ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

『ローラ』を観て

2019年07月22日 | 1960年代映画(外国)
ヌーヴェルヴァーグ左岸派の監督、ジャック・ドゥミと言っても『シェルブールの雨傘』(1964年)と『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)しか知らず、
今回初めて第一作目の『ローラ』(1961年)を観た。

フランス西部の港町、ナント。

ローランは、試用期間の身でありながら寝坊し、遅刻したために会社をクビになる。

当てもないローランが本屋を覗いてみると、デノワイエ夫人と娘セシルが客としていた。
セシルは仏英辞書を欲しがり、店に無いことを小耳に挟んだローランは、プレゼントすることを申し出る。
彼は、セシルという名で、戦争以来15年間会っていない幼なじみを思い出していた。

アメリカ人の水兵たちがキャバレー“エル・ドラド”に入っていく。
その内の一人、フランキーとダンサーのローラは、一時的にできている。
ローラはフランキーが、昔の男で水兵だったミシェルに似ていると言う。
そのミシェルは、ローラが妊娠を告げると、植民地に行くと言ったまま戻って来ていなかった。

ローランは、ある美容院に行くと仕事があるようだ、とカフェの女主人から聞き、出掛けることにした。
途中、すれ違いざまに人と肩がぶつかり、見るとそれは偶然にも幼なじみのセシルだった。
セシルは、今はローラと名乗って、キャバレーで仕事をしていて・・・

ローラは、息子イヴォンが生まれてから7年経っても現れないミシェルを、今も待っている。
そんな彼女を、ローランは以前から愛していたと、カフェで打ち明ける。
でもローラは、愛しているのはミシェルだけだとやんわり断る。

ローランは、もし自分の愛が受け入れられたならば、胡散臭い仕事のヨハネスブルグ行きを取りやめようと考えたが、これで行く決心をする。
それに彼には、ローラとフランキーが、ローラの家に入るのを目撃したという理由も重なっていた。

片や少女セシルのこと。
ローランとセシルが本屋で知り合ったように、アメリカ水兵フランキーとセシルも偶然にそこで知り会う。
14歳になるというセシルのこの出会いは、丁度、ローラが14歳で初恋したミシェルの話と重なってくる。
そして、フランキーとセシルが祭り会場の遊具で一緒に遊ぶシーンが、当時のローラの姿も想像されてくる。

もう一人、セシルの母親デノワイエがローランに思いを寄せる。
そのほのかな恋心の中には生活の寂しさが漂い、それがなんとも言えないほど心に沁みる。

わずか3日間だけの出会いと別れ。
その中での、ローランとミシェル、フランキー。
3人はローラを挟んで、同じ時間、同じ場所を共有するが、知り合うこともない。

冒頭での海岸通り、ミシェルが高級なオープンカーを走らせる。
横断しようとする5人の水兵に、危ないと注意される。
そして続いて、寝過ぎたローランが飛び起きる場面。
たったこれだけで、主要人物が揃う。

それをラストで、ミシェルとローラが乗った車と、歩くローランがすれ違って行く。
そのローランの後ろ姿から見てとれる哀愁感は計り知れない。
それをジャック・ドゥミが第一作目として作る。
ちょっと他では、マネができない芸当ではないか、と思う。

物語に登場してくる人物をものの見事に絡み合わせ、それを数日の出来事として描く、
このような作品を観ると、正しくこれこそ真の傑作だと感心し唸ってしまう。
コメント
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