風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

白い線路はどこまでも

2016年10月25日 | 「新詩集2016」


  砂の時間

砂が落ちるのを
じっと見つめている
3分さらに3分
わたしの水はようやく沸騰する

風景の窓に砂がふっている
かつてそこには駅があったはずだが
春は鉄の匂いがする
秋はコスモスが揺れている

出発のときを待っている
その測れない道のりを
3分さらに3分
砂の秒針を凝視する

光の中で膨らんでいく
おぼろげな輪郭を
その沈黙と予感のことばを
砂は告げようとしている

*

  博物館のクジラ

それはクジラではない
小さなナマズだ
写生をするぼくの背後で
だれかの声がした

骨になって眠りつづける
博物館のクジラ
中空を泳ぎながら
目覚めることができない

潮風によごれた丸い窓を
ぼくは水色で塗りつぶした
骨のクジラは
ひとつの窓から空をみ
もうひとつの窓から海をみるだろう

小さなクジラは追いつけない
夢の窓から
大きなクジラを探しつづける
風に泳ぐ草のみどりに
クジラの長い夢が目覚める
そのときを待っている

*

  白い線路は続いている

白いチョークで
平行線を引きながら
少年の線路は延びていく
始発駅は細い路地のどんづまり
そこには
大きな猫がいた

線路をたどると
記憶の始まりに行きつく
駅から駅へ
単調な日々をつなぐ
少年は電車だった

景色の中から景色のそとへ
運んでゆき運ばれてゆく
背中を押す手がある
白い線路をつなぐ
白い手だった

その先にはいつも
もうひとつの駅があった
旅の途上で待っているのは
もうひとつの電車と
どんづまりの古い路地の
白い猫だった

*

  ニュース

おとうとよ
きみは夕べも帰ってこなかったね
部屋の壁にぶら下がった白いシャツ
憎らしいぞよ
抜け殻までが肩いからせておるとは

もう土器の欠けらも入っていない
きみのシャツのポケットは
いつから空っぽのままなんだ
きみが好きだったブラックチョコ
空き箱すらもない

1900キロもある大河だぜ
伸ばした両腕が2本の川になる
きみのチグリス・ユーフラテス川
アッシリア
バビロニア
シュメール
古代の文明を抱きよせてみせた

おとうとよ
きみが瓦礫を掘り返すのは勝手だが
砂の山が人類の歴史だとしても
モヘンジョダロに辿りつくまえに
街が廃墟になっているかもしれない

君死にたまふことなかれ
きみは古い戦争もしらない
あれからの1世紀
いまだに戦争の命名は終わらない
ひとの命は甘美なもの
釈迦のことばに頬を染めたきみは
水鉄砲しか撃てないはずだ

ひとは静かに死ねないのだろうか
死者の数ばかり並べたてる
ニュースなんかもう知りたくない
たった1行でいい
おとうとよ
きみの消息を伝えてくれ





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