器を徴収し、大部隊で浦和の県庁を目指して進軍しよう」
坂本 「浦和まで行けば、監獄を襲撃し捕われている同志達を助け出せる」
田代 「結構だ、埼玉県庁を制圧すれば、天下に世直し、世均(なら)しを訴えることができる。秩父困民党はそれに全力をあげよう!」
(参加者から「そのとおり!」「賛成!」「異議なーし!」などの声)
加藤 「よし、大体の行動方針は決まった。それでは、一番重要な蜂起の日取りをいつにするかだが、皆さんの意見を聞きたい」
井上 「その前に、蜂起の場所をどこにするか決めてもらいたい。皆さんが集合しやすい所が良いのだが」
高岸 「それは数日前から話し合ってきたが、下吉田の椋(むく)神社が良いのではという意見が多かったですね」
田代 「結構です。あそこは小学校の校舎もあるし、何かと使いやすい。皆さんも集まりやすいのではないか」
飯塚 「広いし問題はないでしょう」
坂本 「賛成です」
新井 「私の所からは遠いが、全く問題はありません」
大野 「皆が集まるには最適でしょう、賛成だ」
加藤 「これは皆さんの考えが一致したようだ、椋神社で良いですな。(暫くの間) 異論がなければそうしましょう。さて蜂起の日取りだが、皆さんの意見を聞きたい」
小柏 「それは早ければ早いほど良いでしょう」
井上 「いや、これは態勢が十分に整っているかどうかが問題だ。それと、もう少し時間をかければ農民達をもっと組織できるので、軽はずみな蜂起は慎んだ方が良いと思う」
新井 「態勢はもう十分にできてますよ。むしろ早く決起しないと、かえって統制が取りにくくなります」
落合 「そのとおり、もう爆発寸前なんだ。無理に先延ばしすると、何が起きるか分からない」
井上 「しかし、長野や群馬など他の地域の動静を見ないと、蜂起しても先細りになる恐れがある。もう少し慎重に見極めるべきではないか」
小柏 「井上さん、群馬は大丈夫だとこの前言ったじゃありませんか。必ず多くの農民が立ち上がります」
田代 「そうかな? 先日、私が群馬を探ってみたら、どうも十分ではない様子だったが」
小柏 「そんなことはないです、私も同志達と一所懸命に農民を組織した。彼らは蜂起の日を今か今かと待っているのです」
田代 「いや、どうもそんな感じではない。 南甘楽(かんら)の坂原村へ行った時、地元の人の話しを聞いたら、秩父の動きなど全く知らないし、誰からも何の連絡もないと言っていたぞ」
小柏 「田代さん、そんなことはありません! 一部の人はそう言ってるかもしれないが、群馬県の同志達は“潜行”して必死になって活動しているのです。鉄砲を一、二発撃てばみんな立ち上がります。われわれを信用して下さい!」
加藤 「まあまあ、そう“ムキ”にならないで。他の人の意見はどうだろうか」
坂本 「もう爆発寸前なので、早く決起した方が良いでしょう。この勢いを止めるのは難しい」
高岸 「当局の探索が厳しくなっている。密偵がウヨウヨしているし、密告者が出ないとも限らない。もし、われわれの計画が事前に漏れたら、一網打尽にやられる可能性がある。従って、できるだけ早く決行した方が良いでしょう」
新井 「そのとおりです、私の村にも怪しい奴が忍び込んでいます。たぶん、埼玉県警の密偵だと思いますが、こういう状況では早くやるに越したことはないでしょう」
田代 「しかし、さっき井上君が言ったように、情勢をもう少し見極めても良いのではないか。長野県からももうすぐ同志がやって来るし、半月や一ヵ月ぐらいの猶予があっても大勢には変りないと思うが・・・」
落合 「いや、その半月や一ヵ月が命取りになる恐れがある、埼玉県警に“ばれたら”終りですよ。こうなったら、一刻も早い方が良いです」
飯塚 「同感です、もう矢も楯もたまらない気持だ」
大野 「情勢を見極めるのは良いが、絶好の機会を逃すと一巻の終りということもある。今こそ機が熟したと言って良いでしょう」
加藤 「うむ、皆さんの意見を聞いていると、早めに決起すべきというのが多いようだ。私もそう思う。田代さん、井上さん、どうですか?」
田代 「うむ、それならば皆さんの意向に従おう」
井上 「やむを得ません、そうしましょう」
加藤 「それならば、長野県の同志が来るのを待つとしても、秩父困民党としては、来る11月1日をもって決起の日とすることでどうですか?」
(参加者から「賛成!」「異議なーし!」「そうしよう!」の声)