耳を立てて
とおくの雷鳴を聞いている
虹の匂いを嗅いでいる
そのとき夏の向こうから
ぼく等の原始人が現われる
川は流れつづけていた
ぼく等は瀬にさからって泳ぐ
唇まで冷えきったら岸へ上がる
みんな青い唐辛子だ
原始人だけが毛が生えている
首がみじかくて猫背
背中の肉が重たくて
歩くのも泳ぐのもにがて
彼だけが大きくて彼だけが不恰好
だから彼は原始人だった
原始人はときどき血痰を吐いた
ひそかに獣を食ったのかもしれない
あるいは体の中に獣がいたのかもしれない
勤勉な人間にはなれない
おれは退化しつつある人間だと言った
エクセルの操作も忘れた
もう敬語も使えない
ひげも剃らない
石を投げて
川岸のくるみの実を落とし
殻を砕いて食べる
すべて石の作業だから石器時代だ
と彼は言う
夏だけを生き延びる
太陽と水の季節
ぼく等の体はすぐに燃える
砂だらけのちんぽで小便をする
原始人の太くて長いうんこが
川面に浮いて流れていく
夏の終わり
縄文の川は精霊の道となり
茄子や胡瓜とともに死者たちが送られていく
河童になった少年は帰ってこない
でも泣くな
きみ等には秋がある
と原始人は言う
おれは夏が終ればいきなり冬だ
冬は裸では暮らせない
焼けた岩を抱いて
背中の雷雨をやり過ごす
やがて雨は
美しい光の粒となって空に散り
川藻の匂いがする虹となった
空の橋を渡る
夏の背中が見えた
うつむいて横断歩道を渡るひとも見える
猫背のままで
公園の林へ消えてしまう
あれから
彼に会っていない
(2008)