車は夜の道を走って行く。
雪は後部座席のシートに凭れながら、今日一日の疲れがどっと襲ってくるのを感じていた。
明日も試験なのに、今日は全くと言って良い程勉強出来ていない。
けれど身体は鉛のように重く、テキストを開く気にもなれなかった。
車窓に目を遣ると、景色が飛ぶように流れている。
まるで時の流れのようにその速度は早い。
雪がぼんやりとそれを見ていると、不意に運転中の父が口を開いた。
「今日は試験だったんだろう?」
「あ、うん」
雪がビクッとしながらそう返事をすると、助手席に座る母が振り返った。
「そうよ、試験期間じゃない!どうなの?今日こんな騒動で、試験は大丈夫なの?」
母からそう問われ、思わず雪は口を噤み俯いた。シートに置かれた自身の手を見ながら。
雪は一つ息を吐くと、重たい口を開く。
「私さ‥」
「今日全然勉強出来なかったし‥今回の試験、あんまり出来が良くないと思うんだ。
授業も一つ切っちゃったし‥」
「どう考えても奨学金は受けられないっぽい‥ごめんなさい」
俯いたままそう告白した雪に向かって、母はケロリとした顔で言った。
「え?いいのよ。そんなこと気にしなさんな」
そして父も。
「弟の危機に駆けつけたんだ。試験なんてどうでもいい」
予想外のその返答に、雪は思わず目を丸くした。
両親は前を向いたまま、更に言葉を続ける。
「俺もせっかく入った大企業を辞めて事業を始めた時は、上手く行くと思ってたんだ。
最近の若者事情は更に変わって来てるんだろ?」
「そうよ。結婚したからって皆がお金持ちになれるわけじゃないし」
「だから残りの大学生活だけでも、気を楽にして過ごしなさいな」
母は変わった。
以前は口を開けば父の愚痴と、雪への叱咤ばかりだった。
「心配するな。借金をしてでもお前の学費は最後まで工面するからな」
父も変わった。
女は大学に行く必要なんてないと言って、どんなに頑張っても褒め言葉一つ貰えなかった。
言葉を飲み込んで感情を押し殺していた昔の自分が、今初めて呼吸する。
ほんの束の間だけど、
その日私と弟は「必死に頑張らなくてもいいよ」って、
初めて認めてもらえた気がした。
結果としては、私の大学史上最悪の期末試験だったけど、
こんなに気を楽にして試験を受けたのも生まれて初めてだった。
雪は窮屈な靴を脱いで膝を抱えた。
その変化の余韻を、その時の流れを、存分に味わいながら。
「それにしてもどんな会社だったんだ?」「だから騙されたのよ!」
両親の会話をBGMにして、車は夜の道をひた走った。
飛ぶように流れて行く景色を眺めながら、今日という日が終わって行くのを雪は知る。
笑って良いのか泣いて良いのか分からない一日が過ぎて行った。
胸の奥から温かなものが溢れ出て、車窓の景色はぼんやりと霞んだ。
雪はそのまま目を閉じて、その心地良さに身を委ねる‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<時の流れ>でした。
最後の雪ちゃんの表情!
良かったねぇぇと頭をナデナデしてあげたくなりました
最後の「笑っていいのか泣いていいのか分からない1日」というモノローグは、
遂に雪ちゃんが泣けたことを表しているんでしょうか。本当良かったねぇ‥。
だんだんと変わって行く雪の周辺の人達。
次回はそこにつながる淳の回です。
<狂った計算式>です。
今年最後の更新です。皆さま、良いお年を〜〜
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は文章が途中で切れ、
半角記号、ハングルなどは化けてしまうので、極力使われないようお願いします!
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています〜!