佐藤先輩の自主ゼミが始まった。
しかし‥
雪は場違いのような気がしてならなかった。男ばかりの上に、不穏な空気が漂っている。
雪はチラチラとゼミのメンバーを見ながらも、最も気になることはやはり青田先輩がここに居ることだった。
なんでここに居るんだろ‥和美のゼミに行くんじゃなかったのか?
すると横山が、つまらなさそうに一人不平を鳴らす。
「あーあ、男ばっかでムサイっすね~!平井んとこは淳先輩が来るからって、
女の子ばっかり集まってたっすよ」
すると青田先輩はそれは初耳だよ、と言った。
たとえ誘われたとしても、柳からこのゼミに一緒に来て助けてくれと言われてるから断ってただろうけどね、とも。
横山はそれを聞いて大声で笑った。
「平井ザマァ!クソウケる!」
その馬鹿騒ぎに、佐藤先輩が「静かに、」と注意する。
しかしなおも騒ぎ続ける横山に、佐藤先輩は
「横山!」と声を張った。
だが、その横で青田先輩が静かに言った。
「翔、そろそろ集中しよう」
横山は佐藤先輩の方は見ず、青田先輩に対して「はい!すんません!」と返事をした。
ようやくゼミが進行し出す。
佐藤先輩が今後の予定について話始めた。
空講の時間を使って週に二回集まろうという意見に、
柳先輩が週末は遊びたいし、二回は多いんじゃないかと不平を口にする。
それに対して佐藤先輩は遊びたいのならなぜここに来たのかと言葉を返し、
柳先輩がそれにカチンと来た。
言い争いが始まりそうな時、青田先輩がやんわりと仲裁に入る。
「週末に遊ぶだけならいいけど、自分のTOEICの点数も考えろよ。
就活も考えないといけないしな。お前が助けてくれって言うから俺も来たんだ。がんばれよ」
柳先輩は「痛いところを‥」とたじろぎながらも、その場は治まった。
佐藤先輩が面白くないといった顔をしたが、話は続く。
「じゃあ、集まる度に単語を100ずつテストすることにしよう。週に二回集まるから、一週間に200だな」
その提案に横山が思い切り反論した。
「ええ~?!なんでそんなテストばっかり!負担多すぎッスよ!」
佐藤先輩は苛立ち、場の空気は険悪になっていく。
しかしまたもや青田先輩がにこやかに声を掛けた。
「それでも、佐藤の言うことを聞くべきだよ。単語は覚えれば覚えるほど良いからね」
ニッコリ笑う青田先輩に、横山もしぶしぶ了承した。
雪はこの場の雰囲気に、気まずい思いを抱えていた。
佐藤先輩、ムカついてるだろうな‥。皆親しくないせいか、意見が全くまとまらない。
横山は出しゃばりすぎで、テストの件だってみんな巻き込まれたじゃん‥。
青田先輩もあきらめたのと同じだし‥。
そこまで考えて、青田先輩はもともとこのゼミのメンバーではなく、柳先輩に頼まれて来ただけだっけ‥と気づいた。
つまり、単語のテストも彼には何の関係もない‥。
青田先輩の携帯電話が鳴り、ちょっと電話してくると席を立った。
テーブルでは横山と柳先輩が週末の合コンについての話で盛り上がっている。
頭を抱える佐藤先輩を尻目に、
横山は雪に話しかけ、聡美に彼氏はいるのかとか、俺あいつタイプなんだとか、
延々とまくしたてている。
そしてついに、
「横山!なんの話だよ!お前何しにここに来てんだ?!」
佐藤先輩がキレた。
さすがの横山もびっくりしたのか黙りこみ、ゼミの雰囲気は最悪だった。
そこに青田先輩が帰ってきた。
「翔、さっき事務の助手さんたちが今すぐロッカーの中身開けないと全部捨てるって言ってたぞ」
やっべぇ~!と横山は荷物をまとめ、
「お先失礼しまーっす」と去っていった。
教室は幾らか静かになり、佐藤先輩の舌打ちと、青田先輩と柳先輩が談笑する声だけが響いた。
雪はこの気まずさに耐えていた。
そして、微妙なランクの差を感じていた。
本人の意志で募集をかけたものの、思い通りにならない佐藤先輩。
誰かを頼り、自分の能力を発揮し安定を感じている柳先輩。
楽な方に流されたり、あからさまに強い人間にだけ従う横山、その友人。
そして‥
謙虚なフリをして、何くわぬ顔でトップに立つ青田先輩。
自主ゼミという小さなコミュニティでも、顕著に表れる序列関係。
悶々としていると、佐藤先輩が
「赤山、お前も意見出してくれよ」と言った。
「いやー私は、先輩の言うことならなんでも‥」と頭を掻くと、
「誰に聞いても一緒か」と佐藤先輩がため息を吐いた。
佐藤先輩のことを言ったのだが、この状況では誤解されてもおかしくない。
柳先輩が、
「そういや~赤山ちゃん大当たりじゃ~ん!淳独り占めだな!」とチャラけてきた。
「淳に近づけるチャンスだぞ~!でもオレらのことも除け者にしないでくれな~」
ははは、と雪は白目にならんばかりだったが、
青田先輩が
「冗談はそこまでにしてどの範囲でやっていくか決めよう」と言ったので、
開放された。
雪が彼を見ていても、彼は一度も雪と目を合わせない。
雪は苛ついてきていた。
自分がいつ彼に無視されるようなことをしただろうか。
不信はじわじわと懐疑になり、
いつからか彼を観察するようになった。
そこで分かったこと。
あの先輩が、陰ながら人を分けているということだ。
適当にあしらってかまってあげる子もいれば、
人から嫌われていても年上だったり目上の立場の人間であれば付き合っていたり。
けれど見るからに違う子や、めんどくさい子、しつこい子は100%避ける。
しかし基本的には誰もが下手に回ってくるから、彼の主導で関係性は保たれている。
雪の場合は、何が気に入らないかは分からないが、あからさまな無視だ。
それもあって、知らぬ間についつい目が留まり、観察してしまうのだ…。
雪はチラチラと彼を盗み見た。
誰しもが、人によって態度を変えたり多少の下心を持って行動している。
けれどこの先輩に関しては、それが顕著に腹黒く見える。
自分の気にしすぎかもしれないけれど、なんだかもうわけが分からなすぎて笑えてくるのだ。
自分の中の彼のイメージは、もう普通の先輩ではない。
高飛車な王子様?
「俺様が遊んでやろう」(イメージ)
それとも潔癖症のお坊ちゃま?
「使い古しなんて使えないよ」(イメージだってば)
想像しただけでも笑ってしまう。
相当ウケる‥ともう一度盗み見た時だった。
今日、初めて彼と目が合った。
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自主ゼミ開講<雪の場合>(3)へと続きます。
長くなった‥。