風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

原始人の夏

2010年05月17日 | 詩集「一瞬の夏」
Kawa


耳を立てて
とおくの雷鳴を聞いている
虹の匂いを嗅いでいる
そのとき夏の向こうから
ぼく等の原始人が現われる


川は流れつづけていた
ぼく等は瀬にさからって泳ぐ
唇まで冷えきったら岸へ上がる
みんな青い唐辛子だ
原始人だけが毛が生えている


首がみじかくて猫背
背中の肉が重たくて
歩くのも泳ぐのもにがて
彼だけが大きくて彼だけが不恰好
だから彼は原始人だった


原始人はときどき血痰を吐いた
ひそかに獣を食ったのかもしれない
あるいは体の中に獣がいたのかもしれない
勤勉な人間にはなれない
おれは退化しつつある人間だと言った
エクセルの操作も忘れた
もう敬語も使えない
ひげも剃らない


石を投げて
川岸のくるみの実を落とし
殻を砕いて食べる
すべて石の作業だから石器時代だ
と彼は言う
夏だけを生き延びる


太陽と水の季節
ぼく等の体はすぐに燃える
砂だらけのちんぽで小便をする
原始人の太くて長いうんこが
川面に浮いて流れていく


夏の終わり
縄文の川は精霊の道となり
茄子や胡瓜とともに死者たちが送られていく
河童になった少年は帰ってこない
でも泣くな
きみ等には秋がある
と原始人は言う
おれは夏が終ればいきなり冬だ
冬は裸では暮らせない


焼けた岩を抱いて
背中の雷雨をやり過ごす
やがて雨は
美しい光の粒となって空に散り
川藻の匂いがする虹となった


空の橋を渡る
夏の背中が見えた
うつむいて横断歩道を渡るひとも見える
猫背のままで
公園の林へ消えてしまう
あれから
彼に会っていない


(2008)


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