祖母は、帰らぬ人となった。
遺族は皆黒い衣服に身を包み、祖母の墓前で涙を流す。
雪はぽかんと口を開けたまま、じっと祖母の墓を見つめていた。
大好きだったおばあちゃんが亡くなったということを、幼い雪はまだ実感出来ていないのだ。
「ううっ‥お母さん‥」
雪の隣で泣いていた親戚のおばさんが、不意に雪の手を取った。
「雪、こっちへいらっしゃい」
おばさんは雪と蓮を両脇に抱えると、涙を流しながら墓前で母へと話し掛ける。
「母さん、雪と蓮のこと大好きだったでしょう?
逝く前に沢山見ていって下さいな‥うっ‥かわいそうな母さん‥」
おばさんは子供らの肩を抱く力をぐっと込めながら、二人に向かってこう言った。
「お前達も挨拶しなさい。静かにお眠り下さいって‥」
肩に回されたおばさんの腕は温かかった。健康な人間の体だ。
けれどあの日雪が触れた祖母の手は、まるで死んでいるかのように冷たかったのだ。
手を放した、そこにあったのは単純な恐怖だった。
死を恐れる感覚。何を考えるより先に、身体がそれを拒否していた。
身を捩りながら叫んだ雪が最後に見たのは、弱々しく呻く祖母の横顔だった。
変わり果てた姿になった祖母。
それでもおばあちゃんはあの時、まだ生きていたのに。
雪の目から、止めどなく涙が流れた。
おばあちゃんは死んでしまったのだ。
もう二度と、あの手を繋ぐことは出来ない‥。
その日、雪は一人で街を歩いていた。
目の前に、おばあちゃんと手を繋いで歩く少女の姿がある。
チクリと胸が痛み、雪はその少女から目を逸らした。
ほんの数ヶ月前まで、自分もおばあちゃんとああやって手を繋いで歩いていたのだ。
ふと、いつか耳にした誰かの言葉が甦った。
おばあちゃん、雪にすごく良くしてやってただろう?
誰の声かは分からない。分からないが、それは真実を話す声だった。
そうだったか? すごく好いてたじゃないか。
あの子がおばあちゃんおばあちゃんって付いて行くから、あの偏屈だったばあさんもだんだん丸くなっていって‥
握った手に力を込めると、自分を見て笑ってくれた。
蓮に内緒でお菓子を貰った時なんて、この世のすべてを手に入れたような気になった。
最初は蓮しか見てなかったあのばあさんがねぇ‥
なのに‥。
ふっくらしていたおばあちゃんの頬はこけ、身体は骨と皮だけになってしまっていた。
あの時、最後の力を振り絞って、手を伸ばしてくれたのかもしれないのに‥。
頭の中で声がする。
真実を話す声が。
雪、おばあちゃんは亡くなったのよ
あぁ‥可哀想な母さん‥
あれが、最期だったのに。
頭の上から徐々に徐々に、重たく冷たいものがのしかかってくる。
雪は涙を浮かべながら、亡き祖母に向けての懺悔を口にした。
あれが最期だったのに‥あの時手を振り払わなければ‥
「ご‥ごめんなさい‥ごめんなさ‥」
すると突然、声が聞こえた。
それは祖母の声だった。
厳しく雪を叱る、昔よく聞いたあの文句ー‥。
泣くんじゃない!悪い子め!何を偉そうに泣いてるんだい!
ビクッ、と雪は身を竦めた。
”悪い子”という言葉が、上から重くのしかかる。
”悪い子”は泣いてはいけない。
”悪い子”は、その罪を背負いながら、涙を飲み込んでしまわなければー‥。
雪は涙を拭うと、そのまま一人で歩いて行った。
もう手を繋いでくれるおばあちゃんはどこにもいない‥。
そして雪は泣けなくなった。
ただ、涙が込み上げるたびに、頭の中で祖母の声がするだけだ‥。
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<雪・幼少時>懺悔 でした。
雪の抱えた心の傷の原因となった出来事が、ついに明らかになりましたね。
やたら病院を怖がるのも(聡美のお父さんが病院に運ばれた時も)、
離れて行く手を咄嗟に掴むのも(先輩の手を何度も掴んでますね)、そして涙を流せないのも、
すべてがこのおばあちゃんの手を振り払ってしまったところから来ているようです。
相手が亡くなってしまっているからこそ、その罪を赦してもらうことが出来ず、
今でも背負ってしまっているんですよね。(それが罪なんて、きっとおばあちゃんは思ってないだろうけど)
小さい雪ちゃんにはあまりにも重く、辛い出来事です‥。
次回から現在に戻ります。<握った手>です。
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