サイレント映画、『港の日本娘』(清水宏監督、1933年)を観た。
横浜(ハマ)。
港を見下ろす女学校に通う仲良しの砂子とドラ。
下校時を狙って、オートバイに乗った青年ヘンリーが二人に近づいて来る。
砂子に声を掛けるヘンリーに、ドラはすねるが、彼に惹かれた砂子はそれ以降、オートバイに乗せてもらい海や山へとドライブを楽しむようになる。
そうしている内、気の変わりやすいヘンリーは、今度は新しい女シェリダン耀子と付き合いだす。
そして、与太者たちとも一緒に行動するようになった。
そんなヘンリーをドラは諭し、隠し持っていたピストルを取り上げる。
ある夜、船で催されるダンスに耀子と行ったヘンリーは、酔いつぶれた彼女とともに教会に入っていく。
そこへヘンリーを迎えに波止場まで来た砂子が、教会のドアを開ける。
酔っている耀子は砂子を嘲け笑う。
砂子は取り出したピストルを、思わずその耀子に向けて発射する・・・
数年後、砂子は長崎、神戸と渡り歩き娼婦になり、ヒモらしき貧乏画家・三浦と一緒になっている。
そして横浜に戻って来た彼女はヘンリーと再会するが、彼は今ドラと結婚している。
砂子のアパートをドラが訪れる。
あばずれですれっからしの砂子、片や、清楚な若奥様のドラ。
若き日、仲良しだった二人が今ではこのような状況になってしまっている。
ある日曜日、砂子はヘンリーの家を訪れる。
レコードをかけヘンリーと砂子がダンスを踊る。
ドラは、生まれてくる子どものために毛糸を編みながら、楽しそうに踊る二人の心中に思いを馳せる。
ドラに促されたヘンリーは、砂子の帰りに付き添う。
二人は散歩しながら、逢瀬を重ねた昔の思い出の場所に辿り着く。
真面目な生活に帰ってもらいたいと言うヘンリーに、砂子はそうしたいが出来ないわと、縋りつく。
画家の三浦は砂子と住むアパートでせっせと洗濯をしている。
そこに仕事にあぶれている隣の女が通りかかり、洗濯を手伝わせて欲しいと頼む。
その隣りの女は、医者からも見放されている病を患い、もう永くはなかった。
砂子は隣室を訪ね、そこに見たのは、自分が傷つけたあのシェリダン耀子であった。
外で雨が降る中、衰弱している耀子は砂子に、ヘンリーやドラのことを聞き、二人の幸せをそっとしておかなければいけない、
そして、あなたは早く真面目な生活に戻りなさいと、諭す。
劇中、ヘンリーとドラの夫婦は、砂子を今の世界から足を洗わせようと努力する。
そのためにヘンリーは砂子を訪ねたりするが、夫が砂子の元へ行くことを知ってしまうドラは、ヘンリーと砂子が二人だけで会うことに不安を隠せない。
元々、女学生の頃の仲良しの砂子とドラ、それに絡むヘンリーの三角関係。
その関係が後半、きめ細やかなサイレントとしてのメロドラマに光り輝く。
その三人に、うだつの上がらない三浦、ヘンリーの元彼女・シェリダン耀子が作品に深みを与える。
それと印象に残るのは、今の物の考え方とずれると感じとれるやり取り。
砂子の、「世間は許してくれるでしょうか」
それに対して耀子の、「待つのよ、許してくれるまで待つのよ、じっと堪えて」
「わかったわ、耀子さん。あたし待ちます。許してくれるまで待ちますわ」と、納得する砂子。
当時の世相、考えの一端をみる思いの会話であった。
横浜(ハマ)。
港を見下ろす女学校に通う仲良しの砂子とドラ。
下校時を狙って、オートバイに乗った青年ヘンリーが二人に近づいて来る。
砂子に声を掛けるヘンリーに、ドラはすねるが、彼に惹かれた砂子はそれ以降、オートバイに乗せてもらい海や山へとドライブを楽しむようになる。
そうしている内、気の変わりやすいヘンリーは、今度は新しい女シェリダン耀子と付き合いだす。
そして、与太者たちとも一緒に行動するようになった。
そんなヘンリーをドラは諭し、隠し持っていたピストルを取り上げる。
ある夜、船で催されるダンスに耀子と行ったヘンリーは、酔いつぶれた彼女とともに教会に入っていく。
そこへヘンリーを迎えに波止場まで来た砂子が、教会のドアを開ける。
酔っている耀子は砂子を嘲け笑う。
砂子は取り出したピストルを、思わずその耀子に向けて発射する・・・
数年後、砂子は長崎、神戸と渡り歩き娼婦になり、ヒモらしき貧乏画家・三浦と一緒になっている。
そして横浜に戻って来た彼女はヘンリーと再会するが、彼は今ドラと結婚している。
砂子のアパートをドラが訪れる。
あばずれですれっからしの砂子、片や、清楚な若奥様のドラ。
若き日、仲良しだった二人が今ではこのような状況になってしまっている。
ある日曜日、砂子はヘンリーの家を訪れる。
レコードをかけヘンリーと砂子がダンスを踊る。
ドラは、生まれてくる子どものために毛糸を編みながら、楽しそうに踊る二人の心中に思いを馳せる。
ドラに促されたヘンリーは、砂子の帰りに付き添う。
二人は散歩しながら、逢瀬を重ねた昔の思い出の場所に辿り着く。
真面目な生活に帰ってもらいたいと言うヘンリーに、砂子はそうしたいが出来ないわと、縋りつく。
画家の三浦は砂子と住むアパートでせっせと洗濯をしている。
そこに仕事にあぶれている隣の女が通りかかり、洗濯を手伝わせて欲しいと頼む。
その隣りの女は、医者からも見放されている病を患い、もう永くはなかった。
砂子は隣室を訪ね、そこに見たのは、自分が傷つけたあのシェリダン耀子であった。
外で雨が降る中、衰弱している耀子は砂子に、ヘンリーやドラのことを聞き、二人の幸せをそっとしておかなければいけない、
そして、あなたは早く真面目な生活に戻りなさいと、諭す。
劇中、ヘンリーとドラの夫婦は、砂子を今の世界から足を洗わせようと努力する。
そのためにヘンリーは砂子を訪ねたりするが、夫が砂子の元へ行くことを知ってしまうドラは、ヘンリーと砂子が二人だけで会うことに不安を隠せない。
元々、女学生の頃の仲良しの砂子とドラ、それに絡むヘンリーの三角関係。
その関係が後半、きめ細やかなサイレントとしてのメロドラマに光り輝く。
その三人に、うだつの上がらない三浦、ヘンリーの元彼女・シェリダン耀子が作品に深みを与える。
それと印象に残るのは、今の物の考え方とずれると感じとれるやり取り。
砂子の、「世間は許してくれるでしょうか」
それに対して耀子の、「待つのよ、許してくれるまで待つのよ、じっと堪えて」
「わかったわ、耀子さん。あたし待ちます。許してくれるまで待ちますわ」と、納得する砂子。
当時の世相、考えの一端をみる思いの会話であった。
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