水よりもにがい
トンボの翅のにがさ
少年の夏は
喉のずっと奥にのこる
空よりも透きとおって
その澄んだ銀色の翅は
ときにカッターナイフの俊敏さで
川面に空をひきよせた
トンボの空に憧れた
ぼくの手が
トンボの翅を半分に切る
空を失ったトンボの
それはちょうど
ぼくの手がとどく空間
トンボが空を失うと
ぼくも空を失う
空はあまりにも透明だから
もうぼくの手はどこにもとどかない
空はどこだ
トンボにたずねても
トンボもこたえない
翅を失ったトンボは
もはやトンボではなかった
そうしてぼくも
たくさんの夏を失った
*
トンボよトンボ
少年のまぼろし
おまえはいつから空高く
そんなに飛べるようになったのか
青い空と白い雲のはざまに
ぼくは今でも
その透明な翅を見失ってしまう
(2004)