読書感想236 堕ちた天使 アザゼル
著者 アクーニン
生年 1956年
居住地 モスクワ
訳者 沼野恭子
出版年 1998年
邦訳出版年 2001年
出版社 (株)作品社
☆☆感想☆☆
本書は日本文学者だったグリゴーリイ・チハルチシヴィリが超人気作家ボリス・アクーニンとしてデビューした小説であり、「エラスト・ファンドーリンの冒険」シリーズの第一作である。訳者によれば、ファンドーリン・シリーズは19世紀後半のロシアを舞台にし「古き良きロシア」へのノスタルジーをかきたてつつ、当時はトルストイやドストエフスキーといった作家が活躍したロシア文学の爛熟期にあたっていることから、著者はその同時代性を強く意識しているという。原書の裏表紙には「文学が偉大で、進歩をどこまでも信じることができ、犯罪がエレガントで趣味よくおこなわれたり発覚したりした19世紀の思い出に捧げる」とあるのも著者の意図をよく表しているという。ファンドーリン・シリーズにはさまざまな形で19世紀のロシア文学が取り込まれ、その芳香が感じられるそうである。私には19世紀のロシア文学の芳香はわからないが、19世紀のロシアへのノスタルジーは感じられる。また、ファンドーリン・シリーズは著者が各作品に性格づけをして読者が楽しめる「単なる文学」を提供したいという意図があるそうだ。これまでのロシア文学では社会性を問われたり哲学的だったりと「文学以上」のものを担わされてきたが、それを「欧米化」しようと試みているのだという。
さて、「堕ちた天使 アザゼル」は、20歳のモスクワ警察に配属された文書係ファンドーリンと、悪ふざけが失敗して自殺した青年のことから始まる。1876年5月13日のライラックの花が咲き、チューリップが燃え立っているアレクサンドロフスキー公園で、一人の青年が初対面のうら若き令嬢に口づけを求めて断られると、ピストルをこめかみに当てて自殺したのだ。その青年は大富豪のモスクワ大学生で、遺書にはイギリス人の慈善家エスター男爵夫人に全財産を譲ると記されていた。
その自殺を伝える記事にはドストエスキーの「作家の日記」が引用されている。「魅力ある、善良で、誠実な人たち、いったいどこへ行こうというのか。この暗い、物言わぬ墓が、なぜにそれほどいとしくなってしまったのか。見たまえ、空では春の太陽が輝き、木々は芽吹いているというのに、あなたがたは生を謳歌することもなく疲れてしまったのか」こういう描写が19世紀後半の同時代性を感じさせているのであろう。
登場人物:うら若き令嬢のリーザンカ
リーザンカのドイツ人家庭教師エンマ
自殺したモスクワ大学生ココーリン
ココーリンの友人のモスクワ大学生ニコライ
正体不明の美女のアマリア
アマリアを崇拝する伯爵ズーロフ
イギリス人の慈善家エスター男爵夫人
モスクワ警察特捜部のグルーシン警部
侍従武官長直属特殊任務捜査官のイワン
モスクワ警察特捜部文書係ファンドーリン